2-6 ハイエルフ、秘蔵の弓矢
ハイエルフを召喚したものの、使い魔契約は渋られている。レナを見ると、大丈夫と、小声で言ってきた。
「俺は平ってんだ。あんた扱いはやめてくれ」
とりあえず繋ぐ。
「平ね。わかった。……にしてもさ」
まだ見てるな。
「なんか変ね。レベル低いのに、妙に能力の高さを感じる」
「ご主人様の妄想力は天下一品だよっ」
「それでか……」
なにか考えてるな。
「残念だけど、合格ね。嫌だけど使い魔になってあげるわ。当分の間ね。あんたの能力がクズだとわかるまでは」
なんだよそのエクスキューズ。そんな言い方あり? アーサーがげらげら笑ってるな。
「はい契約終了っと。じゃあ平、さっそくお茶を淹れてちょうだい。エルフの里を離れて受肉したんで、疲れたから」
木のうろに、どっかり腰を下ろした。
「ほら早く」
うーん……。これが小間使い扱いって奴かw
「ちょっと。ご主人様に向かって、なんて言い様――」
「レナ。わめくな。まあいいよ。こっちが招いての初顔合わせだしな。ホストとしての礼儀だ」
俺はビジネスリュックから水筒を出した。朝、会社で淹れた茶が入っている。
「淹れたてじゃないけどな」
渡してやる。
「あら気が利くわね。これからもその調子で頼むわ」
一口飲むと。
「うんいける。香りはあんまりないけど、味は合格。――これなんてお茶」
「スーパーのPB煎茶だ」(安物ともいう)
「ぴーびい? 聞いたことないわね」
「それよりお前、名前を付けるぞ」
「自分で決めるから」
「はあ?」
「ヒューマンなんかに決められたくないし。――うん。あたしはトリム。トリムがいい」
「まあいいよ。お前がトリムがいいってんなら。俺に異論はない。それより、今後の話だが――」
事情を話すと、トリムは頷いた。
「要するに、モンスターが出なくて、なおかつ遺跡に近づけるルートを探せばいいわけね」
「そうだ。理解が早いな。いいか、一直線じゃなくていい。わずかでも近づく程度で。安全超第一だ」
こうして釘刺しとかないとな。とにかく回り道するってのがサボりと安全の戦略なんだから。
「ハイエルフなら頭の回転がいいの、当たり前だし」
悪びれることもなく言い切ると、背中の矢筒から矢を一本取り出した。
「これはね、
「なんだそれ」
「音の鳴る矢よ、平くん」
「吉野さんの言うとおりだよ、ご主人様」
「あたしでも知ってるぞ。笛が付いてるんだ」
くそっタマの奴まで。容赦なくツッコんできやがって。今度はミフネに笑われたじゃないか。
「本来は合図に使うんだけど、あたしの鏑矢は特別でね」
「どう特別なんだよ」
「まあ見てて」
鏑矢とかいう奴をつがえると、トリムはぎゅっと弓を絞った。腕の筋肉がびしっと膨らんで、キリキリと
「やっ!」
一気に矢を射ち放った。
ひゅーっと鋭い音を残し、矢が放物線を描く。一分近くも飛んでいたように思ったが、そのうち音が消えた。どうやら、はるか遠くに落ちたようだ。
「ふん……」
考えている。
「どうなんだよ」
「うるさいわね。黙ってなさいよ。平」
「へい。すんません姉御」
「素直になればいいのよ。ちょっと待ってて」
こっちの嫌味もスルーか。
もう一本鏑矢を取り出すと、方向を変えて放った。
長いこと矢の軌跡を睨んでいたが、それから瞳を細めて空を見上げた。
振り返って俺を見る。
「うん。わかった」
「なにがだよ」
見ていても、なにがなんだか全くわからない。
「奇妙なんだけど」
「なにが」
まだるっこしいな、この娘。多分考えながら話してるせいだとは思うが。
「モンスターの気配はない」
へっ?
「どういうこと」
「吉野さん……だったっけ。どこにもいないのよ、モンスターが」
「ポップアップ前だからだろ」
「そうじゃなくて、ポップアップの気配もないってこと」
「たしかに、あたしも朝からおかしいとは思ってたんだ」
タマが口を挟んだ。
「雰囲気がこれまでの道のりとは全然違ったからさ」
野生の勘で名高いケットシーも感じてたんなら、間違いではなさそうだ。
「ポップアップしないってのか、トリム」
「当面は。……多分、一時的なものだと思うけど」
本当かよ。レナの顔を見たが、判断に迷っているようだった。
「いずれにしろ、進むしかないわね」
吉野さんが言い切った。
「モンスターが出ないなら、それはそれでいいことだし。……あとは、どっちに進むかだけど」
「いいか、まっすぐじゃなくていい。同心円状だ」
「うるさいなあ、平。わかってるって。地形ならはっきりわかったよ。まずはこっちを」
ハイエルフは、太陽と真逆の方角を指差した。
「北西に進もう。遺跡方面では一番楽だからさ」
そっちなら、まっすぐでもないから、ゆっくり近づけるな。サボりながらでも、王に言い訳が立つ。
「……どうだ、アーサー」
俺が振ると、アーサーは頷いた。
「自然を読む能力は、ハイエルフが断トツだ。そいつが判断したのなら、その方向をとりあえずしばらくは試すべきだ」
スカウトがそう言うなら、俺にも異論はない。俺達は、ハイエルフのトリムを先頭に、そちらに進むことを決定した。
モンスターについては、トリムの意見が万一にも間違っていた場合を考慮の上、近衛兵達はこれまでどおり戦闘警戒モードで前衛に、ハイエルフが先導する分、アーサーたちは俺達異世界組の左右に移って警戒に。殿はこれまでどおり、ミフネだ。
そうして進み始めた。たしかに調子は良かったさ、最初はな。たしかにモンスターポップアップ皆無だし。でもやがて……。
●
「おいトリム。どこが楽な道だよ!」
自分の声が泣きそうなトーンで笑うわ。
「楽じゃん」
振り返りもせず、トリムが答える。
俺は踏み外さないよう注意しながら、また一歩にじるように進んだ。幅五十センチほどの狭い岩棚を。高さ二百メートルはある巨大岩盤。崖の途中に、かろうじて張り出している、獣道とすらも呼べない岩のでっぱりを。
パーティーは一列になって、先程からこの危険な道を、芋虫のような速度だ。先頭のトリムは、ひょいひょいと、尖った岩の先を飛び伝うように楽々進んでるけどな。あんな動きにくそうなローブ着てるくせに。身軽でバランス感覚に優れるエルフだけのことはある。
「早く来なよ、みんな。おっそーい」
「おーまーえーはー」
俺の叫び声は、茫漠たる風の音にかき消されたよ。
「なんでもエルフ基準で考えるな! こっちはただの人間だぞっ!」
ハイエルフの使い魔、トリムが後ろを振り返った。
「楽でしょ、こんなの。三十センチくらいで狭いとはいえ、一応道はあるんだし」
「どこが楽なんだよ。使い魔のくせにお前、もっと召喚主のこと考えろっての」
「ごめーん。低レベルヒューマンには、キツすぎた?」
「くそっ」
いや出っ張りが狭いってのもあるんだけどさ(足滑らしたら谷底転落でマジ死確定だし)、そこにビル風みたいに風が逆巻いてるのがヤバいんだよ。埃が目に入って思わずつぶっちゃうと平衡感覚が狂うし、そこにもうひと風煽られたら、バランス崩しそうじゃん。
「あたしの真似して進んでみてよ、ほら」
身軽にほいほい進むエルフ。続くスカウト連中も、足場の悪い道には慣れてるみたいで楽勝の雰囲気。
近衛兵は重い重装備だけに動きが鈍く、ちょっと苦労してるみたいだが弱音は吐かない。エリート部隊としての意地もあるだろうしな。吉野さんは、タマと体を革紐で結び合って、バランス感覚に優れるタマ主導でにじるように進んでいく。
問題は俺だなw レナが心配そうに見上げてるよ。
「それにさあ」
俺を見つめたまま、トリムは器用に後ろ歩きで進んでいる。
「ここ以外のルートは、もっと厳しかったからさ」
「本当なんだろうな」
「うん。鏑矢飛ばしたでしょ」
けろっとしている。
「あの反響音でわかるんだよ。ハイエルフの技でね、これも」
ここより厳しい道ばかりって、地獄かよ。王女失踪後の天変地異ってのが、よっぽどヤバかったんだな。
「この崖を抜ければ、とりあえずしばらくは楽だから」
「信じていいんだな」
「もちろん。あたし、仮とはいえ、一応平の使い魔だし」
「そうか……」
それにしても……。「しばらく」かよ。
嫌な予感がする俺であったw
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます