6-8 六百年ぶりの目覚め

「ドラゴンロードって……」


 レナが絶句する。


「忘れたのか。俺の使い魔候補は、あと二体いる。そのひとつが、ドラゴンロードだ。こいつを使い魔にできれば、ドラゴン戦で極めて有利だ。なにせドラゴンの上位種だからな」

「それはそうだけど、ご主人様の今のレベルだと、呼んだ瞬間、食い殺されるよ、絶対」

「ドラゴンと戦うのと同じって言いたいんだろ」

「うん」

「考えてみろ。ドラゴンロードは使い魔候補だ。吉野さんをさらった奴よりは話ができるはず。少なくとも使い魔になるかどうかだけは話せる。敵対しているわけじゃないからな」

「でも、こっちのレベルを見て取ったら、襲われるよ、きっと」

「それでもだ。やらなきゃならない。のんきに俺のレベルアップなんか待てない。今でなくちゃ駄目なんだ。吉野さんの命が懸かってるからな」

「ご主人様……」


 レナが抱き着いてきた。


「わかった。もうなにも言わない。ボクも全力でドラゴンロードを説得してみるよ」

「よしみんな。今の段取りどおり、すぐに取り掛かってくれ」

「おうっ!」


 大騒ぎになった。早馬の段取りを詰める者。女子供を助けて荷造りを始める者。タマは倉庫に飛び込み、必要な材料の選定と薬剤抽出作業に入っている。


「……じゃあ俺らもやるか、レナ」

「うん」


 誰もいない村の大広場に出向くと、俺はスマホを起動した。並ぶアイコンから「使い魔選定」を選ぶ。


 使い魔候補が、ずらっと並んだ。




ドラゴンロード

ハイエルフ

サキュバス(契約済み)




 この「ドラゴンロード」んところにも、「契約済み」のフラグを立てたいもんだ。立てられなきゃ、俺は死ぬってことになる。


 念のため、ドラゴンロードの説明項目を、もう一度読んでみた。


 モンスターとして最強に近い、極めて高い戦闘能力を持つ。ただし「最強だけに、自分より弱い使い手には従わず、食い殺すこともある」――か……。


「大丈夫? ご主人様」


 俺の胸に収まったレナが、心配そうに声を掛けてきた。


「やるしかないだろ」

「うん」


 妄想好きの俺は、この世界では能力が高いと、レナは言っていた。ただし経験を積んだらの話だ。現状、ゲームで言えばレベル二か三程度。そこそこのモンスターならともかく、最強クラスの使い魔を手なづけるにはレベルが低すぎる。それは明らかだ。


 ただし、俺は一縷の望みを抱いていた。ドラゴン関連のトラブルなんだから、ドラゴンロードとしては見過ごせないはず。その状況さえくみしてくれれば、使い魔になるかどうかは別として、手を貸してくれないとも限らない。


 たしかにわずかな希望でしかないだろうが、とにかく今はそれに懸けるしかない。見込みが外れれば、俺は死ぬ。しみったれた人生だったから、死ぬなら死ぬでいい。あんまり痛いのは嫌だが、巨大ドラゴンだからどうせひと飲みで即死のはず。


 ならまあいいや。


 吉野さんが殺されるのだけは気の毒だが、俺のできることはすべてやったんだ。あの世で会っても許してくれるだろう。まあ彼女は天国で俺は地獄だから、会えるかどうかは疑問だけれど。


 レナとタマは多分、野生の暮らしになるんだろう。使い魔として受肉した段階で、ネームドモンスター的な存在になるらしいし。幸せに暮らしていってほしいと願った。


「じゃあ呼ぶぞ、レナ。覚悟はいいな」

「うん。ボクも全力で説得してみるから」

「いざとなれば逃げろよ」

「嫌だよ」


 レナはまっすぐ俺を見つめてきた。決意を感じる表情で。


「ご主人様と一緒に死ぬ」

「駄目だ逃げろ。命令だ。お前、俺の使い魔だろ」

「その命令だけは従わないよ。だって死んだらきっと、天国でご主人様とエッチなことができるし」

「駄目だ」

「ボクはご主人様の使い魔だもん。毎晩ご主人様からおいしい半額弁当をごちそうになって、ふたりで晩酌だってしたよ。お風呂に入って寛いで、寝るときだって裸でくっついてたし。異世界での冒険は、ご主人様の温かな胸に包まれて、いつだって一緒だった。――だから、ボクは逃げない。絶対に」


 言い切った。瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。


「死ぬときだって一緒だもんっ」

「レナ……」


 俺は諦めた。レナは言うことを聞きそうにないし、正直、一秒でも時間が惜しい。


「……わかった。ふたりで頑張ろう」

「ホントに?」

「ああ。お前は最高の使い魔だ。死ぬときも一緒だな」

「やったーっ」


 レナは涙を拭った。


「なあレナ……」

「なあに、ご主人様」

「こうなるんだったら、一度くらいエッチなこと試しても良かったな」

「今さらそれ言う?」


 ぷいっと横を向いた。


「悪かった。……じゃあ始めるぞ」


 ドラゴンロードの召喚アイコンをタッチした。




 ――ドラゴンロードでいいですか はい/いいえ――




「はい」




「――どんっ――」




 地響きがした。とてつもない規模の。一瞬、頭がくらっとして、ふと気づくと、眼前に巨大なモンスターが浮いていた。一枚一枚が俺の手のひらほどもある、金色に輝く鱗。砂色の蛇眼。巨大な頭に長大な胴。まさにモンスターの王者といった風格だ。


 それは、長く裂けた口を開いた。


「六百余年の眠りから余を起こしたのは、お前か」

「ああ」

「余を使い魔とせんと」

「そうだが、まず話を聞いてくれ」

「お前のような雑魚が話だと」


 鼻であしらわれた。


「大事な話だよ、ドラゴンロード。ボクはご主人様一の使い魔、サキュバスのレナ。実はドラゴン関連のトラブルなんだ」


 俺の胸でレナが叫ぶ。


「そのとおり。だからドラゴンロードたるお前を呼んだんだ」

「話を聞いてつかわそう」


 ドラゴンロードは笑みを浮かべた。


「良かった。実は――」

「ああ話は聞くさ。腹の中でお前が話せれば、だが」


 なにか言う間もなく、俺は丸呑みにされた。レナごと。

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