6-6 食堂メニュー試食で、まさかのマタタビ祭り
「今日もすごいわねえ。職人さん、何人いるの、これ」
吉野さんが呆れている。俺達パーティーの目前が、タマゴ亭異世界跳ね鯉村支店建設現場だ。アリのように人だかりがしている。建材を運ぶ者。壁を塗る者。屋根に登ってなにか作業する男。とにかく、ものすごい速度だ。
「まあ、あらかたタマゴさんの弁当目当てっすね」
「それは仕方ない。あの弁当はあたしも支持する」
タマがなにかを褒めるなんて珍しいな。
「なんにつけ、いいことだよ、ご主人様。おかげでもうほぼ完成してるし」
「そうだな」
「タマゴ亭さんも、楽しそうだし」
むくつけき男どもの中心に、あれこれ指示しまくるタマゴ亭さんが見えている。
「まあ、村の連中が張り切ってくれてるから、俺達の仕事はないも同然だから、楽でいいわ」
「サボり放題だよね、ご主人様」
「まあな」
ドラゴンはカンベンなので、ここしばらく地図製作は中断している。社長には「食堂に時間取られてる」ってことにしといて。なに、地図なんてあとで取り戻せる。これまでだって、事実上一日二時間しか仕事してなかったんだし。ちょっと馬力かければすぐさ。
「タマゴ亭さん、かなり有能よね、平くん」
「はあ。俺もこんなにできる人とは思ってなかったんで」
「彼女は統率力があるな。食堂なんぞやらせるのはもったいない」
タマも認めている。
「それに人望がある。言っちゃなんだが、ボスのボスよりはるかにな」
余計なお世話だ。
そっとにじり寄ると、タマの尻尾を思いっきり握ってやった。
「あっ。イヤにゃーっ!」
例によって飛び上がってやんの。
「貴様殺す」
胸ぐらを掴まれた。
「コーフンすんなよタマ」
「だっ、誰が興奮なんて」
「顔真っ赤だぞ」
「うるさいっ」
どんっと手を離すと、横を向いてしまった。
「もうお前は知らん」
「あの……平さん」
いつの間にか、タマゴ亭さんが横に来ていた。
「なんですか、額田さん」
「建物も調理器具の配置もあらかた終わったんで、そろそろメニューの試作に入りたいんですけど。調理器具の試験運転も兼ねて」
「いいっすね」
「お手伝いを頼めないかと」
「喜んでー!」
「居酒屋さんみたい」
笑ってる。
「ちょっと退屈してたんで。なあタマ」
「知らん」
まだ機嫌直ってないな。
「煮物焼き物揚げ物と、代表的な調理法を試すといいんじゃないかな。コンロや鍋釜の使い勝手もテストできるし」
「ご飯も炊いてみないとね、ご主人様」
「それならどうよ。マタタビの炊き込みご飯とか」
横を向いていたタマの耳が、ぴくぴくと動いた。
「……」
「あれおいしいっすよ。出汁と醤油で炊き込むと、蓋を取ったときにふわっと香ばしい醤油の香りに、得も言われぬくらい心地よい、マタタビの優しい香りが立って」
「マ、マタタビ」
思わず、タマが振り返った。よだれ垂れてるじゃん。
「それもいいかな」
「うむ。それならあたしも協力しよう」
なにかっこつけてるんだよタマ。
「まずは良質のマタタビの見分け方。それに下ごしらえの仕方から」
「助かるわあ」
「ま、任せろ」
とかいう騒ぎがあって、いよいよ試験稼働だ。まだ周囲でいろいろ造作が進む中、俺達は調理試作に取り掛かった。
まずは各コンロの癖や火力、調理の動線、使い勝手などを見なくてはならない。なのでまんべんなくあれこれを使うメニューを考え、実際の弁当作りや食堂オペレーションを考え、一度に大量に作ってみる。ひととおりの食材は向こうの世界から持ち込んであるから、とりあえずはそれを使って、だな。こっちの食材を用いるのは、本営業時でいいだろうから。
タマゴ亭さんの指示のもと、食堂で働く予定の村の奥さん連中が中核となって動く。それを野菜の皮むき担当など、下働きの子供がフォロー。「向こうの料理」をよく知ってる俺と吉野さんが手伝う。タマはもちろんマタタビ専任だ。あいつ、我慢できずに盗み食いとかしなけりゃいいけど。
●
「さて、完成ねっ」
タマゴ亭さんの宣言に、歓声が上がった。厨房スタッフだけでなく、いつの間にか集まってきた多数の村人も一緒になって右腕を天に突き出している。
「慣れてない分、トラブルもあっていろいろ大変だったけど、皆さん、お疲れさまでした」
タマゴ亭さんが頭を下げると、また歓声だ。早く食わせろとか茶々入れるお調子者すらいる。
「ではさっそく賄い兼ねての試食会に移ります。みんな、正直な感想を聞かせてね。メニュー改善しないとならないから、おべんちゃら抜きの、本音の評価を」
「そうじゃぞ。この食堂は、跳ね鯉村の将来につながる、大事な事業だ。しっかり味見してくれ」
村長の指摘に、ぱらぱらと拍手。村長こそ怪しいとか言う声も聞こえたな。
「ではさっそくいただきましょう」
「さあ酒だ。飲むぞー」
誰かが叫ぶと、どこからともなく酒樽が運び込まれ、ありったけの不揃いのジョッキや酒器に、あっという間に酒が満たされた。
「みんな用意がいいなあ」
俺達パーティーのテーブルで、吉野さんが感心している。タマゴ亭さんは、あちこちのテーブルを回って、意見収集に余念がないようだ。
「それより食べましょう。ほら、この薬草かき揚げ、ちょっとベタついてますけど、まあまあいけるっすよ」
「一度に大量に食材放り込んだから、油温が下がったのね。だからからっと揚がらなかった」
「改善点だな。もっと大きな鍋にするか、油を多めにしたら良かったかも。それか食材を少なめに投入するか」
「それなら温度低下も防げたかもね。……でも平くんこれ、それなりにおいしいわよ」
「そうですね。揚がったネギの香ばしさが、人参や細切り肉の主張をうまくまとめてて」
「かき揚げに肉っていうのも、いいものね。今度ウチでも作ってみようかな、たまには」
「ご主人様。この具沢山のスープ料理、最高だよ」
専用の小さな匙を振り回して、レナが喜んでいる。
「この濁ったツユは、うまみ爆発してるし。なんだろ、肉や野菜から出たうまみ汁が、この香ばしいツユと混じり合って、心安らぐ味というか」
「それはなレナ、豚汁って言うんだ。味噌っていう発酵食品が、深いうまみの元になっててな」
「そうなんだー。初めて食べたよ」
「そりゃ、こっちで食べる弁当には汁物はついてないし、俺んちでも半額弁当ばかりで、味噌汁とかは飲んだことなかったよな、そう言えば」
「あら平くん。レナちゃんと毎日、お弁当ばっかり食べてるの」
「ええまあ……」
恥ずかしいんで、あんまり言いたくはなかったが、流れなんで仕方ない。
「やっぱり今度、レナちゃんとご飯食べにきてよ。なんか用意しとくから」
「そ、そうっすね」
「やったねご主人様。満漢全席だよ」
「そんな単語、どこで覚えた」
「ネットで」
レナの奴、そのうち俺よりあっちの世界に詳しくなるんじゃねえの。
「ところでタマ、静かじゃないか」
「うるさい。話しかけるな。もぐもぐ」
なんやら知らんが、夢中で飯茶碗を抱えてるな。例のマタタビ飯の。
「もぐもぐ」
「少しは話に加われよ」
「がうっ」
「おわっ! 噛み付く奴があるか」
「もぐもぐ」
「おーいて」
「ご主人様。ケットシーとマタタビとくれば、構うのは危険だよ」
「早く言えよレナ」
「おいボスのボス」
急に、タマが飯茶碗から顔を上げた。
「なんだよ。謝る気になったのか」
「お前、なかなかいい男だな」
「なんだようやくわかったのかよ」
「だがあたしは気に入らん。好き勝手にあたしの耳や尻尾触りやがって」
「いいだろ。冗談なんだから」
「そっちは冗談でも、こっちはマジに受け取るんだからな」
「な、なんだよ……」
例によってタマに胸ぐら掴まれた。
「タ、タマちゃん、やめなさい」
「ちょっとだけです、ふみえボス」
ぐっと引き寄せられた。
「タマ。お前酔ってるだろ、マタタビに」
「うるさい。黙ってろ」
いきなり、顔をペロペロ舐め回された。
「うわっと。なにするんだよ、お前」
「ふん」
どんと突き放された。
「まずい。ダメだな」
「なにがダメなんだよ」
「なんでもだ」
ぷいと横を向くと、タマは黙ってしまった。もうなにを言っても答えてくれない。そのうち席を立つと、どこか外に出ていってしまった。
「あいつ酔ってるな。酒かマタタビかわからんが」
「そもそもご主人様が悪いんだよ。マタタビ飯なんて言うから」
「そうよ、平くん」
「あれはだって、タマが機嫌損ねてたから、からかうつもりで」
「そういうところ、だめよ。もっと女の子には気を遣わないと」
「は、はあ」
正直、タマのこと女の子とか思ったことなかった。なんせそれなりに強い戦士だし。……でもよく考えたら、雌というか女子ではある。それに使い魔モンスターとはいえ人型だし。もう少し注意して接しないとならないか。
●
その晩、俺と吉野さんは久しぶりにここに一泊することにした。初期トラブルで調理に時間がかかったのと、試食を受けての改善会議で、思いの外遅くなったからだ。
試食のときには予想通り村長から村人まで大量に押しかけてきたんで大騒ぎになったし。マタタビで気持ちよくなったタマが俺に絡んできたしなー。
タマの奴、酒癖――じゃないかマタタビ癖悪いよな。今後はあんまり食べさせないようにしないと。
泊まりの出張手当も出るし、たまには泊まるのも悪くはない。宿屋のベッドに裸で横になり、レナの寝息など聞きながら天井を見ていると、いろんな妄想できて楽しいしな。
それなりに楽しい一日ではあった。
問題が発生したのは、翌日の朝のことなんだ。
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