5-4 戦端、開く
「あたしはっ!」
ケルクスが叫んだ。
「あたしは裏切らない。ハイエルフどもは油断ならないが、ここではハイエルフもダークエルフもない。あたしたちは戦友だ。あたしは戦友を裏切らない」
「口だけならなんとでも――」
「黙れっ」
腰の短剣に手を掛け、抜剣する。
「なんだっ」
「やるってのか」
色めき立って、何人かが立ち上がった。
「こうだっ!」
立ち上がり抜剣した連中には構わず、ケルクスは、自分の長い銀髪を掴むと、短刀で一気に引き切った。
「ダークエルフの誇りと祖霊に懸けて誓う。あたしは戦友を裏切らないと」
髪の束を前に突き出している。気圧されて、立ち上がったハイエルフは、剣を握り締めたまま呆然としている。
ケルクスは、髪の束を俺に手渡した。
「あたしは平の指示に従う。平は司令官で、お前らは戦友だ。あたしもお前らの戦友のひとりだ。……違うか」
「それは……」
立ち上がったままのハイエルフが口ごもった。剣をだらりと下げ、どうしたものかと、仲間を見回している。
「ケルクス殿には、ハイエルフを代表し、ケイリューシ王の名代として謝罪する」
ここまで黙ってきた参謀が、口を開いた。
「この場にいるのは、エルフと異世界人、そして使い魔達。ハイエルフもダークエルフも、エルフであろう。全員戦友だ。それに異議を唱える者は、ただちにこの場から立ち去れっ」
鋭い眼光。
「すみません参謀。……そしてケルクス殿」
最初に文句を付けてきたハイエルフが頭を下げた。剣を収める。
「俺が間違っていました」
「もういいよ」
俺はケルクスに視線を置いた。
「なあケルクス」
「……ああ。あたしは戦友として、命を懸けて戦う」
ケルクスも短剣を鞘に戻した。
「この髪は……」
どうしていいかわからなかったので、一応聞いてみた。捨てるのも返すのもなんか変だし。
「お前が持っていろ、平。戦友の誓いの品として」
「わかった」
ビジネスリュックに収めた。
「……さて、以上が作戦だ」
気を取り直して、話を戻した。また揉めないうちに、とっととケリを着けたい。
「質問はあるか」
「平のパーティーはどう動くんだ」
「キングーとキラリンは、この作戦の中核だ。タマと吉野さんは、キングーとキラリンを盾で防護する。トリムは弓兵に加わる。レナは補佐。胸元で、俺が見ていない方向をチェックしてくれるし」
「そうそう。ボク、ご主人様のこと、なんでも知ってるからね。昨日も吉野さんと――ムグーッ」
仮面の笑顔を貼り付けたまま、俺はレナの口を塞いだ。こいつほっとくと、なに言い出すかわからないからな。
●
「準備はー、いいーかーあっ!」
「おうっ。いつでもいいぞっ」
俺の大声に、数人の回収班が叫び返す。女神ペレから三十メートル。ユミルの杖と繋がった蔓の縄を握り締め、ペレを睨みつけている。封印が解ける瞬間を見逃すまいと。
回収班以外はその後方、ペレから百メートルほどの位置に、緩やかなV字型の「
V字の頂点、つまりペレからもっとも離れた位置に、俺のパーティーとダークエルフのケルクス。俺の脇に、ハイエルフの参謀。V字の翼部分には、ハイエルフの弓兵が陣取っている。
数人しかいないハイエルフの戦士は、V字の両先端。再封印の最中にもし俺になにかあれば抜剣し、命を捨てて助けに来てくれるはずだ。
「では始めるか……」
緊張を解くため、大きく息を吸って、ほっと吐いた。
「大丈夫、平くん」
傍らの吉野さんが、俺の左手を取ってきた。俺は右手で、切り札たるペルセポネーの珠を握っている。
「平気です。ちょっと力を抜いたんですよ」
「それならいいけど」
「吉野さん大丈夫。ご主人様はね、修羅場には強いんだよ」
俺の胸から顔を出したレナが、自慢気に胸を張った。俺のチェインメイルはレナを収めるべく、首周りをVに開ける改造が施されている。レナが動くと、レナの超小型チェインメイルが、かさかさと鳴った。
「そうね。わかってるけど、なんか心配で」
「吉野さん、僕が平さんを守りますから。天使の力で」
ドワーフに頼んで、キングーの分のミスリルメイルも作ってもらってある。
「頼むわね」
「任せて下さい。僕の命に代えても」
「あたしだって平を守るから」
トリムが口を尖らせた。
「あたしもそうだよ、お兄ちゃん」
「わかったわかった。みんな頼むな」
「あんたら、にぎやかだな」
ハイエルフの参謀が、呆れたように俺を見た。
「これから、生きるか死ぬかの戦いが始まるってのに」
「そういやそうか」
まあいいや。軽口でむしろ気が楽になったし。どうせ底辺社員だ。いつもどおりテキトーにはっちゃけるか。社長には「三木本歴史上最低の無責任野郎」とか言われてるしなー。
「マジ、始めるぞ」
言い切ると、俺はケルクスの肩をぽんと叩いた。
「やってくれケルクス」
「……封印を解く」
ケルクスは、両手で三角の印を結んだ。瞳を細め、息を整える。
「祖霊よ……」
呟くと、三角の空間がかすかに揺らいだ。
「イェルプフの誓約により……」
ざわざわと、周囲の草が鳴った。奇妙な風が舞っている。海風が消え、全方位からケルクスに向け空気が移動する。そのままケルクスの体を撫でるように上昇すると、ケルクスの長髪を花びらのように持ち上げた。
「寒い……」
キラリンが呟いた。
「周囲のマナを吸い取っているのだ。ダークエルフの魔法は、マナ消費系だからな」
タマはいつもどおり平静だ。冷静に解説を入れてくる。
「まだまだ寒くなるぞ」
「イェルプフの誓約に……より……ここに
――どんっ――
雷鳴のような地響きが巻き起こると、大気が上下逆さまの滝のように渦を巻いて上空に流れる。
一気に気温が下がった。真冬の冷凍庫並だ。てか、チェインメイルのミスリルの鎖に氷が着いてるじゃん。
「見ろっ!」
誰かが叫んだ。ポリカーボネイトの透明盾の後ろから腕を出して、エルフが何人かペレを差している。
「封印が解けるぞっ」
ペレの体、炭色の彫刻のようだった体が、見る見る命の色を取り戻してゆく。白い肌、燃えるような赤い髪、ベージュの柔らかな衣に。
「今だっ。走れっ」
逆巻く風音に負けじと、参謀が怒鳴った。
なにか言葉にならない叫びを口々に上げると、縄を握り締めた回収班が走り出した。俺達に向かい、そしてその先の森に向かい。
縄がぴんと張ると、ペレの体から杖が抜けた。
「死ぬ気で走れっ。振り向くな」
参謀がまた大声を上げる。回収班は鬼の形相で走ってくる。
……と、ペレがゆっくり振り返った。まっすぐ俺と参謀を見つめている。
「あなた方は……また」
火山の女神ペレが呟いた。大声でもないのに、轟々と鳴る風を通してはっきり聞こえる。さすが女神。不思議な力だ。
「また……わたくしの……邪魔をするのですか」
右手を高く上げた。と、ペレの足元の冷え固まった熔岩を突き破って、赤熱した熔岩が噴き出してきた。
と、マナ消費であれほど冷えた周囲が、一気に暑くなった。もう真夏の沖縄ビーチで焼き土下座してる感覚だ。百メートルも離れているってのに。
布陣の位置まで駆け込んできた回収班が、はあはあ言いながらも俺達の間をすり抜けていく。縄とユミルの杖を引きずりながら。振り返ると、一キロ先の森をまっしぐらに目指している。
「作戦通りだね、ご主人様」
「ああレナ。……とはいえ」
問題は、ペレと熔岩が発する、凄まじいばかりの熱気だ。
「やべえ。想像以上に凄い……」
始めっちまった以上、どういう形にせよ決着が着くまで終わらない。たとえ何人死のうとも。そして俺は、今からあの灼熱地獄に突っ込んでいくのだ。
「平くん……」
俺の手を握る吉野さんの手にも、力が入った。
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