1-7 ドラゴンライダー×2
「本当に、新水路なんかできるんじゃろうか」
「信じられんわい。冒険者とは言うが、男たったひとりに、あとは女ばかりではないか」
翌朝、「ラップちゃんの泉」の脇に、俺達は立っていた。俺のチームと、あと例の「役場」の若夫婦、それに急遽動員された、街の男衆と。若夫婦はともかく、事情もよくわからないままいきなり駆り出された街人はみんな、怪訝な瞳だ。俺達を見て、ひそひそ話を繰り返している。
「女十一人に奴隷労働でもさせるつもりか、あの旅人」
「それは無理だ。子供までおるではないか」
「妙にツヤツヤした顔をしておる。生気溢れる魔道士ではないのか、あの男」
いや俺がすっきり顔なのはもちろん昨日の晩、吉野さんと幸せになったからだ。なんなら吉野さんだって肌の色いいし。
「俺達に奴隷労働させるのだろう。褒美はあの女達だ」
「なにっ」
「マジか」
「それなら俺、喜んで奴隷になる。あの……薄衣の異国人がいい」
「あの女は俺のだ」
「ならわしは、あの子供がいいのう」
「じいさん、あんたって奴は……」
「えーと……」
たまらず口を挟んだ。このままだと、とんでもない方向に話が流れそうだからな。
「集まってもらってありがとうございます。今日から俺達がここに水路を開きます。街までまっすぐ」
「まっすぐ……だと」
「無理に決まっておる」
「大岩はどうする。それに上り坂には水は通せん」
「素人が」
「まず通路の木々を焼き、水路を掘ります」
ざわめきに構わず続ける。
「泉の少し先から街までまっすぐ下るように水路を開き、最後に泉との境を掘って水を通す。多分数日は掛かる」
「たった数日だと」
男達に嘲笑された。
「あんたいくら素人でも限度があるぞ」
「そうだそうだ。あの英雄ヴェーダ様だって、何か月も掛かったというのに」
「ヴェーダは俺達の友達ですよ」
「本当か」
「詐欺じゃないのか」
「まあまあ……」
手を上げて、みんなの動揺を鎮めた。とにかく実演してみせるしかないだろう。
「皆さんには、残土や燃え残りの木々の処理をお願いしたい」
「そのくらいならまあ……当然やるが」
頭の良さそうな男がひとり、首を傾げた。
「木々を焼くにも手間が掛かるぞ。なにしろ生木だ。そう簡単には燃えん」
「まあ見ていて下さい。……吉野さん」
「うん、平くん」
吉野さんとタマが、大きな布を掲げて広げた。
「なんだなんだ」
「戦の陣でも作るのか」
「エンリル、頼む」
「婿殿の頼みだからな」
布の陰に消えた。ややあって、薄衣の上着や下着なんかが、ぽいぽい布のこっちに放り投げられてくる。
「うおっ!? これは……」
「ストリップか」
「やっぱり俺達を奴隷にして、褒美はあの女」
「くうーっ」
なに興奮してるんだよ、アホくさ。服が破れたら困るからな。
「皆さん、驚かないで下さいね」
一応、注意はしておく。一応、な。
「これからドラゴンが登場します」
「わはははははっ」
爆笑が巻き起こった。
「土木作業の前に宴会芸か」
「なかなか楽しい趣向じゃのう」
「エンリル」
「うむ」
──ドドーン──
轟音と共に、布がはためいた。もうもうと、土煙が立つ。そして煙の中にはもちろん──。
「ぎえーっ!」
「ド、ドドドドラゴ……」
「ドラドラドラドラ──」
突如出現した神々しいドラゴンを見て、何人か腰を抜かした。ちょろちょろ小便を漏らしている男もいる。あー役人の若夫婦には事前に説明してあるから、倒れたりはしてなかったよ。ただ……ドラゴンの想像以上の威容にふたりとも、口をあんぐり開けてたけど。目を見開いて。
「さて……」
高所から、エンリルは街人を見回した。
「どいつから喰らうとするかのう」
「ひえーっ」
腰を抜かしたまま、這って逃げようとしてるな。
「エンリル」
「すまんすまん皆の者。ただの冗談じゃ」
大口を開けて笑うと、また何人か腰を抜かした。
「この平こそは我が乗り手。見よ、皆の者」
促されたので、エンリルに跨ってやった。
「ド……ドラゴンライダー」
「この……冴えない男が」
「生きておるうちにドラゴン様とドラゴンライダーが拝めるとは有り難いことじゃ……なまんだぶ」
もうむちゃくちゃだな。
「ドラゴンブレスで樹を焼き、怪力で水路を掘る。どうだ。まだできないと思うか」
「いえいえ平様。もう夢のような話で」
「平様はまっことこの街の救世主。ヴェーダ様なんか、足元にも及びません」
なんだよ現金な奴らだな。
「……ただ、ドラゴン一匹だと時間が掛かる。だからもうひとり話を着けてある」
「もうひとり?」
「なんだ。サイクロプスでも召喚するつもりか」
「いやいやトロールじゃろう」
「魔族なんか喚ばれてたまるか。それこそ全滅させられる」
「吉野さん。お願いします」
「うん。平くん」
天に向かって、吉野さんが叫んだ。
「イシュタルさーんっ! 昨日のお願い。よろしくねっ」
──任せよふみえ──
どこからともなく、声が響いた。と思うまもなく、ものすごい勢いで、天からなにかが降ってきた。尻尾を揺らせながら。どんっという大音声と共に着地すると、また土煙が立つ。
そこにはドラゴンが立っていた。土臭い煙の中。背中に吉野さんを乗せた形で。
「グ……グリーンドラゴン」
「しかももうひとり、ドラゴンライダーが……」
ほぼほぼ全員、腰を抜かしたな。あらかた小便漏らしたから、もうこれが灌漑用水でいいじゃん。
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