1-5 ラップちゃんの泉w
まずはヴェーダの仕事を確認しよう──。という目論見で、俺達は水路を逆に辿った。街外れの畑に流入する灌漑水路から、山奥の源泉まで。
「こちらです……」
案内の奥さんに導かれ、水路の脇を進む。森の中と言えども流れがあるからか風が通り、気持ちいい。草と苔と樹々のいい香りもするしな。午後の陽射しに、水はきらきら輝いてるしさ。
「割と考えてるわね、平くん」
「そうですね、吉野さん」
腐っても学者というか、ちゃんと斜度と淀みを計算して水路を引いているの、逆に笑ったけど。エルフに我を忘れてても、やるこたやるんだな。当然とはいえ。
「ヴェーダさん、頭だけはいいからねー」
いやレナ、ディスるのやめれ。かわいそうだわ。
「この先が、泉です」
「あっ見えたーっ」
俺の胸から飛び出したレナが、一直線に水辺に飛ぶ。
「割と広いですね、平さん。泉というから、もっと小さいものかと」
「そうだなキングー。お前の地元の亜人村ライカン川沿いの泉より、ずっと大きいわ」
「ですねー」
「ほとりにプレートがあるぞ、平ボス」
「そうだな、タマ」
たしかに。水辺の地面に、看板が杭で打ち込まれている。
「なんか文字が書いてあるな」
俺の視力ではそれが精一杯だ。
「なんて書いてあるんだ、タマ」
「……ぷっ」
瞳をこらしていたタマが噴き出した。
「まあ自分の目で確認しろ、平ボス」
「なんだよ。逆に気になるじゃんか」
「ご主人様~。ここだよーっ」
看板に器用に腰を下ろしたレナが、手を振っている。
近づくとかがんで目を近づける。
「なになに……」
──in memory of rap-chan──
──ラップちゃんラップちゃんラップちゃん──
──わしの愛の想いを捧げ、ここを「ラップちゃんの泉」と命名する──
「……なんだこれ、恥ずかしい奴だな」
「腐っておるのう」
呆れたように、エンリルが腕を組んだ。
「本当にのう。甥っ子甲よ、こやつは本当に老人なのか」
サタンも呆然だな。子供に馬鹿にされる学者じいさんとか笑うわ。まあサタンは子供じゃないけどさ。見た目がこれなだけでマジ、魔王だし。
「ど、どうしてもこの銘板を張るのだと、ヴェーダ様が強く主張されまして……」
奥さんが赤くなった。
「恥ずかしいのでどうかとは思うのですが、恩人なので……仕方なく……」
「勝手に名前つけてるもんなー。本来この泉だって名前あったんだろ」
「ええ。クリュスタルスの泉と」
「ラテン語だよ、お兄ちゃん」
「おうキラリン。脳内検索ご苦労」
「いい名前なのにねえ……」
あの優しい吉野さんまで、さすがに溜息ついてるわ。
「まあでも仕方ないです。恩人様だし」
女将は言い切った。
「街の若者は面白がってますし。ラップちゃんの泉に彼女を連れてきたら愛が叶うとかなんとか言い張ってる子までいて。あのじいさんでも色狂いしたくらいなんだからと」
「イジられてるなー、ヴェーダの奴」
「仕方ないわねえ、ヴェーダさんも」
「ちょっと恥ずかしいな、あたし」
タマゴ亭さんが溜息をついた。そりゃ王家はヴェーダの保護者みたいなもんだからな。
「にしても、澄んだ泉ですね」
「平様、森の伏流水が湧いているのです。この下の岩盤が硬く、地下水路が通らないので」
「湧水はこの低地で泉となり、裏の川筋を経て谷に落ちるのです」
「その一部を水路に流したわけか。なるほど」
「森の伏流水なら、水量豊富だもんね。このあたりの山なら冬、かなり積雪しそうだし。それも春の雪解けで流れるからね」
さすがトリムはエルフ、森の娘だけあるわ。よく知ってる。
「どうでしょう平様、ここから街の畑まで、第二水路を通すのは……」
期待に満ち満ちた視線で、奥さんに見つめられた。
「そうだな……」
見上げて少し考えた。森の高い樹冠の先に、青い、青い空が見えている。抜けるような空を、猛禽類が流すように飛んでいた。
「ひと晩だけ考えさせて下さい。作戦を考えます」
「ありがとうございます、平様」
奥さんは頭を下げてくれた。
「さすがは冒険者ヴェーダ様のお仲間。力強いお言葉です」
吉野さんが、俺をじっと見つめてきた。瞳は「大丈夫、平くん」と語っている。
「なに、なんとかなるっしょ。俺はどうせ底辺社畜。無責任野郎なんだから、気楽にやりますよ」
誰に言うとでもなく、口にした。
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