5-3 作戦ブリーフィング
「さて……」
俺は空を見上げた。異世界の朝日が輝いている。ここはペレ封印の地を一キロ先に見渡せる、エルフの森の外れ。例によって、ペレは草原の真ん中に、寂しそうに突っ立っている。
昨晩のうちに到着し野営した再封印隊は、すでに戦いの準備を終えている。俺のパーティーはもちろん、朝、あっちの世界から飛んできただけだ。それでも王宮のクラブハウスで事前に装備を整えている。
「いよいよ女神ペレ再封印の時が来た」
そこここの戦士から、おうっという声が上がる。ハイエルフは弓兵中心で、戦士とスカウトを加えて数十人。ダークエルフはもちろん、ケルクスひとり。あとは俺のパーティーだけだ。立っているのは俺と両脇。ハイエルフの参謀と「なんちゃって軍師」ケルクスだけ。残りのエルフは全員座って話を聞いている。俺のパーティーは、俺の後ろに立っている。
「相手は女神で強敵だ。手順にブレがあってはまずい。ここで再度、再確認する」
まずは作戦ブリーフィングってことさ。
「もう聞いた。大丈夫だ」
誰か、ハイエルフの戦士が口にした。
「馬鹿者っ」
ハイエルフの参謀が睨みつけた。人間なら六十くらいの見た目だが、戦地を数々潜り抜けているのか、眼力が凄い。
「戦いの要諦は準備と
一気に場が緊迫した。
「平殿。続きを」
「ああ」
参謀に促され、俺は声を張り上げた。今日も海風が強い。轟々と木々を揺らす風に負けないように。
「ペレまで百メートルまで近づいて布陣する。各人、防具は身に着けているだろうが、それに加え、俺達が持ち込んだこの盾を装備しろ。……タマ」
進み出たタマが、透明ポリカーボネイトの盾を高く掲げた。暴徒鎮圧の際などに警察や治安部隊が使用する、ライオットシールドって奴だ。対ライフルは厳しいが、小銃くらいまでの弾丸が一発当たるくらいならなんとか防げる防護性がある。ペレの火山弾がどれほどの威力かは知らないが、たとえ貫通を防げなくとも、威力を相当削ってくれるはず。致命的な負傷を防ぐ効果が、それなりにあるはずだ。
これは資材部の連中に動いてもらって揃えた品だ。百頼んだんだが、短期間で揃えられたのは半分ほど。とりあえずここにいる全員には行き渡る。
「平殿の言うように、しっかり装備しろ」
参謀が続けた。
「いいか。布陣時は、各人この盾を掲げ、屈み込んで防御の姿勢だ。そして攻撃時にはふたりひと組になる。ひとりがこの盾を掲げ防御役となり、背後に隠れた弓兵が、盾越しに敵を射る」
「ペレの火山弾は小さいが速い。侮ると俺のようになるぞ」
立ち上がったスカウトが、自分の頬の傷を全員に見せつけた。
「盾を使え。もし割れたら、横の予備に換える。ふたりひと組だから予備があるはずだ。いいか忘れるな。俺達には、平殿パーティーのような、ミスリルの防具はないからな」
改めて、どよめきが巻き起こった。ドワーフに寄贈されたミスリルのチェインメイルを、俺のパーティーは全員装備している。正念場だからな。
ミスリルは特別な品。ミスリル鉱山を仕切るドワーフと敵対関係にあるエルフにとっては、なおのこと入手が困難だ。全員、見るだけでも貴重なミスリルの鎧を、食い入るように見つめている。
気のせいか、鎧にかこつけて吉野さんの胸ばかり見ている気もするがw 誰も俺見てないじゃん。
「平殿……」
胸ばかり見ている同胞に埒が明かないと思ったのか、参謀に促された。
「最初はユミルの杖の回収だ。杖に蔓草の縄を縛り付け、ケルクスによる解呪の詠唱で封印が解けたら、一気に引き抜く。回収班は、その後の展開を一切気にせず、森まで走り抜け」
「大木の背後に杖を置いたら、戻ってきて参戦しろ。木陰に回収班の分の盾が置いてある。身を隠しながら戻るのだ」
参謀が付け加えた。
「そうですな、平殿」
「ああ。……で、ここからが問題だ」
一息置いて、俺は戦士を眺め渡した。全員、俺の声を待っている。
「相手はモンスターではなく女神だ。話はわかるはず。なので俺が一応、交渉してみる。地中に戻ってくれと」
だが正直これは望み薄だ。なんせ前回の封印の際、ハイエルフとダークエルフが試みて失敗しているからな。それを知っているだけに、全員無言で俺の話を聞いている。
「これが成功せず戦端が開いたら、再封印するしかない。俺がこのペルセポネーの珠を用いる」
ビジネスリュックから取り出した珠を見せると、また全員どよめいた。ゴルフボールくらいの珠が、俺の指先で、朝日を受け鈍い銅色に輝いている。
「問題は、この珠による封印発動には時間が掛かることだ」
俺は説明を続けた。亜人キングーの力でペレ周囲の時間を制御し、熱の伝達を遅くする。その間に封印し、終わった瞬間、キラリンの力で瞬時に布陣場所まで戻ると。
「ペレからの攻撃が始まったら、援護してくれ。ハイエルフの弓兵と、ダークエルフの魔道士とで」
「間違えても平殿を射抜いてはならんぞ」
参謀の冗談に、全員どっと笑った。ハイエルフの弓術は洗練されている。俺を誤射するとは夢にも思ってないのだろう。
「このへんは正直、どうなるかわからない。相手の対応も、攻撃の仕方も。……だから出たとこ勝負で、適宜判断してくれ」
実はここが、一番心配なポイントだ。いくら時間が遅延しているとはいえ、至近距離からペレが俺を攻撃すれば、そもそも援護もクソもない。ペレの出方によっては、珠による封印自体が難しいかもしれない。
その場合は、ユミルの杖による再封印しかない。森から持ち出した杖を俺が持ち、キラリンの力で瞬間だけ移動してペレに刺して封印する。これまでと状況は変わらず、もしかしたら死傷者が出るだけ無駄だったかもしれないが、仕方ない。
そう話すと、ハイエルフの戦士がひとり立ち上がった。
「だが、そいつは信用できるのか」
ケルクスを指差す。
「ダークエルフのことだ。とっとと杖だけ持って逃げ出すかもしれん」
同意の声が、あちこちから上がった。
「そもそもこいつ、俺達を援護してくれるのか。ハイエルフが多く死ねば、ダークエルフのブラスファロン国王は喜ぶに決まっている」
「そんなことはない。ペレの再封印に失敗すれば、ダークエルフも森を失う」
俺が言い切ったが、まだどよめきが続いている。
「ならなぜひとりしか戦士を出さない」
「ひとりだが、軍師だ。魔道士として活躍してくれると俺は信じている」
「あたしはっ!」
ケルクスが叫んだ。
「あたしは裏切らない。ハイエルフどもは油断ならないが、ここではハイエルフもダークエルフもない。あたしたちは戦友だ。あたしは戦友を裏切らない」
「口だけならなんとでも――」
「黙れっ」
腰の短剣に手を掛たケルクスが、抜剣する。
「なんだっ」
「やるってのか」
色めき立って、何人かが立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます