ep-14 決意 ●第四部完結●

 下りていくと、上のフロアと同じように明るい。ただ、ここは細かな部屋に分かれてはおらず、大部屋になっている。


 もう下に通じる階段はない。船底の形からして尖っているはずだが、ここは平たい床。つまり床板が嵌め殺しになっているってことだろう。


「なんだこれ」

「おそらく船倉。つまり倉庫だな」

「ここに荷物を置くってことか、タマ」

「ああそうだ。これが船だとしたら、航海するのに水や食料、資材を置いておく場所が必要になる」

「それもそうか」


 ここは広い。それなりに長い航海が可能だろう。ならたしかに、そうした荷物と置き場所が必要だ。


「でもこの船、おかしいよね」


 レナは首を捻ってる。


「だよな。動力がない。とんでもない話だ」


 甲板には帆柱も帆もないから帆走は不可能。一番下のこのフロアにも、エンジンだのオール穴の類はない。まあオール穴があったとしても、このサイズの船、しかも石造りを俺達の力で動かせるとは思わんが。


「そう言えば、操船装備もなかったわよね。かじとか転輪てんりんとか」

「ご主人様、これ本当にペレの贈り物なの」

「どうしろってんだろなー、これ」


 船は船だが、使い物になりそうもない。やっぱこれペレ専用で、女神の力かなんかで動かすとかじゃないのかよ。


 そうは思ったが、俺が使えないものをペレが残すはずはない。


「ボス。さっきの箱に入ってた紙を調べてみよう」


 おう。タマに言われるまで忘れてたわ。なんか大事そうに神棚みたいな箱に入ってたんだから、なにか意味があるはずだ。


 さっそく取ってきて、例のともの居室テーブルに拡げてみた。


 紙はちょうどB5くらいの大きさで、二十枚ほど。文字らしきものがびっしり書いてあるが、この世界には珍しく日本語ではない。なにかアラビア文字のような、のたくった文字だ。


「誰か読めるか、これ」


 全員首を振っている。キラリンですら脳内検索できないって、随分だぞ。


「ヴェーダさんに見せてみようよ、平くん」

「ですね、吉野さん」


 天下の王立図書館長なら、わかるかもしれない。


「ちょっと待ってて、お兄ちゃん。マリリンレンズ使ってみる」

「はあ? なんだそれ、キラリン」

「ママが入れてくれた機能。画像認識して検索すんの」


 はあ。「アレ」博士、マリリン・ガヌー・ヨシダが入れた謎機能か……。嫌な予感しかしないが、まあ試すしかないだろうな。


「グーグルレンズみたいなもんかしらね」

「はいです吉野さん。その異世界版みたいな奴」


 キラリンは得意げだ。


「なんやら知らんがやってみろキラリン。俺が許す」

「うん。待ってて」


 一枚一枚、キラリンはじっくり見つめている。なんか好きな飯を前にしてるくらいの睨み方。それから瞳を閉じて、なにかぶつぶつ呟く。しばらくあってから、目を開いた。


「ふう……」


 溜息をついている。


「どうだった、キラリン」

「お兄ちゃん。ちょっと語彙が古すぎてわからない部分もあるけど、おおむね読めたよ」

「おう、でかした」

「なんて書いてあったの、キラリン」


 瞳を輝かせながら、レナが身を乗り出した。


「うーんとねえ。これは一種の操船マニュアルだね。あと、おまけ情報もあった」

「てことはこの船、やっぱ動かせはするのか」

「じゃなきゃ意味ないよね」

「わかったから話せ」

「まずこの船はね、女神の加護で動くんだ」

「ほう」


 話はこうだった。操船は、甲板上の、あの船室で行う。あそこに立ち、女神に祈ることで、船が動く。速度も舵も。


「誰でも動かせるのか」

「基本は、船を譲り受けたお兄ちゃんだけみたい」

「そっかー」


 まあそうだよな。


「でも、お兄ちゃんが委託した人なら動かせるって書いてもあるよ」

「それは助かる」


 海のど真ん中で俺が気絶したら動かせないとか、ロクな結末にはなりそうにない。海にも魔物が出るって話だし。


「操船はそれでいいとして……」


 タマが口を挟んだ。


「問題は、位置測定だな」

「測距みたいなもんか」

「ああ」


 タマは頷いた。


「陸地を見ながら進むなら、なんとでもなる。だがもし大海原に出るとしたら、自船の位置測定は極めて重要だ。なんせ周囲全部海だったら、判断のしようがない」

「あたしやタマなら太陽や星の位置や角度、それに風の方向とかで、ある程度の方角くらいなら判断できる。でも細かくは無理だよ」


 トリムが付け加えた。


「だよなー」

「それは任せて」


 キラリンが胸をどんと叩いた。


「あたし、位置測定機能があるし」

「そういやそうだったな」


 謎スマホには地図モードがあり、キラリンもそれを受け継いでいる。


「キラリンが活動限界を迎えて消えても、謎スマホがあれば地図モード出せばいいしな」

「となると問題はむしろ、毎日現実世界に戻ることだね」


 テーブルに立ったレナが、歩きながら口にした。


「だってそうでしょ。ボクたちが現実に戻れば、この船はこっちの世界に置き去りになる。その間、船が動かなければキラリンの力で戻ってこられるけど、風や潮で流されて位置が変われば無理だよ。ボクたち、いきなり海の上に転送されて溺れちゃうよ」

「そう言えばそうね」


 吉野さんも眉を寄せている。


「つまりどこかに停泊させないと、現実には戻れないってことよね」

「一週間の船旅なら、一週間泊まり込みしかないな」


 タマがあっさり口にする。


「うーん……。出張申請で揉めそう」

「ですねー。一週間ならまだしも、アスピスの大湿地帯を抜けたときみたいに一か月がかりとかなると、許可下りなさそう」


 また社長が真っ赤になって怒るだろうなー、これ。


「それにその場合、一か月分の食料とか水を事前に積んでおかないとならないし。しかも腐らない奴だけで」

「待って下さい、平さん」


 キングーが割り込んできた。


「キラリンさんの力にしても、そのスマホの力にしても、同じ位置でさえあれば戻ってこられるんですよね」

「ああそうだ。転送ポイントを確保すればな」

「それ、地面としての絶対座標でなく、船の上に確保できないでしょうか」

「うーん……。原理が全然違うからなあ、それだと」

「難しそうよね、平くん」

「ええ吉野さん。……どうだキラリン、できそうか」

「無理だよ」


 塩対応であっさり否定か。そりゃそうだわ。


「だよなー」

「でも、ママに聞いてみたらどうかな。なんか作ってくれるかも」

「ダメ元で頼んでみるか」

「要するに、この船にこう、ビーコンのようなものを設置できればいいんだものね。転送先として使えるような」


 吉野さんは頷いている。


「たしかに。マリリン博士なら、なんとかなるかもですね」


 いいアイデアではある。……ただ、あんまりあそこ行きたくないけどなー。ロクなことになりそうもないし。


「ま、一度行ってみるか」


 なんとか貞操の危機だけ避けるようにすればいいんだよな。たとえば吉野さん連れてくとか。いくらなんでも女上司の前で俺の精子抜こうとはしないだろうし。


「あとキラリン、おまけって言ってたよな。それなんだ」

「そうそう。実はこっちのが超目玉情報なんだ」


 キラリンの瞳が輝いた。


「ダークエルフのブラスファロン王は、よこしまの火山の麓に、滅びたエルフ、アールヴの遺跡があるって言ってたでしょ、お兄ちゃん」

「ああそうだ」


 邪の火山は、魔族を仕切るルシファーの、おそらく本拠地。そこに近づくってことは、魔族との戦闘になる危険性がある。


「邪の、火山だよ」

「だからなんだよ」

「ペレは、火山の女神だよ」


 おっと。……そういうことか。


「お兄ちゃんが邪の火山を目指していると知って、ヒントを残してくれたんだ」


 そういや、ペレ戦で見た幻想世界で、あいつに教えたわ。邪の火山の魔族を倒すよう頼まれてるって。あれを気にかけてくれたわけか。ペレ、いい奴だな。


「後で教えてあげるけど、いろいろ書いてあるよ。役立ちそうなこと」

「そうか」


 これは、邪の火山を目指せって、それこそ神のお告げかもな。


 サタンを追い出したルシファーは、魔族を掌握した。まとめ上げた魔族の力を溜め、この世界に攻め入ろうとしているって話だ。シタルダ王国のマハーラー王は、防衛のため軍勢の再整備に取り掛かっているし、俺も加勢するよう頼まれている。


 それに俺は、延寿の秘法を求める身。それが麓にあるってんだから、少なくともそこまでは行ってみてもいい。


 ダークエルフの魔道士フィーリーは、俺とその地は因縁があるっていっていた。それにひとつ出会いがあるとも。


「ならまあ、とりあえず麓までは行ってみるか」

「そうだよご主人様」


 レナが飛びついてきた。


「行けるところまで行ってみようよ。延寿の情報は貴重だもん」

「そうよ平くん。私も頑張るから」


 吉野さんに手を握られた。


「あたしもだ」

「あたしもー」

「僕も手伝います」

「ありがとうな、みんな」


 心は決まった。


「よし行こう。邪の火山に。麓にあるアールヴの遺跡に。なんとしてもアールヴの宝珠、その欠片を入手して帰るぞ。ついでに魔族の弱点くらいは調査してな」


 そうすりゃ、マハーラー王の軍勢で、魔族を打ち破れるかも。無敵バリアを持つルシファー打倒こそできないだろうが、魔族勢力さえあらかた潰してしまえば、いかなルシファーと言えども、数百年は侵攻などできないだろう。上出来だ。


「俺は行く。みんな、協力してくれるな」


 固く握った俺と吉野さんの手に、みんな、手を重ねてきてくれた。


 頼もしい仲間の顔を、俺はひとりひとり見つめた。心に、とてつもない勇気と力が湧いてくる。


 この仲間なら、たとえどんなに難しいクエストでも、必ずクリアできる。これまでもそうだったんだ。今後もそうに決まってるさ。


「邪の火山に行くぞ」


 自分に言い聞かせるためにも、俺は、もう一度繰り返した。






(第四部 「ダークエルフの森」編 完結)



■第四部、ご愛読ありがとうございました。

次話からは、第四部をこれまで応援いただいた感謝のボーナスエピソード、「キラリンとデート」が三話続きます。マリリン博士も出てくるのでまあ、ロクなことになりそうもないですなw さらに第五部「邪の火山」編も、現在順次執筆中です。


平いいぞ。もっともっと大暴れしろ。異世界でも現実でも!

吉野さんみたいな優しいヒロインが好き!

レナにタマ、トリムにキング―か。俺は「○○推し」だ!

それよりもっとケルクス出せ!


――などとワクワクしていただけたら、フォローや星での評価など、応援よろしくです。

特に只今コンテスト出品中につき、星での評価はたいへん助かります。超感謝です。


トップページ(https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982)から★だけ入れれば評価完了! レビューなしでも★だけ入れられるので、面倒はないですよー。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る