3-6 異世界マッピングプロジェクト、営業が取り込みを画策
「出世に興味がないから、出世したってのかよ」
「ばかなこと言うな」
「考えてもみろ。俺は、どんな部署に回されても、自分のスタンスを変えなかった。それは『給料分の仕事はする。でもそれ以上のコミットメントはノーサンキュー』ってことさ。だから残業も休日出勤も断ってきたし、忙しくなって責任も重くなる出世なんてする気もなかった」
同期のお前らはよく知ってるじゃないか、だからこそ俺がたらい回しになってたこと――と続けると、全員不承不承といった体で頷いている。
「それは……たしかにそうかも」
「平お前、どんな辺境に左遷されても気にしなかったもんな」
「俺は出世に興味がない。だから仕事には全部本音で取り組んでる。お前らみたいに上司のごきげん伺うために嘘八百のおべんちゃらかましたり、納期を早めて目立とうとして下請けを泣かすこともしてこなかった」
「平、お前俺をバカにしてんのか」
例のタンク野郎が立ち上がった。
「黙れ栗原。今はまず平の話を聞こうぜ」
「そうそう。栗原は図星つかれるといっつも逆ギレするからな。少しは頭使えっての」
「栗原くん、評判悪いみたいよ。上司の人から。あたしんとこの部長、そっちの部長と仲いいみたいで、いろいろ聞いてるし」
「……くそっ。いいよ平。続けろ」
栗原はどかっと腰を下ろした。
「本音ってのは聞きたくないことも入るもんさ。部署の弱点だの管理職の欠点だのも遠慮なしだからな」
「うん」
「だからこそ俺はあちこちの部署で疎まれて邪険にされたわけだが、今の部署は、それが逆に良かった」
俺は、ビールを一気に飲んだ。うーんやっぱほんまもんはうまいな。自宅でのむなんちゃってビールより。なんたって今日、俺はメインゲストだから無料招待だし。ただ酒はいつでも最高さ。
「早く話せよ。続き」
「急かすなよ。今飲んでんだからよ」
ジョッキを空にすると、名前も忘れてる女が「かいがいしい女」アピール満載でそれを受け取り、追加注文に立った。
「今の部署。俺の上司は吉野部長ただひとり。その上は、本社社長の兼務だ」
「だからなんだよ」
「本社社長なんて、周囲におだて上げられるだけの毎日だろ」
「まあそうだろうな。なんたって社長だし。それにウチは代々ワンマンが伝統だ」
「周りは茶坊主みたいなクソばかりだろうしな」
「俺は嫌われたって構わないから、会議でだってガンガン本音で話す。それが新鮮だったってのはあるだろ」
「なるほど。貴重な『本音情報枠』って奴か」
「俺本人だってなんで出世したかなんてわからんさ。でもそういう点はあるのかもしれない」
「決めた。俺も平みたいに生きる。……なあ平、お前の部署に、俺を推薦してくれよ」
「なあに急に」
「あんた現部署でヘマ打ったって話だし、ただ逃げたいだけでしょ」
「ヘマとこれは別さ。俺も男だ。人生を仕事に懸けてみたい」
はあそうすか。鼻息荒い野郎だ。偉そうな口を叩くが、要するに「自分も出世したい」ってだけじゃん。「出世なんかしたくないから逆に出世した」って俺の話、クソほども理解してないな。
「だいたいあんた、平くんの部下になるわけだけど、それでいいわけ」
「そうそう。あんた平くんのこと、死ぬほどバカにしてたじゃん。山本くんと一緒に」
「ゆかりお前、ちょいちょい俺を巻き込むのやめろ。――平、嘘だからな。俺はいつだってお前のこと気にしてたから」
周囲から笑いが巻き起こった。
「悪いが異世界マッピングプロジェクトは人手が足りてる。危険業務だし、会社としても貴重な人材を放り込みたくはないだろ」
「まあ……そうかもな」
おや二重の意味の嫌味はどっちも通じなかったか。まあいいや。
「それよりさ、異世界マッピングプロジェクトに対し、お前らの上司はどんな評価なんだよ。そのあたりが聞きたいわ、俺」
「それはな、平」
しばらく全員顔を見合わせていたが、誰かが口火を切った。
「まあやっかみ半分の興味津々ってとこかな。ほらお前んとこ勢いあるからさ。表立ってはけなせないから褒めてるけど、失敗したら手のひら返ししそうというか」
「出世レースは足の引っ張り合いだもんねー。うちもそんな感じ」
「営業では、なんとか取り込もうって動きがあるな」
「ほう」
例の栗原だ。
「具体的には?」
「ほら、お前んとこ――三木本Iリサーチ社だっけ――、数合わせの役員として、ウチの執行役員入ってるだろ。法人に求められる決算会議用の、数合わせだけの幽霊役員だけどよ。本気で役員として活動しようかって画策してるみたいだぞ」
「なるほど……」
俺は考えた。たしかにそれはありうる。取り込みに成功すれば、ウチの業績を自分の手柄にできる。社長レースで有利になる。
「金属資源事業部の事業部長だな」
「はっきりとは言えないけどよ」
これは面白い。CFOの石元も、(多分)金属資源事業部課長補佐の川岸を抱き込んで、異世界マッピングプロジェクト乗っ取りに動いている。CFOと事業部長は、社長レースだけじゃなく、ここでも対立するのか。
いずれにしろ事業部長が触手を伸ばすの、社長が許すとは思えないが。……ただ社長が事業部長になにか弱みでも握られれば、バーターとしてウチを差し出す可能性はある。そいつが俺の部署を掌握すれば、手駒を送り込んでくるのは確実。これまでの貢献者――つまり俺と吉野さんは目の上のたんこぶになるから、業務把握ができた段階あたりで、形だけは出世させてどこぞの辺境部署に叩き出すはず。
これは今度少し考えておかないとな。かわいい吉野部長を守るためにも。
「なんか辛気臭いな。もう仕事の話はやめにして飲もうぜ。祝いの場なんだから」
山本が適当にまとめて、ぐだぐだした飲み会へと移行した。といっても、同期の気の置けないという飲み会じゃあない。女どもは隙あらば俺にアピールしてきてうっとうしい。男連中は言葉の端々に嫉妬と俺を見下す本音発言が飛び出てくる。
こいつら、底辺だった俺のことハブにしてきたくせに、ちょっと肩書がつくと途端にこれかよ。なんのことはない、こいつらもただのヒラメ野郎だ。自分より下は無視。上(権力者)だけ見て尻尾を振り、出世という餌が落ちてくるのを、口をだらしなく開けて待つだけの。
気分が悪いのでビールを続けざまに煽ったが、ハッピーになるどころか悪酔いしそうだ。うんざりしてきた。女が両側から俺の腕を胸に押し付けてきたあたりで、我慢できずに俺は立ち上がった。
「お前らっ!」
「な、なに」
大声を上げたから、驚いてやがる。
「てめえらタマついてんのかよ」
「わ、私女だし」
「男も女も同じだろ。プライドどこに捨ててきやがった。野良犬みたいによ、金と出世の臭いばっかり嗅ぎ回りやがって」
「野良犬?」
「野良犬以下のクズだ、てめえら」
「平お前、どういうことだ」
立ち上がると、栗原が俺の胸ぐらを掴んできた。――と、俺の胸は、シャツの内側で、誰かに強く叩かれた。
レナだ。姿を消して飲み会を観察してきたレナが、俺に注意したんだ。多分、もうやめとけって意味だ。
「そうか……」
俺は、急速に冷静になった。賢いレナの助言だ。従ったほうがいい。俺と違って、あいつは素面だし。
「そうかってなんだよ、平」
「よしなよ栗原くん。平くんも酔ってただけだし」
「そうそう。さっき栗原くんが暴れたから、これであいこでしょ」
「ねっそうよね、平くん。酔っただけでしょ」
「……ああそうだ。栗原悪いな。許してくれ。俺は飲みすぎた」
「平くん、ビールぐいぐいいってたしねー」
「なら……まあ」
なだめられて面子が立ったので、栗原は俺を放した。
「俺も悪かった。飲み直そうぜ、平」
「そうだな」
栗原は単純だが、気の悪い奴ではない。同期の中では、俺を無視してこなかったほうだ。とはいえなんだか、それからはもう、あんまり会話を覚えていない。早く帰って妄想に耽りたいと、それだけ考えていたから。
ようやくお開きになった。二次会の誘いをどうにか断ると、皆と離れ、俺は地下鉄の駅に向かった。梅雨の雨がしとついている。
「おい平」
誰かが追いかけてきた。CFO派社内陰謀の片棒を担いでそうな、例の山本だ。
「今日は悪かったな。途中なんだか揉めちゃってよ」
「お前が悪いわけじゃないよ」
「いやほんと、あいつら現金だよな。平が出世した途端、目の色変えて」
お前もじゃねえか――とは思ったが、俺は黙っていた。レナも見てるし。
「なあ山本」
「なんだ平」
「こないだ川岸さんと飲んだじゃないか。金属資源事業部の課長補佐」
「おう。麻布のクラブな。また行こうぜ。川岸さんからもそう言われてるし。今度は絶対、吉野部長も誘――」
「川岸さんって、CFOの石元さんと仲いいのか」
「よく知ってるな」
山本は、驚いたような顔をしてみせた。
「俺だってこないだ教えてもらったばかりだってのに」
「そうか……」
やっぱりそうか――。社内に渦巻く陰謀の雲を、俺は頭の中で整理した。
「それがどうかしたか」
「いや。小耳に挟んだだけさ、噂で」
「そうか。次はいつ飲む? 川岸さん誘うからさ」
「悪いな。本社との兼務人事で、当分忙しくって」
「それもそうか。なんたって経企のフェロー様だもんな。社費留学で
まだまだ続く山本の軽口を聞き流しながら、俺は梅雨の街を歩いた。傘に当たる雨つぶの音がうるさい。湿気った雨の匂いがする。
まあフェローといっても実際は箔を付けるための名ばかり人事で、経営企画室の仕事はまだほとんどしていない。経企の室長に仁義切って挨拶に行っただけさ。異世界絡みの事業計画を吉野さんとふたりで立案しろって話になってはいるが、なんだかんだ理由をつけて、なるだけ逃げ回るつもりだ。なんたってサボりたいからなw
山本と別れると、いつもの狭いアパートに戻った。
そしてその夜、レナが夢に出てきた。初めて。
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