エキストラエピソード キラリンとデート2
「ここは……」
目が覚めると……というか気がつくと、真っ白な世界に、俺とキラリンがいた。盛り上がった寝台状の、豆腐のような軟らかなものに、ふたり並んで腰掛けている。俺はスーツにネクタイ姿で、キラリンはいつものなんちゃって学校制服だ。
レナとの夢エッチの最初の状態によく似てる。やっぱりレナの技術を使ったからだろうか。この状態からレナが屋外とか海辺とかもちろん寝室とかのシチュエーションを作り出して、そこでエッチな行為に踏み込むんだわ。
「お兄ちゃん……」
キラリンが俺の腕を取った。
なんだろ。ここでしたいのかな、キラリン。俺とはまだそういう関係になってはいないとは言うものの、いつでもOKというシグナルは送ってきているし。
「キラリン……」
キラリンは立ち上がった。
「ほら立って」
手を引っ張られた。なんだ、エッチなデートじゃあなさそうだな。
「キラリンお前、ここで世界作れるんだろ」
「そうみたい」
「お散歩デートでもしたいんか」
「違うよ。ほら」
キラリンが手を振ると、目の前に白い扉が出現した。木製ペンキ塗りの雰囲気で、割と重厚なデザイン。真鍮の取っ手が鈍く金色に光っている。
「ここ抜けるんだよ、お兄ちゃん」
「わかった」
ノブを捻ってドアを開けた。中から眩しい光、それに賑やかなざわめきが漏れてくる。
「これは……」
広い屋内だった。五十メートルプールがいくつも入りそうなくらい。雰囲気は、どこぞロシアの大聖堂かって感じ。天井は異様に高くて、古今の名画が壁に飾られている。
天井画もある。神話の登場人物然とした白い貫頭衣の男に、天使が身をくねらせて指を触れようとしている、ダイナミックな構図の絵画。見覚えはあるから、ミケランジェロとかダ・ヴィンチとかあのへんの、多分有名な奴だ。
吉野さんなら秒で名前出るんだろうけどさ、俺じゃ無理だわ。
なにより驚くのは、室内に巨大なテーブルがいくつもあり、しかもあふれんばかりの食べ物や酒瓶が並べられていること。百人は優に超える連中が、テーブルを囲んで歓談している。
飲み食いしている奴らだが、ほとんど見覚えがある。
俺とキラリンを手招きしているのは、吉野さん。同じテーブルに俺のパーティーがいる。ダークエルフのケルクスまでいるのが目新しいところだ。
こっちのテーブルには、タマゴ亭さんやシタルダ王国の面々。アーサーやミフネ、近衛兵を仕切るフラヴィオ。ヴェーダ図書館長の横には行商エルフのラップちゃんまでいる。
別テーブルには跳ね鯉村の村長に村民。国境村ライカンの亜人達。それにハーデスやペルセポネー、悪霊まで多数並んでるのが笑う。悪霊なのに酒なんか飲むのかよ。
失われた三氏族の末裔ドワーフ。それにハイエルフ、ダークエルフも。仲悪そうな組み合わせだがなー。ダークエルフのブラスファロン国王が、ハイエルフのケルマー王妃の手を取ってて笑う。あれ、ケイリューシ国王の目の前で口説いてるんかもしかして。
「ほら、お兄ちゃん。ぼーっとしてないで、座った座った」
キラリンに促され、吉野さんの隣にふたり並んで座った。
「平くん、遅かったわね」
「はあ……」
うおーっ。夢の世界の吉野さんもかわいいな。最近吉野さん、俺という恋人ができたせいかキラキラ輝いてて若々しく見えるんだけど、夢の吉野さんはさらに若く見えるのが不思議。もう普通に女子大生だな。これで俺より二つ年上だからな。こんな上司を恋人にできて俺、幸せ者だわ。
「さて」
立ち上がると、キラリンが手を叩いた。
「ご静粛にっ」
それまでガヤガヤ、やたらとにぎやかだった大聖堂が、静まり返った。
「本日はお忙しい中ご登場いただき、誠にありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
「ここはあたしの夢の世界。あたしの願いのまま、みなさんにご参集いただきました」
しんとしている。タマでさえ、大好物のマタタビに伸ばした手を止めてるし。偉いぞ、タマ。
「現実世界では皆さん、いろいろな立場があり、毎日辛いことも多いかと推察いたします。でもここ夢の世界ではそれをひと時忘れ、存分にお楽しみ下さい」
見回した。
「盃をお取り下さい」
全員取る。悪霊まで取ってるの笑う。マジ飲めるんか。体通り過ぎて床にこぼれるとかじゃなくて。
「では、かんぱーいっ」
「乾杯っ」
声が揃った。
不揃いの器で酒を煽る沈黙があり、それから拍手が巻き起こった。
「これでよし」
ほっと息を吐いたキラリンが、腰を下ろした。
「あたしたちも飲もうよ、お兄ちゃん」
「そうだな。せっかくの夢デートだ。楽しもうじゃないか」
「そうだね」
俺の腕を脇に抱えたまま、空いた手で、キラリンは飲み始めた。
「ぷはあーっ。おいしい」
俺を見て、満面の笑顔だ。
「やっぱりビールはいいねっ」
俺も飲んでみた。いやこれ夢とは思えない。普通にビールの味だわ。しかもうまい。多分クラフトビールとかその類。いつものなんちゃってビールとはレベルが百は違う。
グラスが空になると、酒が自動で満たされた。さすが夢だ。面倒がなくていい。
「でもあれだな……」
俺は周囲を見回した。楽しいっちゃ楽しいが、これ、デートなのか?
「キラリンは、こういう世界が好きなんだな」
「うん」
頷いた。
「あたし、みんな仲がいいのが好き」
楽しそうに微笑んでいる。
「そうか。……そうだよな」
嫌い合っているエルフとドワーフが、肩を組んで歌っている。冥王ハーデスは天使イシスとなにか語り合っている。さすがに魔族の姿は見えないが、それでも神や女神らしき連中が並ぶ席には、見たことのないチビ魔神のような奴がいる。異国の神かも。
俺のすぐ脇では、ケルクスとトリム、トラエが楽しそうに話している。時折俺を指差して不思議な身振りをし、くすくす笑っている。なにかエッチな女子トークなのかもしれない。
あっちにいるのは火山の女神ペレと、半裸のマッチョ。ペレの恋人、異国の海神カムイフンベだな。俺が幻想で見たままだし。その脇に、見たこともない神様や天使。そのテーブルには、やはり初見の、変わった服装のエルフまでいる。
あと、ビキニに透けてる薄衣の、なんか千一夜物語の姫みたいな超絶美人とか。なんか外国人が勘違いで扮装した和風の侍みたいな一団も。
「あのへん誰だ、キラリン」
「さあ……。あたしも知らないよ、お兄ちゃん」
首を振っている。
「お前が招待した……てか創造したんだろ」
「そうだけど多分、登場人物が知り合いを連れてきたんだと思う」
「そんなことできるんか」
「夢ったって、実在の人物の魂を呼んでるからね」
「なるほど」
知り合いの知り合いってところか。まあパーティーってそんなとこあるしな。あんまりそういう経験ないから断言はできんが。少なくともアメリカの映画とかだとそうだ。
「それにしても……」
ただ一点、不思議なことがあった。ドラゴンがいない。ドラゴンロードのエンリルは、曲がりなりにも俺の使い魔だし、グリーンドラゴンのイシュタルは、吉野さんを乗せてくれる親友みたいなもんだ。俺パーティーのテーブルにいないどころか、この大宴会に姿がないのは、極めて不自然だ。
そう指摘すると、キラリンは首を振った。
「どうしてだろ……。あたしにもよくわからない。夢に登場させたとは思うんだけど」
きょろきょろ見回している。何百人もの参列者に、それっぽいのはいない。てかあのサイズならひと目でわかるしなー。
「でかすぎるからかな、キラリン」
いくら広い大聖堂とはいえ、あいつら規格外だからな。
「かもねー。サイズフィルダーで弾かれたとかなのかも」
「なるほど」
たしかに、そういうことはありそうだ。ドラゴンが酔って大暴れしたら、ここ壊滅するの目に見えてるし。
「ねえお兄ちゃん」
腕をぎゅっと胸に抱かれた。
「なんだい、キラリン」
「そのうち、本当の世界でもデートしてね」
かわいいことを言う。
「任せろ。……ただ、こんな風にみんなと仲良く大デートっては、難しそうだが」
「そっちはあたしとお兄ちゃんだけでいいんだよ」
笑われた。
「今日はあたしの好きな世界を見てもらいたかっただけだし」
「なるほど」
「だからあたし、お兄ちゃんと暮らすの大好き。みんな仲いいし」
「あー」
わかる。俺のパーティー、キングー以外は女子ばっかだけど、嫉妬とかあんまないもんな。よく考えたら奇跡的だわ。
「ほんとのデート、なんならママも入れてもいいけど」
「マリリン博士か」
「うん」
想像してはみた。マリリン・ガヌー・ヨシダ博士とキラリンが、両側から俺の手を取って歩くところを。
これ、どう展開してもデートにはなりそうもない。よく言っても人体実験ってところだろう。もちろん俺が実験動物だ。
「ま、まあ……考えとくよ」
適当にごまかすしかないな、これ。
「それよりもっと飲もうぜ」
「そうだね」
なんたって、いくら飲んでも二日酔いの心配ないしな。夢だから。
「どうせだからさキラリン、なんか超貴重な銘酒出してくれよ。俺達の生活では、絶対飲めない奴。
「いいよー。まずワインの最高峰からでいいかな」
「いいね。隣に吉野さんいるし」
なんたってキラリンは、いくらでも脳内検索できる。そのへん調合するのも可能ってことなんだろう。レナの夢より優秀だわ。ここに限っては。レナの夢は、エロ特化型だからなー、サキュバスだけに。
「ほいっ」
どこからともなく現れたグラスに、赤黒い液体が満ちている。
「もう充分開いてるから、すぐ飲んでOKだよ」
三木本商事の社長みたいなことを言う。てことはあの社長も、間違ったことは言ってないんだな。
そういや、この大宴会に三木本商事の連中はいない。キラリンは会ったことないからだろう。
「よし飲むか。吉野さん、このワイン試してください」
グラスを吉野さんのすぐ前に置くと、またひとつ、俺の前にグラスが現れた。マジ便利だわ。これ現実世界にも実装できないかな。
「あらいいわね。平くん、ありがと」
嬉しそうに、吉野さんはグラスを手に取った。テーブルの上でグラスを回し、持ち上げて匂いを嗅いでいる。
「凄いアロマ……。こんなにアタックが強いの初めてだわ」
「一緒に飲みましょう」
「いいわね。……乾杯」
俺にグラスを捧げるようにすると、口に運ぶ。
「じゃあ俺も……」
ひとくち、含んでみた。途端に複雑で重い香りが、口に広がった。
「凄い……」
吉野さんは、ほっと息を吐いた。
「フレーバーも最高。それにこの味わいも。重いのに頑固じゃなくて」
「うまいっすね。キラリンも飲め……って」
言うまでもなかった。キラリン、この超貴重なワインをぐい飲みしてるじゃん。いやそれビールの飲み方だろ。
「次はスコッチとかどう。お兄ちゃん。順番はもう滅茶苦茶になるけど」
「いいね。せっかくの夢だ、楽しもうや」
「はいこれ」
なんかチューリップみたいな小さなグラスが現れた。
「ビンテージのジュビリー物だよ。エリザベス女王の戴冠記念で限定発売された奴。アイラ島の至宝って言われてる。秘蔵してるマニア以外、絶対飲めない品だよ」
さすがキラリンの脳内検索力。なに言ってるか半分もわからんが、ともかく貴重な酒なんだろう。
「こっちももう開いてるよ」
「了解」
口に含んだ。
「うおっ、なめらか」
アルコール度数の高い蒸留酒なんだから、普通は当たりがキツい。でもこいつは超なめらか。ひねた香りが鼻に抜け、変な話、かすかに潮の香りと味を感じる。
「複雑な味だなーこれ」
「ワインとはまた全然違う方向だね、おいしさが」
ぐいーっ。キラリンが煽る。こいつ、なんでもビール飲みするな。
「次はどうする」
「そうだなー」
「平……」
目の前に火山の女神ペレが立っていた。俺の手に手を重ねる。夢の中だからか、全然熱くない。
「贈り物、気に入りましたか」
「もちろん。ありがとうございます」
「良かった。……わたくしのテーブルで飲みましょう」
キラリンを見ると、黙ったまま首を縦に振っている。
「は、はい。……キラリン、お前も来い」
「ありがとう、お兄ちゃん」
宴会とはいえ一応、キラリンとのデートイベントだからな。ないがしろにするわけにはいかん。
「ちょっと行ってきます、吉野さん」
「楽しく飲んできてね」
微笑んで、吉野さんが送り出してくれた。
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