3 社内陰謀の嵐を蹴散らして回る
3-1 役員会議に呼び出しを食らう
「ほんとにもう。いいかげん、勝負スーツくらい買いなさいよ」
吉野さんに小声で叱られた。
「ネクタイは締めてます」
「そういう問題じゃないって、言ったでしょ、前」
「へい、姉御」
「またふざけて……」
俺達は、本社役員フロアの控室に通されている。役員会議の順番待ちだ。
昨日ハイエルフを召喚したのはいいが結局厳しい道のりを進まされ、俺は疲れ切っている。朝、まともなシャツを選ぶ気力すらなかったんで、手近のシャツとネクタイを引っ掴んだだけさ。
「疲れてるんすよ。昨日のあれ、登山よりキツかったじゃないすか」
「まあねえ……。それはたしかにそうだけど、モンスターに殺されそうにはならなかったし」
「たしかに、まあ」
そのとおりだ。それにあの崖抜けたら森に囲まれた穏やかな窪地に出たから、まあいいんだけど。もう当分あんなのはゴメンだ。
「一応靴は磨いてあります」
「それだけは偉いわ。平くん」
靴磨くと、なんかしらないけどすっきりするんだよな。バーゲン品だけど、しっかり磨いてあるし、文句言われる筋合いはない。それに別に人からどう思われようと俺は気にしないので、安もんスーツとシャツで恥ずかしくもなんともない。
「いずれにしろわかった。今度、一緒にスーツ買いに行こ。猫越に。ねっ」
「おっ。デートの誘い? うれしいっす」
「そういうわけじゃないけど……」
もごもご口ごもると、赤くなってしまった。吉野さん、かわいいなあ。
「それより、まだですかね。会議の順番。俺達の開始予定時刻、とうに過ぎてますけど」
「前の案件が揉めてるのよ、きっと。なにせほら、グローバルジャンプ21問題プロジェクトの撤退処理だし」
「そうっすねー」
グローバルジャンプ21は、ウチ、つまり三木本商事の新規プロジェクト群の包括名。異世界マッピングもそのひとつだけど、今のところうまくいっているのは、俺らんとこだけ。他は赤字事業で、特に赤がキツく今後の進展も見込めないプロジェクトいくつかは解散と噂されている。
「社内グループウエアでは戦略的撤退も含めて検討とか書かれてましたけど、早い話、涙目逃走ですよね」
「しっ」
扉が開いて、四十絡みの秘書室長が顔を出した。
「お待たせしました。こちらに」
俺と吉野さんは、役員会議室に通された。社長室のように豪勢な内装じゃないけど、雰囲気は張り詰めてる。そりゃそうだ。なんせ役員会議だからな。
ウチの会議を上位から並べれば、最上位が経営会議。十人もいない取締役だけ、本当に経営トップだけの会議だ。次がこの役員会議。取締役だけでなく役員も参加して、各種事案の方針を決めていく。
三木本商事は従業員二千人、売上高一千五百億円程度の中堅商社。だから役員数も少なくて、会長社長専務常務といった取締役兼務の執行役員に加え、ヒラの執行役員まで入れて二十人程度。なんせほら、日本の商社売上高ランキングで五十位にも入ってないくらいだからさ。商社トップは売上高十兆円が見えてる規模だから、ウチなんてゴミみたいなもんじゃん。
そんな小さな商社なのにどうして異世界プロジェクトを受注できたかというと、ウチは祖業が鉄鋼商社だから。明治どころか江戸時代末期からインフラ整備に強く関わってきたことから官界とのつながりが歴史的に強く、ひいては今回の異世界マッピングプロジェクト受注までつながってるってわけよ。
まあ、俺みたいな落ちこぼれには無縁の世界だがw
役員会議室に置かれているのは、楕円形の大きな机だ。そこに役員連中が陣取っている。役員は二十人程度だが、もちろん海外子会社経営陣も含まれているので、今日ここにいるのは十五人ほどだ。重要な案件だと、海外の役員もビデオで参加するらしいが、俺は知らん。
あー各席の脇に、弁当箱があるな。噂のタマゴ亭さんの特製弁当って奴か。なんせ案件が多いだけに、役員会議は長時間に及ぶからな。くそー俺の分も用意しといてくれればいいのに。無理ですかそうですか。
俺達は、プロジェクタースクリーン脇のプレゼン台に案内された。秘書室長がマイクを取る。
「では引き続いて三木本Iリサーチ社の吉野課長より、異世界マッピングプロジェクトの現状報告を――」
「現状だけじゃ駄目だ。役員会議だぞ。中期の成長見込みと戦略が必要だ。みんな忙しい」
鋭い口調で口を挟んだのは、社長の隣に座っている副社長だ。
伝統的に、ウチの副社長には、もう社長昇格の目はない。「上がり」のポストだ。その分、誰の顔色も伺う必要がなく言いたいことを言えるので、経営の舵取り上、けっこう貴重な役職だそうだ。
「ごもっともで。……では吉野課長」
「はい」
プレゼンテーブルのパソコンを操作して、吉野さんが大きなスクリーンに、俺達の今期売上高見込みグラフを出した。
「お手元の資料にもあるとおり、異世界マッピングプロジェクト開始以来、売上は安定しており、今後も同様と思われます」
「補助金が売上なんだから安定は当然じゃないか。それより利益はどうなってる」
「はい。こちらを――」
副社長の
「本プロジェクトでは社員二名の人件費とオフィス賃料関連のみと、固定費がほとんどかかっていません。役員の方々は兼務人事で人件費の
「しかし異世界通路の構築費用はそれなりに掛かっていると聞いている」
金属資源事業部の事業部長が斬り込んできた。花形部署の事業部長に出世した男だけに、他部署が評価されるのを潰したいんだろう。なんせほら、今後の社長レースが掛かってるからさ。
「おっしゃるとおり、初期の投資額はそれなりに嵩んでいます。しかし、こちらをご覧ください。このように――」
レーザーポインターで、画面のスプレッドシートを指す。
「異世界通路の構築は、他案件同様、仕訳上開発費扱いなので、全社配賦の共通費です。本プロジェクトは売上から決められたパーセントの全社配賦を払うだけなので、特に問題はありません」
「ただ乗りじゃないか。黒字になるのは当然だ」
「お言葉ですが、社内インフラ投資が開発費扱いになるのは、他案件、他事業部でも共通です」
そりゃそうだ。グローバルジャンプ21の他のプロジェクトだって条件は同じ。その上で別件は赤字でこっちが黒字な以上、こいつのツッコミは難癖にすぎない。
「しかし――」
「いいじゃないか」
初めて、社長が口を開いた。海千山千の役員会議では表立ってはあまり動かず、人の発言背景まで込みで判断していくのが、社長のやり方なんだろう。
「昨年度はウチの金属資源事業部の売上高、利益率とも大幅に伸びた。そのおかげで、このような投資も可能になったわけで。その意味で事業部には感謝したい」
金属資源事業部を持ち上げてみせた。とりあえず面子は立ったので、事業部長も口を閉じるしかない。さすが社長。狸だw
あと吉野さん、やっぱやるときゃやるな。なにかあると暴れる俺とは大違いだわ。
「ところで、異世界で食堂を経営してるそうじゃないか」
誰かが発言すると、役員連中に苦笑の波が広がった。
「なんでそんな余計なことをしてるのか。それに費やす時間的リソースを回せば、今以上にマッピングが進展し、売上も増えるじゃないか。チェーンでもなんでもなく、田舎の村に個店とか。そんな細んまい売上、我が社には意味ないだろ」
そうだとか確かにとか、同意の呟きが聞こえる。
少し眉を曇らせた吉野さんが、俺に目配せしてきた。俺が頷いたのを見て、マイクを構える。
「それについては、担当の平係長が説明します」
俺にマイクを渡すとき、「大丈夫?」と小声で囁いてきた。
任せてください吉野さん。いよいよ俺の見せ場っすねー!
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