6-9 本日の業務目標は、命を懸けること

 ドラゴンの頭がものすごい勢いで突っ込んできたと思ったら、もう丸呑みにされていた。なんかぬるぬるする温かな暗闇で必死でもがいた。


 俺、ここで死ぬのか。ただサボりたかっただけなのにw ――そう思った。もう正確に「w」まで付いた言葉が浮かんだわ。


 と思ったのだが、気づいたら俺は吐き出され、地面に転がっていた。


「小僧。痛いではないか」


 苦しげに、ドラゴンロードが吠えている。


「レナ、お前か」

「えへへっ」


 シャツの隙間から、レナが顔を出した。


「こいつで突いたんだ」


 例の楊枝剣を振りかざしている。


「喉のいちばん痛いところをね」

「のどちんこ剣術ってわけか。そいつはいい」

「今度はそうは行かんぞっ!」


 高々と宙に舞い上がると、鉤爪を開いて、ドラゴンロードが突っ込んできた。


「うわっと!」


 地面を転がり、かろうじてかわした。すぐ脇を胴体が高速ですり抜けて、強い風が巻き起こった。


「待ってくれ。お前はドラゴンロードだろう」

「それがどうした」


 はるか上空で反転すると、こっちを見た。


「ドラゴンの王なら、部族の不始末の責任があるはずだ」

「ドラゴン族に王などいない」

「ご主人様、ドラゴンロードは上位種なだけだよ。ドラゴンは孤独に巣を作るんだ」

「小娘の言うとおりだ」


 また鉤爪を開いた。突っ込んでくる。


「上位種なら余計にだ。不始末の内容を知りたくはないのか」

「問答無用」


 鉤爪にぐっと掴まれた。ギリギリと締められ、息ができない。そのまま上空に運ばれる。


「レナ、大丈夫か」

「うん。今はなんとか。でももうダメみたい。潰されちゃいそう」


 苦しげに身をよじっている。


「くそっ」


 俺も気が遠くなってきた。吉野さんの笑顔が、一瞬、頭をよぎる。


 ――ごめん、吉野さん。


 ……が、握り潰される寸前、俺は地面に放り投げられた。ごろごろ転がり、草の葉で体が擦れて痛い。くそっ、猫が鼠をいたぶるように殺すつもりか。


 ごうっと風が巻き起こると、ドラゴンが着地した。


「お前は異世界人だな。使い魔を連れているし」

「さっき……言ったろう。お前も使い魔にと」


 かろうじて声を出した。くそっ体中が痛え。


「とんだ道化だなお前。木っ端ヒューマンがドラゴンロードを使い魔になどと」


 鼻で笑われた。


「うるさい。命を懸けてお前を呼んだ。事情があるんだ」

「まあ殺すのはいつでもできる。話くらいは聞いてやろう。その蛮勇に報いてな」

「とあるドラゴンが、昔、この地の王族と約束を交わしたんだ」


 相手の気が変わらないうちにと、俺は早口で説明した。代々、王女の生贄で約束が担保されていたこと。その代わりに、現王だけは王家の宝を差し出して契約したこと。ところがドラゴンが今になって「契約違反だ」として、俺の仲間をさらい、王家への攻撃を宣告したこと。


「それで余を使い魔に望んだのか。仲間を救うために」


 俺が頷いたのを見て、ドラゴンロードは笑い出した。


「こいつは茶番だ。余が使い魔になるとでも思ったのか」

「ドラゴンの不始末なら、関係がある」

「たったそれだけのちっぽけな可能性に、命を懸けたというのか」


 また笑ってやがる。くそっ。


「悪かったな。それしか思いつかなかったんだ」

「そもそもそのような揉め事、余とは無関係だな。そのドラゴンにも言い分があるだろう」

「だから、それを聞き出してほしいんだよ。上位種として」


 俺の胸から、レナが叫んだ。


「戦ってほしいわけじゃないよ」

「知らん。勝手にやってみろ」

「頼む。手伝ってくれ。使い魔にはならなくていい。今回だけ、手を貸してくれればいいんだ」

「断る。自分の力でこなせ」

「とにかく頼む」


 ドラゴンロードは黙ってしまった。初めて見るかのように、俺をじっと見つめて。


「ドラゴンロードを従えるなら、ドラゴン一匹くらい、自分の力でなんとかできないでどうする」

「俺の大事な仲間なんだ」

「知らん」


 ドラゴンロードは浮かび上がった。


「ドラゴン族はな、理不尽は大嫌いだが、道理は通るものだ。まあ頑張れ」


 それだけ言い残すと、大空に突き進んだ。あっという間に距離が開き、点のように小さくなってどこかに消えた。


「くそっ。やっぱりダメか」

「……ご主人様、すごいよ」


 レナが手を振り回した。


「なにがだよ。結局協力してくれなかったじゃないか。どケチドラゴンめ」

「だってボクたち、殺されてない」

「あっ……」


 そう言えば……。


「そういやそうか。夢中で気が付かなかったわ。そんなこと」

「身の程知らずにも、ボクたちはドラゴンロードを使い魔にと望んだ。殺されて当然なんだよ。でもそうなってない。ご主人様を認めてくれたからだよ」

「ならなんで協力してくれないんだよ」

「ボクたちは、試練を課されたんだ」

「試練?」

「そうだよ。ドラゴンロードを従えるなら、ドラゴン一匹なんとかできないでどうするって、言ってたじゃん」


 そうだったかな。夢中で覚えていない。というか少なくとも今は思い出せない。


「俺の実力を測るってことか」

「うん。だってレベルだけ見たなら瞬殺されたはずだし。レベル以外の、なにか規格外の力があるかどうか、観察するつもりなんだ」


 レナの話だと、使い魔候補として呼ばれた時点で、遠く離れていても行動は見られるようになるらしい。レナがそうであるように。


「合格すれば、俺の使い魔になってくれるのか」

「それは……多分無理。実力差が大きすぎて原則を外れるし、向こうにもプライドがあるから。でも、不合格なら食い殺されるから安心して」

「なんでそれが安心なんだよ」

「ドラゴンロードは約束を守るってことだよ」

「ネガティブ方面は守ってもらっても困るんだっての。それにこれから別のドラゴンと対決しに行くんだぞ、俺達。いよいよ睡眠薬しか可能性がないじゃんか」

「でもヒントをくれたよ、ご主人様」

「ヒント?」

「ドラゴン族には道理は通るって」

「そういや……」


 俺は思い返した。そう言えばそんなようなことを、ドラゴンロードが口走っていた気はする。


「レナお前、やっぱり頼りになるな。機転が利いて頭いいし」

「えへへっ。ほめられちゃった」

「それに楊枝剣でまたも命を救われたし」

「なら今度、ごほうびにエッチなことしてよ。ボクだってそうやってサキュバスとしてのレベル上げたいし」

「まあ考えとくよ。まずはドラゴン戦で生き残らないとな」

「うん。気を引き締めていこうね」

「おう」

「ボスのボス、準備ができたぞっ」


 タマが走ってきた。


「睡眠薬に睡眠弾。それに目くらましの発光弾もたくさん」

「では行きましょう」


 タマゴ亭さんも来た。村人に借りたのか、軽防具たる革ジャケットに、革の帽子をかぶっている。革の帽子には、タマゴ亭屋号のあのヘンなイラストまで縫い付けられてる。異世界でブランドマーケティングってわけでもないだろうに、変わった娘だ。これから死ぬかもしれないってのにな。


「じゃあ行くぞ、みんな。今日の業務目標は吉野さんを取り返すこと。あとドラゴンの言い分を聞いて、可能なら問題を解決することだ。全員死なずに戻るぞ。いいな」

「わかった」

「任せろ」

「わかりました」

「よし」


 俺は頷いた。


「では行こう」


 村外れから湖に向かう道を、俺達は進み始めた。


 待ってろ吉野さん。今助けるから。

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