1-6 新水路掘削工事検討会議>いつもの妄想

「どうするの、平くん」


 野草炒めの皿から、吉野さんは顔を起こした。


「水路造るとか、大工事よ」

「そうっすねー……」


 その晩の宿。大部屋に料理と酒を運んでもらって晩飯にした。夜は現実世界の俺マンションとか王都の俺クラブハウスにキラリン転移で帰ってもよかったんだけどさ。せっかくだからこの土地の名物料理食べたいじゃん。


「ま、なんとかなるかと」

「どうやって」

「考えたんすよ。まずいちばんいい経路は全部ヴェーダが使っちゃってる」

「当たり前だね」


 いつものようにテーブルにあぐらを組んで、レナはあれこれ食べている。


「ヴェーダだって馬鹿じゃないもん。学者だよ。ただちょっと……エルフ関連になると頭おかしくなるだけで」

「お恥ずかしい……」

「いやタマゴ亭さんの問題じゃないし。じいさんに異様にサカリがつくだけの話だし」

「余計に恥ずかしいよ、平さん」

「ふふっ」

「いちばんいい経路は使えない。……それでどうするんだ、平ボス」


 タマにじっと見つめられた。今日のタマ、なんか知らんがすごく瞳がきれいだ。とっておきのマタタビ食べさせて、ベッドで乱れさせてみようかなーこれは(もやもや)。


「なに黙り込んでるの、ご主人様」

「いやその……」

「平さんは、なにか深く考えておられたんですよ」


 俺を買いかぶってるなあ、エリーナ……。こっちはただの無責任野郎だぞ。


「そうでしょ、平さん」

「ま、まあね」

「ご主人様、汗かいてるね。けけっ」

「やかましいわ」


 レナをデコピンしてやったわ。


「いい経路はもう使えない。ならむしろ、もう泉から目的地までまっすぐ水路を通したらどうかと思うんだ」

「でもそれだと高低差どうするの、平くん。途中で逆に上りになってたりするわよ」

「岩もあるしね。それに木がいっぱい生えてる。あれ全部切り倒すの、大変だよね」

「普通に工事するならな」

「普通なら……ってことは、普通じゃないのね」

「忘れてるのか、みんな」


 立ち上がりエンリルの肩を掴むと、ぐっと前に押し出した。


「俺達にはドラゴン様がいる」


 全員の視線が、エンリルに集まった。


「そう言えば……」

「余か」

「向こうの大陸だと、エンリルはドラゴン形態になれなかった。古い盟約があるから。でも俺達はこっちに戻っている」

「そういうことね」

「たしかに」

「このところエンリルさんはずっと人型の婚姻形態だったから、忘れていたわね」

「エンリル、頼んでいいか」

「任せよ、平。余の婿の頼みだ」


 俺を振り返ると、嫣然えんぜんと微笑む。来いと言われたので、隣の椅子に腰を下ろした。


「まず、ブレスで通路の樹を焼けばいいな」

「多分、途中までしか焼けないと思うんだ。上ってる箇所だと地面に当たるし」

「それに岩でも止まるわよね」

「だからその度に、岩や土を掘り返せばいいんだね」

「そういうこと。ドラゴンは重機みたいなもんだからな。大岩を砕いたり、土を大量に掘り返したりできるのは、エンリルだけさ」

「これは……腕が鳴るのう。それならどうだ、平よ。この際、グリーンドラゴンのイシュタルも呼んでは」

「イシュタルか……」


 考えてみた。イシュタルなら快諾してくれるだろう。なんたってイシュタルは吉野さんをドラゴンライダーとして受け入れている。俺達の使い魔というわけではないが、朋友だ。これまで何度も手伝ってもらったし、吉野さんが専属マッサージ師として今でも定期的にイシュタルの元でお泊まりしている。とはいえ……。


「イシュタルさんなら、頼みを聞いてくれると思うわよ、平くん」

「そうですね、吉野さん。でも……」

「あら、なにか問題あるの」

「それは……その」

「けけっ」


 飛び上がったレナが、テーブルの上をぶんぶん回った。


「ご主人様はね、心配なんだよ吉野さん。なんたってイシュタルはホモセクシャルだからねっ。そうだよねご主人様、ねえねえ」

「えっ……」


 吉野さんが絶句した。てかレナ、いつの間にその情報仕入れた。なにか権謀術数を使ってエンリルから聞き出したんだとは思うが。


 睨んでやったが、エンリルは知らん顔で視線を逸らした。確定演出だな、これ。


「イシュタルさんって、男の人だったの」

「違うよ吉野さん」


 脳内検索したキラリンが口を出してきた。


「この場合のホモは原義どおり、同性愛者ってことだよ。つまり女の娘。だからねえ……」


 俺を見た。


「お兄ちゃんは心配なんだよ。イシュタルが女同士でいつの日か、吉野さんをベッドに組み敷くんじゃないかと」

「えっ……その……」


 見る見る、吉野さんが赤くなった。


「それじゃあ私、女の人が好きなイシュタルに跨って、おっぱいとか下半身とか揉んでたの……」

「背中だけじゃなかったんすか、吉野さん」


 ドラゴン形態だと胸も下半身もつるっつるだから、そう問題ないとは思うが、でも……。


「それは……その……」

「痴話は後にしろ、婿殿」


 ケルクスに止められた。


「話が進まん」

「そうそう」


 トリムも頷いている。


「あたし思うんだけど、ドラゴンが出たら街のみんな、パニックになるよ、平。二匹じゃなくてたとえエンリルだけでも」

「大丈夫さトリム。まず話しておく。それからドラゴン形態を見せて、おとなしいところも確認させておく。ほんで作業に入るからさ」

「その段取りなら平気かもしれんな」


 タマが腕を組んだ。


「そうなると問題は、工事そのものより、掘り返した土をどう処分するかとなる」

「掘り返した岩や土は、そのままにしておくと、雨で流れたり移動したりして、水路を塞ぐかもしれないですね、平さん」

「そうだなキングー」

「それは街衆に頼めばよいわ、甥っ子甲よ」


 もしゃもしゃとケーキを食べているので、サタンはご機嫌だ。


「自分達の街のための工事だ。そのくらいは喜んで引き受けてくれるであろう。それすら断るようであれば、あたしが魔法で全員を地獄に叩き落としてくれるわ」

「物騒なこと言うなよ」

「たまには魔族の力を使いたいからな」

「んじゃあ街の男を使う段取りは、ケルクスとトリムに頼むわ。エルフは土地を読むのが得意だからな。どこに棄てれば問題が出なくなるか、よくわかるだろ」

「任せてー」

「あたしも大丈夫だ」

「よし。じゃあ明日段取りしよう。吉野さん」

「……はい」

「今晩はお仕置きですよ」

「な、なんの」

「あられもない格好で、イシュタルといちゃこら──」

「してないもん」

「いやお仕置きだ。いいな」

「は、はい……平……ご主人様」


 下を向いて赤くなっちゃった。


「その……お仕置きして下さい……い、いっぱい」


 よしっ。


 心の中で、ガッツポーズした。なんやらわからんが、今晩は楽しそうだ。コーフンしてる俺を、仲間が呆れたように見つめている。レナだけは嬉しそうにニヤニヤしてるけど。これだからサキュバスは……。


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