ep-13 女神ペレの贈り物

「気をつけろよ、急坂だから」


 声を掛けると、トリムが口を尖らせた。


「あたしやタマは大丈夫だよ。野山を駆け回る民だからねー。むしろ平のが心配。ペレの火山弾を受けて、まだ一か月かそこらだし」


 それもそうか。


「まあ……みんな注意しろってことだよ」


 微妙にテンション下がったわ。


 火山の女神ペレが封印されていた草原。俺とパーティーは、崖を埋めた熔岩を、注意深く下りつつある。海風の潮の匂いに混じって、まだ熔岩の焦げ臭い香りが漂っている。


 今日は例の「ペレの贈り物」を調べに来た。もう熔岩もかなり冷えてきているし、そろそろいいだろ、ってことさ。


 三十分ほどかけてようやく崖を下り切った。すぐ先で熔岩が海に流れ込んでいて、寄せては返す波に小石が揺れている。


「どうだ、タマ」

「ボス……」


 熔岩で埋められた岬の先を見て、タマが猫目の瞳を細めた。


「……形としては船っぽい。それに波に揺れている。つまり地表や海底に固定されていないのは明らかだ」

「双眼鏡」

「今出す」


 背負っていたザックから、タマが双眼鏡を出してくれた。ついでにペットの茶を出すと、吉野さんやキラリンに配っている。


「どれ……」


 覗いて焦点を合わせると、やはり船に見える。片方の先が尖っていて、反対側は平。つまり舳先へさきともだろう。甲板に当たる部分の上に、出っ張りが見える。船室かもしれない。


「とにかく行ってみよう」


 波打ち際を数百メートル。結構斜めの熔岩に足を取られないように進むと、黒い「船」が揺れていた。まあ、もう船と言っていいだろう。


「船ね、これ」

「ええ吉野さん」


 全長二十メートル、甲板までの高さ三、四メートルといったところ。ちょうど横に着いた形になっているから、姿はよくわかる。


「乗り込んでみますか。……タマ、頼む」

「わかってる」


 ザックと別に提げていた大きなバッグから、タマが梯子はしごを取り出した。避難用のロープ梯子。全長五メートルほどで、へりに掛けるフックが端に付いている。アルミの踏み板とロープ製。コンパクトに収納できて、重量だって五キロかそこら。数万円で買えるんだから、いいよな。


「危ないから下がっていてくれ」


 一端を掴んだタマが、ハンマー投げのように回転して梯子を放った。ちょっと投網のような感じ。数度投げると、船縁に梯子が引っ掛かった。


「よし」


 引っ張ってしっかり固定されたことを確認すると、タマが俺達を振り返った。


「最初にあたしが上る。次はトリムだ。あたしたちが梯子の固定を確かめるから、それからひとりずつ上ってこい」

「わかった」

「ちょっと待って。ボクが見てくる」


 レナが胸から飛び出すと、甲板まで飛んで行った。


「うん。うまいこと掛かってるよ。外れたりはしないと思う」

「じゃああたしが行くぞ」


 ひょいひょいと、器用にタマが梯子を上る。トリムもだ。波で梯子が揺れているのに、いとも簡単に上っていく。


「いいよ」

「じゃあ吉野さん、行って下さい。俺が下で支えます」

「でも平くんまだ怪我が……」

「もう平気ですよ」


 左腕を上げるとまだ少し痛むが、我慢できないことはない。


「じゃあ行くね。怖いから腰を持ってて」

「わかってます」


 俺とキングーが左右から支えた。


「揺れるわね、これ」

「大丈夫。支えてます」

「うん」


 なんとか上り切った。次はキングー。俺とキラリンが支えた。次はキラリン。このメンバーだと一番軽いからな。俺ひとりでも支えるのは楽勝だ。最後は俺。


 なんとか上り切ると、キラリンがもう周囲を調べ初めていた。


「なにがあるかわからん。キラリン、あんまり遠くまで行くな」

「うん」


 頷いたものの、舳先に駆けていく。


「転ぶなよー」

「ねえ平くん、この船、木とかじゃないね」


 しゃがみ込んで、吉野さんは床を触っている。


「冷たい……。石みたい」


 たしかに。表面はつるつるじゃないのでつや消しっぽいが、ざっくり、黒曜石のような黒い岩を削り出して作ったように見える。しかも石積みとかではなく、巨大な一枚岩を削り出して作ったようにしか見えない。


「石だとしたら、よく浮いてられるね。重いでしょうに」

「まあ、鋼鉄製のタンカーとかでも浮いてますからね」

「それもそうか」


 船の中央部分は小屋状になっているから、船室だろう。やはり石造りの一体型で、前と横に窓が穿たれ、後方は開いている。覗いてみると、床に穴が開いていて、階段が暗く、内部へと続いている。


「甲板の下にも船室があるみたいね」

「ええ」

「お兄ちゃん、こっち来て」


 呼ばれて舳先に行くと、キラリンが舳先の構造物に手を置いていた。


「これ、鳥居だよね」

「たしかに……」


 舳先に五十センチほどの、小さな鳥居らしきものがある。といっても、神社にあるような木製朱塗りの鳥居ではない。本体と同じ黒い石造りだ。


「なんだろうね、これ」


 吉野さんも首を捻っている。


「ペレは女神だし、それでですかね」

「かもね。和風なのは謎だけど」

「下を見てみましょう」

「うん」


 船室から階段で階下に下りた。階下には窓が一切ないが、普通に明るい。天井全体が発光していたから。優しく、心を鎮めるような光だ。


「これ、光苔とか、そういうのじゃないね、ご主人様」


 俺の胸で、レナも首を捻っている。


「なんかの魔法だと思うよ」

「さすが女神のアイテムって感じね」


 吉野さんも感心している。


 廊下の左右に、低い穴が開いている。


「平、ここ部屋だよ」


 腰を屈めて覗いていたトリムが、中に入っていった。


「へえ……寝台まである」

「船室なんだね、ご主人様」

「全部そうなのかな」

「ちょっと見てくる」


 レナが飛び出した。キングーやタマも左右の部屋を確認している。


「どれも同じ。居室としての船室だな」

「先に行ってみよう、平くん」

「ええ」


 船室を左右に見て先に進むと、舳先部分は大きな空間になっていた。


「なんだろ、これ」


 小さな祠のようなものが設けられている。野鳥の巣箱よりは大きくて、百葉箱くらいのサイズ。観音開きの扉があって、中に、紙の束が置いてある。さらに、奥の壁に紙が貼り付けてあり、そこになにかの紋章が描かれている。


「これは、なんらかの秘紋だな」


 タマが唸った。


「秘紋って?」

「おそらく女神ペレの紋章だろうが、よくわからん」


「この紙は……」


 束を取り上げたとき、キラリンが駆けてきた。


「お兄ちゃん、後ろも凄いよ」

「今、ちょっと調べてるからさ」

「いいから。こっちこっち」


 俺の手を引いて、艫へと連れて行く。


「なんだこりゃ」


 こちらも舳先同様、大きな空間になっていた。ただ、石造りのソファーやテーブルのようなものが、置いてある。……というか床から生えている。動かすことはできない。


「これはリビングね、平くん」

「そうですね、吉野さん」

「左右の船室は、寝室だろう。ここは居室というところだな」


 タマがまとめてくれた。


「飯を食ったり船の進路を考えたりとか」

「お兄ちゃん、船は舳先のほうが揺れて、艫はあんまり揺れないんだよ。だから居室は艫側に作ることが多いんだ」

「キラリン、検索ご苦労」

「えへーっ。褒められた」


 喜んでるな。


「平さん、ここに階段があります」


 部屋の隅で、キングーが声を上げた。見ると、やはり下に通じる階段がある。


「下にもフロアがあるのか」


 そういや、外で見た船のサイズからして、まだ下になにかありそうだわ。


 で、下のフロアを探索してみたんだが、そこでとんでもないことがわかったんだ。

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