1-3 ヴェーダ大放浪の行方

 のんびりした春の野原を、俺達の馬車は進んでいた。丘の起伏に合わせ、山道は緩やかな曲線を描いている。軟らかな春の野草が、優しい風に揺れている。ぽかぽか陽気と春の香りは、心地良いよなー。擦れっ枯らしの社畜俺でも、心安らぐわ。


「あの街だね」


 馬車の御者席で、トリムが先を指差した。丘が山裾に差し掛かるあたりに、小規模の集落が見えている。街……というか「ほぼ村」くらい小規模に見える。


「そうだね。あそこにヴェーダの気配が、強く残ってる」


 手に持つ「魔導徘徊監視システム」の円盤を、タマゴ亭さんが持ち上げてみせた。今日は俺達三人が、馬車の御者席に陣取っている。他のみんなは荷室だ。


 王都を旅立ってから、もうひと月。現実世界と行き来しながらも俺達は、異世界旅暮らしになじみつつあった。


「ヴェーダが探すラップちゃんは、行商人だもんな。小さな街でも寄るだろうしな」

「そういうことだよ、平さん」


 タマゴ亭さんが、俺の手を握ってきた。


「ヴェーダったら、随分探したよね。あちこち行くから」

「じいさんなのに、脚速いよな」

「ラップちゃんに早く会いたくて、飛脚馬車使ってるみたいだしね」

「よく金あるなあ……」

「腐っても図書館長だからね。俸給を随分貯めてたみたいだよ。いずれくるに決まってる、エルフとの新婚生活のためにと」

「言っても結局エルフに会えず、歳取るだけ取ってたわけだけどな」

「今は幸せだよきっと。ラップちゃんというメル友できたんだし」


 タマゴ亭さんが微笑んだ。


「早く会えるといいな、じいさんとエルフ」

「そういうこと。トリムちゃん、あそこに向かって」

「うん」


 トリムが手綱を操ると、馬車の馬が脚を速めた。


         ●


 街に入り宿を決めるとさっそく、俺達は街路に繰り出した。まずは聞き込み。旅人の情報が集まるのは、役場か冒険ギルドと相場が決まっている。俺達が向かったのは、役場だ。


 なんせこんな小さな村に、冒険者が集まるギルドなんかないに決まってるからな。ああいうのがあるのは大規模な街か、辺境であれば周辺に冒険者が集まるダンジョンだの問題だのがある場所に限られている。


 役場……といっても、専業ではないようだった。庄屋クラスの経済的に豊かな家が代々、村の決まり事を管理している。そこを訪れた俺達は、集会所のような大広間に通された。ややあって、この家の奥さん……若女将が顔を出す。奥さんといっても、まだ若くてかわいい人だ。やっぱこの世界でも、金持ちはいい嫁を取るんだな。


「ヴェーダ……様ですか」


 奥さんは首を傾げた。


「ええたしかに、ここに滞在されていました。王都からいらした、元冒険者のご老人ですよね」

「ぷっ」


 タマゴ亭さんが噴き出した。


「ヴェーダったら、見栄張っちゃって」

「その『冒険者』のヴェーダですが、今はどこに居ますか」

「それは……」


 奥さんは、困ったような笑顔になった。


「今、主人を呼んできます。しばらくお待ち下さい」


 奥に消える。


「……どうしたんだろ、平くん」


 吉野さんは、ひそひそ声になった。


「ヴェーダさん、なにか悪いことでもしたのかな」

「脅して情報を聞き出したとかですかね、吉野さん。早くエルフに会いたくて」

「ヴェーダさんが、そのような行為に出るとは考えにくいですね」


 キングーが首を振った。キングーは天使とのハーフだもんな。人間のいい悪いくらいはすぐわかるんだろう。


「きっとエッチなことしたんだよ」


 俺の胸から顔を出したレナが、くすくす笑う。


「だから牢屋に入ってるんだ。ここの奥さん美人だし」


 サキュバスだけにレナ、エロ話大好きだからな。


「そりゃないだろ。ヴェーダが反応するのはエルフだけだ」

「まあ待っておれ甥っ子甲よ。すぐわかるわい」


 偉そうな面で、サタンが頷いた。まあ……出されたクッキーをむしゃむしゃ食べてるから、威厳もクソもないけどな。キラリンと並ぶと、魔王というよりいいとこ小学校の生徒……といった感じだし。


「会えるといいですね、平さん」


 エリーナが、さりげなく俺の手を握ってきた。


「そうだな、エリーナ」


 正式に……というのも変だが、俺の嫁となって関係ができてからはようやく、おずおずとでもこうして愛情表現を表に出すようになってきた。仲間はみんな、エリーナの辛い過去や俺への気持ちを知っているから、茶化すようなことはしない。温かく見守ってくれている。


「お待たせしました」


 奥さんと一緒に、若い男が入ってきた。素直な感じのイケメンで、多分だがこの家の若旦那だろう。名目上は家督がちゃんといるはずだがもう歳だろうし、実務の多くは若旦那がこなしているに違いない。


「ヴェーダ様ですね」

「ええ。私達、彼の古い仲間でして今、訳あって彼に会わないとならないのです」


 簡潔に、吉野さんが現状を説明する。邪神の情報を集めてどうのこうのという話はしない。そんなのここの人には無関係だし、教えても怖がらせるだけだ。


「ヴェーダ様は、ここに長く逗留していました」

「していた……ということは」

「はい。今はいらっしゃいません。ヴェーダ様はこの街にとって、救世主なのです。実は……」


 若旦那は話し始めた。この街とヴェーダ、その出会いから別れまで。その驚くべき内容を。


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