6-7 ドラゴン急襲

 翌朝、食堂でタマゴ亭さんと俺で段取りをつけていると、すごい勢いでタマが駆け込んできた。


「大変だっ! ふみえボスが――」

「落ち着け。息が切れてるじゃんか」


 タマは吉野さんとふたり、村外れに食材候補の薬草ときのこなどを採りに出ていたはずだ。


「ボ、ボスがさらわれたっ!」

「は?」


 言葉が俺の脳に染み渡るのに時間がかかった。


「さらわれたって、吉野さんがか」

「当たり前だろ。用意しろ、戦だ」

「わかったから落ち着け」


 タマを座らせ、タマゴ亭さんが持ってきた水を飲ませた。あまりのことに俺の頭もろくに回っていないが、さらわれたってことは、少なくとも殺されてはいないということだ。


 ――落ち着くんだ。とにかく状況を掴まないと。


 俺は自分にも言い聞かせた。珍しく、レナまでおたおたと、テーブルの上を所在なく歩き回っている。なにか考えているのだろう。


「誰にやられた。金目当ての強盗か。それとも想像するのも嫌だがゴブリンやオークの類とか」

「ドラゴンだ」

「はあ?」

「ド、ドラゴン」


 レナが絶句した。


「でもご主人様。ドラゴンが村外れなんて近所に出現するはずはないよ」

「出たんだから仕方ないだろ」


 タマが吐き捨てる。


「王家との約束はどうした。やっぱり俺達が異世界人だからか」

「知らん」

「さらったってどういうことだよ。要求とかあるのか。身代金とか」

「今言う」


 早口で、タマが説明を始めた。


 村外れで、タマと吉野さんは順調に食材採取を進めていた。大木のうろに大量のきのこを見つけた吉野さんが駆け寄ったとき、突然地面が割れ、巨大ななにかが姿を現した。全長数十メートル、胴の太さ二メートル。緑色に輝く鋭い鱗が胴を覆い、短い四肢には鋭い鉤爪。大きく裂けた口に蛇眼。――ドラゴンだ。それも巨大な。


 ドラゴンは吉野さんを難なくひっつかんだ。飛びかかかったタマを尻尾で弾き飛ばすと、言った。約束を破った王家には罰を与える。これから毎日、領民を食い殺す。王に伝えよ。民草の安寧を得たいなら、我と交渉せよ。まずはこの娘。期限は明日の夜明けまでだ――と。


「ドラゴンは、ものすごい速度でどこやらに飛び去った。ボスを鉤爪で握ったまま。とても追いつけない。あたしにできることは、こうして急を報せることだけだったんだ」


 悔しそうに、タマがつぶやいた。使い魔として主を守れなかったのは痛恨の極みだろう。


 急報に集まった村人達がどよめいた。ただでさえ連中、ドラゴンのことなど初耳。これから毎日誰かが食い殺されると聞いて、浮足立っている。すでにどこかに駆けて出ていった奴もいる。多分今頃、荷造りしているに違いない。


「約束を破った? それはドラゴンのほうじゃろう」


 叫んだのは村長だ。彼は唯一、ドラゴンと王家の事情を知っている。


「村長。王都に早馬を飛ばして急を報せるとして、王の使いなり軍勢なりがここに来るまで、どのくらいかかる」

「そうよのう……」


 斜め上を見て、天井を睨んだ。


「使いだけなら五日。軍隊を出すとなると兵站へいたんや準備があるので、まあ十日でも難しいかと。そもそも長く戦などないし、軍を整えるだけでもそれなりの時間がかかる」

「間に合わないぞ、ボスのボス。とにかくあたしらで出よう。ドラゴンだって隙をつけば殺せるはずだ」

「焦るなタマ」

「でもあたしはふみえの使い魔だ。ひとりだって行くぞ」

「わかってる。俺も行く」


 周囲がどよめいた。


「危険ですぞ」

「悪いが彼女はもうダメじゃ。逃げなされ」

「吉野さんは、俺のかわいい上司だ。絶対に助ける」


 俺が言い切ると、どよめきは収まった。もうサボりがどうとか言ってる場合じゃない。マジに対応しないと。少しでも対応を間違えると、吉野さんは殺されてしまう。


「ご主人様。せめて準備だけはしとかないと、全員犬死にだよ」

「わかってる」

「ドラゴンと戦ったって死ぬだけだよ。今のボクたちだと」

「それもわかってる。――なあタマ、睡眠薬みたいの作れるか。超強力でドラゴンすら眠りこける奴」

「作れる。一時間あれば」

「油断させて飲み物かなんかに入れるんだね。眠ったらみんなで逃げちゃえばいい」

「ああ。睡眠手榴弾みたいなのも作れるか。相手が用心深そうだったら、薬を飲ませるのは無理だ。投げつけるしかない」

「できる。すぐ作る」

「ドラゴンの巣――というか居場所はわかるのか」

「あたしならわかる。あたしはふみえの使い魔だから」

「よし」


 俺は村長に向き直った。


「村長は早馬を飛ばしてくれ。俺達は今日、ドラゴンの巣に向かう。俺達が戻らなかったっら、王の使者と対応を考えてくれ。使者が来るまでの間は、全員、村を退去するんだ。当座の飯だけまとめて、街道筋をどんどん王都に向かえ。どこかで使者と行き会うはずだからな」

「なるほど。そうする」


 村長は頷いた。


「みんな悪いな。食堂の件は当面お預けだ」

「なんの」

「近所ということはあっしらの村の責任でもある。誠にすまん」

「タマゴ亭さん。悪いけどすぐに向こうの世界に戻ってもらう。今スマホ起動するから」

「あたしも行くから」

「王都に? 現実に戻るほうがはるかに楽だ――」

「一緒に行く。平さんと」

「はあ? ドラゴンに食い殺されにいくってのか」

「だってあたしの食堂の食材のせいでさらわれたんだもん。責任があるから」


 俺の目をまっすぐに見つめてきた。強い瞳だ。決意を感じる。まだ十八かそこらの歳なのに、肝が据わってる。


「しかし」

「あたしだって後衛としてポーションや爆薬を投げるくらいはできるし」

「ボスのボス。この際だ。ネコの手でも欲しい」

「タマ……」


 ネコの眷属たるケットシーが言うんだからいつもだったら笑うところだが、それどころじゃない。


「……わかった。ただ自分の身は自分で守ってくれ。多分そっちまで手は回らない」

「うん」

「それにレナ」

「なに、ご主人様」

「俺はドラゴンロードを呼ぶぞ。召喚する」

「ド、ドラゴンロード?」


 レナが息を呑んだ。

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