第四部完結記念! 「愛読感謝」エキストラエピソード

エキストラエピソード キラリンとデート1

「さて……と」


 塗装も剥げ、くすんだ倉庫を、俺は見上げた。大きい。いつもの三木本商事開発部I分室。マリリン・ガヌー・ヨシダ博士が隔離され……じゃないか専用に使っている、新富町の元水産倉庫だ。


 まだ「ミツバフィールド」という前所有者の企業名とクジラのイラストが壁に描かれたまま。雨風で傷みペンキが剥がれかけて、ゆるキャラ然としたクジラのイラストが化け物みたいになってるからなー。どケチ社長も、いい加減壁くらい塗り直せばいいのに。


「早く入ろうよ。お兄ちゃん」


 いつもの女子中学生の制服じみた姿のキラリンに、手を引っ張られた。


「まあ待ってろ。心の準備をするからよ」

「なあに、準備とか」


 笑われた。でもなー、ここ来るたびに貞操の危機を迎えてるわけでさ。マリリン博士がこう来たらこう逃げるとか、事前に対策は練ってあるものの、入る前にもう一度心の中で確認しとかないとな。


「いい天気だねー」


 レナが俺の胸から顔を出した。俺のネクタイを掴んで、あたりをキョロキョロ見回している。


 朝の雀が鳴いている。吉野さんは珍しく、今日明日は有給を取っている。マンションの吉野部屋とクラブハウスの模様替えをするんだって、張り切ってる。


 今は吉野部屋とクラブハウス、当たり前だがそれぞれ独立した暮らしの部屋だ。それを変えて、利便性を高めたいんだと。吉野部屋を納戸のように収納中心にして、増えてきた異世界絡みのアイテムだの季節外れの服だのはそちらに移し、クラブハウスを生活しやすくする。そんな目的だ。なんせいつの間にか大人数になったからなー、俺のパーティー。


 壁面家具を入れて組み立てたり荷物移したりで業者が入るから、使い魔連中やキングーは人間に化けている。俺に同行しているのは、レナとキラリンだけだ。


「外では姿を現すな、レナ。誰かに見られる」

「平気だよご主人様。ここは倉庫街。歩いてる人なんかいないからね」

「まあなー」


 確かに。行き交っているのは、荷物を満載した、どでかいトラックばかりだ。ノルマに追われて、通行人なんてのんびり見やしないからな、連中。


「ピンポーンっ」

「あっ勝手に」


 焦れたのか、キラリンがインターフォンのボタンを押した。


「待ってたよ、平くん」


 マリリン博士の声が聞こえた。


「開けゴマーッ」


 カチンと錠が外れる音がして、安っぽいアルミ扉が開いた。おう、珍しく音声認識ドア、作動してるじゃん。改良成功したんだな。珍しく。


「入った入った」


 インターフォンの声に促され、俺は研究室に入った。


「よく来たねー」


 だだっぴろい研究室。いつもの席に陣取った博士が、俺を手招きした。相変わらず魚臭いなここ。いくら元水産倉庫だからって、博士もなんとかすればいいのに。天才科学者なんだから脱臭装置くらい楽勝で作れるだろ。


「今日はふたりだけ? ああレナちゃんがいるから、三人か」

「はいまあ……」


 実は、吉野さんを連れて来ようかとも考えてはいた。なんせここ来ると精子搾られるからな。俺は乳牛じゃねえっての。女性上司連れてくれば、いくらなんでもそんな暴挙には出ないだろうと踏んだわけよ。


 とはいえそれはそれで、吉野さんの卵子を取るくらいは言い出しそうだからな、マリリン博士。なので止めにした。ちょうど部屋の模様替え案件も課題に挙がっていたし。


 その代わり、対策は万全。なんせ俺、ネットで買った男用の貞操帯装着してきたからな。前回のようにたとえ俺が睡眠薬で眠らされても、鍵で物理的に守ってれば、精子の抜きようがない。


 家を出る前に鏡に映したら「うわあ」って自分でもドン引きしたけど、背に腹は代えられん。それにちょっとごわついて歩きにくいけど、謎セクハラされるよりはマシだ。


「今日はなんなの。……なんでも相談があるって話だったけど」


 どでかいディスプレイを前にした白衣姿の博士と向き合うと、医者に相談に来た患者といった雰囲気になる。……まあどちらかというと博士が精神科に掛かったほうがいいとは思うが。


 にしても今日も、どでかいコイルがやかましいな。テスラコイルって言ったっけ。全高三メートルの巨大コイルがV字に並び、間に紫色の放電が飛び交って轟音を上げるとか、なかなかない光景だ。


「実は異世界で船を入手しましてね」

「へえ、いいわね」


 ディスプレイを睨み、なにか高速でキーボードを叩き続けながら、俺を見もせずに生返事する。


「いずれ使いたいんですが、座標が固定できないのが問題で」


 俺は説明した。毎日現実世界に戻る関係上、不在の間に船が潮や風で流されると座標がずれ、二度と戻れないと。


「はあー。新しい香料開発は大変ねー」

「……なんの話です」


 急に話が飛んで、俺は困惑した。


「あたし今、清涼飲料水改良してんの。スラッショって奴」

「はあ……」


 そういや、博士のWikiに書いてあったわ。趣味はオリジナル清涼飲料水開発って。変わった趣味だなって思ったの覚えてる。


「そのうちあんたにも飲ませてあげるよ。……なかなか凄い効果がある奴でね」

「効果?」

「うんそう」


 興味深げに、俺を見つめてきた。


「……あんたに飲ませてみたいわー」

「え、遠慮しときます」


 どうにも、嫌な予感しかせん。なんだよコーラかサイダーかって飲み物なのに「効果」とか。


「それより船の――」

「わかってるって」


 キーボードをまた高速で叩いた。


「船に転送ポイントがあればいいんでしょ。スタートレックのトランスポーターみたいな奴」

「スタートレックはあんまり詳しくなくて」


 大昔のSFドラマだろ。映画も随分作られてるみたいだから、名前くらいは俺でも知ってるわ。


「任せなよ、ミスタースポック」

「スポック?」

「いやあんた、ヒカル・スールーのがいいか。性的にも」


 クスクス笑っている。


「日本だとミスターカトーって名前だったんでしょ。よっ色男」


 なに言ってるかさっぱりわからん。


「お兄ちゃん、ミスターカトーっていうのはね、俳優さんが――」


 キラリンが割り込んできた。脳内検索したんだろう。


「ストップだ、キラリン」


 なんやら知らんが、聞きたくない。どうせロクなことじゃないだろうし。


「来週までに作っとくから。取りに来な。それ船の甲板にでも固定すればいいから」

「ありがとうございます、博士」

「もちろんお礼はもらうよ。ぐふふっ」


 またしても嫌な予感しかしない。まあとりあえず今日は大丈夫だ。貞操帯でがっちりガードしてるし。


「良かったね、ご主人様」

「ありがとな、レナ。お前のアイデアのおかげだよ」


 最初にレナが提案したんだもんな。転送ポイントの件。


「あと平くん、あんた、面白いことわかったよ」

「はあ。なんです」

「あんたの精子をまた分析したでしょ」

「……はあ」


 二度目に抜いた精子のこと言ってんな、この女。ほんとにもう、勝手に抜くの止めてほしいわ。


「あれでわかったんだけどさ、特異な遺伝子配列があって。Y染色体上にあるから多分、あんたの家系の男子だけに、代々受け継がれてる」

「び、病気になるとかですか」


 思わずビビった。遺伝子疾患とかあるからなー。糖尿病になりやすい家系とかもあるし。


「安心して。そういうんじゃないんだわ」


 安心させようとしてか、笑いかけてきた。


「そうじゃなくておそらく、あんたの異様な妄想力と関係してる。あれ、先祖代々そうだったわけよ。興味深いわあー」

「はあ……」

「しかもミトコンドリアDNAにも変異が見られる。そのふたつが重なったとき、それが極端に増幅される。ミトコンドリアDNAは母親からしか遺伝しないからね。つまり母方と父方の偶然の相性というか。たまたま父方母方の遺伝子変異が重なって、とんでもない妄想力を獲得した人が、あんただけでなく先祖にもいたはず」

「はあ」


 なに言ってるかさっぱりわからん。これだからアレ博士は。


「ともかくその偶然が、これまでも何回か重なってると思うのよ。あんたの家系で。だからさあ、あんたんちの墓、暴かせてくれない」

「はい?」


 涼しい顔で、いきなりとんでもない提案をしてくる。


「代々のお骨を調べたいんだわ。誰がそうだったか」

「謹んでお断りします」


 なに言ってんだこいつ。


「ちぇーっケチ。いいじゃんねえ減るもんじゃなし」

「とにかく断る」

「……まあいいか」


 博士の瞳が怪しく光った。


「じゃあ代わりにあんたの精子もらうわ。もうサンプルないし。別の実験したいから」


 始まったか……。


「さて、コーヒー飲もうか。平くん」

「今更その手に引っかかるかい」

「ちぇーっケチ」

「どこがじゃ」

「それよりママ」


 キラリンが口を挟んできた。


「あたし、お願いがあるんだけど」

「なあに」


 くるくる椅子を回して、博士はキラリンに微笑んだ。


「あんたはあたしの娘も同然だからね。なんでも聞いてあげるよ」


 てかマリリン博士、お前まだ十七歳だろ。誕生日過ぎてたら十八か。まあいいや。いずれにしろ発育的にアレだから、中学生然とした見た目、キラリンと変わらないじゃんか。


「あたし、お兄ちゃんとデートしたい」

「すればいいじゃん。平くんだってデートくらい受けるでしょ。大事な使い魔なんだから。……そうでしょ、平くん」

「はい。まあ……」


 別に断る理由はない。キラリンは俺の大事な使い魔だ。珍しく博士に同意するわ、俺。


「お兄ちゃん忙しいし、あたしの願いも知ってほしい」

「なるほど。訳ありか……」


 しばらく考えていた。


「なら夢でデートさせたげるよ」

「夢ってどういうことすか」

「文字通りよ。ふたりには眠ってもらう。精神波をシンクロさせたままね」


 席を外すと、なにか床屋の椅子のようなものを転がしてきた。ふたつ並べて、間を配線で繋ぎ始める。


「さてできた。キラリン、ここに座りな」

「はーいっ」


 嬉しそうだ。キラリンが椅子に座ると、なんか電極らしきものが大量に突き出たヘルメットのようなものを被せ、位置を微調整し始めた。


「次は平くん、あんたはこっちね」

「それは……」


 いやここ、普通なら断るところだろ。とはいえ今回、キラリンの頼みだ。同時に施術される以上、ヘンなことも多分されない。それに貞操帯を巻いている。寝ている間に怪しい行為をされる恐れもない。


 ……ただなんだろ、この嫌な予感w マリリン博士が絡むと、ロクなことないからなー。


「……」


 デスクに立ったレナを見た。レナは頷いている。


「ならまあいいか。……レナ、くれぐれも頼んだぞ」


 一応、念押ししておく。レナは頭がいい。俺の意図を悟ったはずだ。


「任せてご主人様。危険な目には遭わせないから」


 イマイチこいつ信用できないけどな。前回はあっさり博士に説得されて、俺の精を抜く手伝いしてたし。てか手を使ったやり方、博士に伝授したらしいし。


「まあいいか……はあー」


 溜息ひとつ。もう腹くくったわ。


「よし。……ここに座ればいいですか」

「そうそう」


 鼻歌を歌いながら、博士が俺のマシンをセッティングしていく。


「いい平くん。これは夢の共有マシン。キラリンが構築した夢を、あんたは共有することになる。……レナちゃんに協力してもらって作ったんだよ」


 そうなのか。レナ、博士の助手を志願して何度か通ってたけど、こんなことしてたんだな。サキュバスは夢を操るプロ。こうした装置の開発に協力するってのは、わからなくもない。


 博士は俺の手と足にベルトを巻いて固定し始めた。胴にも二箇所巻く。


「……これは」

「レム睡眠で夢を見てる間は、不随意運動が生じるからさ。椅子から落ちると危険だし、固定しとくんだよ」

「ならまあ……」


 なんというか。拘束装置にしか見えないんだが。……気のせいかな。


「それに途中で装置が外れると、夢の世界から戻ってこられず、一生寝たきりになりそうだし」


 物騒なことを口にする。


「人体実験は初めてだけど、まあいいでしょ。八割方、死なないと思うし」

「ふざけんな。二割の確率で死ぬじゃん」


 立とうとしたけど、もちろん無理だった。


「死んだら蘇生実験に使ってあげるから安心しな」

「安心できるかい」


 体を捻ってみたが、拘束具はびくともしない。


「とりあえずこれ外してくれ」

「諦めが悪いよ、お兄ちゃん」


 並んで座っているキラリンは、堂に入ったもんだ。肝が据わっとる。


「そうは言ってもだな」

「はい。行ってらっしゃーいっ」


 博士が装置のダイヤルを捻った。


「レベル三。……いや五まで上げとくか。少々危険だけど、そのほうが面白そうだし」

「ちょっ待てよ――」


 そこまで口にしたのは覚えてる。俺は意識を失った。

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