1-4 ヴェーダ、英雄になり損なう

「ヴェーダ様は、この街の宿屋にご逗留されたのです。なんでも、失われた恋人の行方を探っているとかで」

「ぷっ」


 若旦那の話にまた、タマゴ亭さんが噴き出した。


「いえごめんなさい。続けて」


 謝ったものの、目が笑っている。まあヴェーダのじいさん、盛るに盛ったもんだよな。エルフのラップちゃんは別に恋人じゃないし、ただの友達だ。それに失われてどうのこうのとかじゃなく、商売のため行商に旅立っただけだしな。


「宿屋に腰を落ち着けたヴェーダ様は、逓信所ていしんじょに日参されて、頻繁にどこやらと連絡を取っておりました」

「情報を探っていたのね、ヴェーダさん」

「そうでしょうね、吉野さん。王立図書館長ともなれば、王国各地の学者とは旧知の間柄でしょうし」

「学者なら、エルフの情報には聡いもんね」


 俺の胸から、レナが見上げてきた。


「この大陸にはエルフは少ないからな」

「あたしが人間の平と同行してるのが、そもそも異例中の異例だしね」

「トリムやケルクスは平ボスの嫁になった。同行は当然と言える。しかしそもそも……」


 タマが唸った。


「そもそもエルフが人間に恋するのは、まずあり得ないからな。なにしろ生きている時間軸が違いすぎて」

「長い寿命を持つエルフにとって、人間との数年など、たまたま昼飯を共にした知り合い……程度の感覚だからな」


 ケルクスも認めている。トリムはまあ俺の使い魔だから、好感度が高まるバイアスはあったと思う。でもケルクスは使い魔じゃないし、そもそもクールなダークエルフだ。あの女神ペレのクエストで命を助け合っていなければ、俺の嫁にはならなかったと思うわ。


「その意味では、ヴェーダさんは頑張ったほうですよね」


 キングーが頷く。


「おじいさんなのに、ラップさんと友達になり、タマゴ亭王都支店で一緒に飲んだりとか」

「マッチングアプリでも、こうはうまく行かないわよねえ……」

「吉野さん、マチアプとか知ってるんすか」

「それは……その……」


 微妙に顔が赤くなった。


「わ、私はやってないわよ。そういうアプリがあるって、だ、誰かから聞いて……」

「誰から聞いたんすか」

「ご、ごめんなさい平くん。インストールもしてないから」

「いえ許しません。今晩、ふたりっきりで詰めましょう」

「え……その……」


 みるみる真っ赤になっちゃった。


「う……れしい」

「もう。今はいちゃつくの我慢しなよ、ご主人様」


 レナに胸を叩かれた。


「これが甥っ子とは、あたしも情けないぞ」


 これ見よがしに、サタンが溜息なんかついてみせた。


「吉野とくっつくのは、夜の寝台だけにせい」

「すみません、叔母さん」

「こ、この幼児が叔母さん……」


 若旦那と嫁が絶句する。


「幼児とはなんだ。あたしはそもそも魔界の大魔王サ──」

「よしよし」

「モガーっ……」


 撫でるふりして口を塞いでやったわ。話が進まん。


 その後も話の脱線を繰り返しながらも、この街でのヴェーダの行跡をなんとか知ることができた。


 なんでも当時、この街は災厄に襲われていたという。というのも近年の気候変動で土地が乾燥し、畑の水脈が枯れてしまったのだ。ここは森の街だけに、果実や野草、木の実や木の子、それに山鳥や山の獣などで最低限の食料は確保できてはいたというが、畑が枯れ果てていては苦しい。子供を育てるのにも苦労するし、なにより交易で生活必需品を入手する際の交換アイテムが無くなってしまう。


「私どもの窮状を聞いたヴェーダ様は、任せろと仰ってくれたのです」

「どうせラップちゃん動向の返事を待つ身。暇潰しに街の困り事を解決してみせようと」

「男気がありますね、ヴェーダさんは」


 エリーナは感心した様子だ。


「エルフに好まれる香水を作りたいと。その原料の苔を、森から取ってきてくれれば協力すると」

「腐っておるのう」


 呆れたように、エンリルが笑った。


「まあ……いい歳をしてそれほどに女に惚れておるのは、ご健勝……とは言えるが」

「それフォローになってないぞ、エンリル」

「木と紐で測量装置を作ると、ヴェーダ様は、裏山の大滝へと赴きました。そうして滝の水量や街までの斜度を測定し、街の男を動員しました」

「ヴェーダ様は灌漑水路を作ろうとしたのです。裏の谷に無為に落ちていた水を、街まで引こうと」


 街の人たちにとっても、反対する理由はない。というか水路ができるなら万々歳。というわけで想定水路の木々を切り倒し、土を掘り、水が染み込まないように粘土を底に塗りたくった。


「やるじゃん、ヴェーダ。歳の割に」


 タマゴ亭さんは容赦ないなー。


「そうして第一次工事を終え、取水口の羽目板を取り外しました」

「めでたく水路に水が流れたわけです」


 第一次工事なので、水量は充分ではなかった。その通路ではそれ以上の水量を流せなかったから。そこは第二次工事として、別ルートを掘って担保するという話だった。


 開通の日、街の住人は大喜びし、ヴェーダと共に大宴会を開催した。


「しかしその晩……というか深夜に、ヴェーダ様が旅立ちになられて」

「はあ? 英雄になったのに夜逃げとか、意味不じゃんよ」

「空になった宿屋の部屋に、書き置きが残っていました」

「書き置き……」

「はい、これです」


 女将が差し出した紙には、殴り書きの文字があった。


──ラップちゃんの居場所がわかった。裂け谷内海ほとりの漁村じゃ。わしは旅立つ。止めないでくれ。あーあと、第二次工事は適当に済ませてくれ。なに簡単じゃ。斜度を計算して地面を掘ればいいでのう。うひょひょーっ。待っておれ、ラップちゃん。今、永遠の恋人が訪ねていくからのう──


「……駄目だこりゃ」


 それしか言葉が出てこなかったわ。


「なにが『うひょひょー』だよ。いい歳してサカリが付きやがって」

「恋は盲目って奴だね、お兄ちゃん」

「もうそういうことにしとくよ、キラリン」


 思わず、溜息が出たよ。


「そういうわけで、ヴェーダ様は、この街の救世主なんですよ」


 若旦那がまとめた。


「ただ……」

「わかってる。仕事が半端なんだろ」

「どうでしょうか、皆様」


 女将がおずおずと口にした。


「平様と皆様は、経験豊富な冒険者とお見受けしました。エルフや獣人、妖精様もいらっしゃる。それにご本人の話では、魔界の方まで……」

「……」


 黙ったまま、俺はサタンの唇をつまんでやったわ。余計なこと言うからこれだよ。手をばたばた振って涙目になっても知らんわ。


「どうでしょう、その──」

「わかってる」


 仕方ない。俺は首を縦に振ってやった。


「ヴェーダは俺達の係累だ。あいつのハンチク仕事、俺達が完遂してやるよ」

「第二次工事をするのね、平さん」

「ええそうです、吉野さん。これもなんかの縁だ」

「ありがとうございます、平様」


 感激した様子の若旦那に、手を握られた。


 もうこりゃ後へは引けんな。なに、俺だって鉱山商社の末席を汚してたんだ。山に水路掘るくらい、なんとかなるだろ。


 やるっきゃないわ、これ。


「なんとかやってみせますよ。任せて下さい」

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