3-2 役員会議で大暴れして、またしても悪名を高めた件

 さて、では異世界食堂事業について、ここ役員会議でド派手に説明すっか!


 心配する吉野さんに「平気です」と小声で返して、俺はマイクを握った。


「あーあー、ただいまマイクのテスト中。えー隣の客はよく柿食う客だ」


 脇ではらはらしていた秘書室長が、飛び上がった。


「平くん、ふざけるのは――」

「いえふざけてません。声がしっかり聞こえるか確認しないと。そこ一番大事ですからね」


 あっけにとられている役員どもを、俺は見回した。


「皆さん、お元気ですかっ。元気があればなんでもできる。元気があれば――」

「なにを言っとるんだ君は。早く本論に入り給え」


 誰かに叱られた。


「ここも大事だったんだけど、まあいいか。……では説明します。たしかに、俺達の目的は異世界の地図を作製し、お役人様から補助金を頂戴すること。お金チョーダイってね」


 なんか受けるかツッコまれるかと待ったが、誰もなにも言わない。仕方ないんで続けるか。


「ご存知のとおり、俺と吉野課長は、異世界で住民と接触した。彼らに頼まれ、ボディーガードのようなことをしたり。おっしゃるとおり、食堂を立ち上げたりした。でもそれは、すべて我が社の将来の利益のためです」


 俺は説明を始めた。事業の目的は、たしかに地図を作ること。それは今後も順調に続けられるはずだと。


「でも、それだけじゃつまらないでしょ」

「つまらないとは、どういうことだね」


 社長が率先して質問してきた。多分あれ、ヘンな質問が出る前に先を取って、会議の流れを整えるためだな。


「ご質問にあったとおり、食堂一軒の歩合収入なんて、年間売上二千億を目指すウチからしたら、たかが知れてる。でも異世界に拠点を築く効果はでかい」


 俺は続けた。実際、村人からは感謝され、いろいろな情報が流れてくるようになった。それにシタルダ王国国王にも信頼され、マッピングプロジェクトへの協力を取り付けたと。


「とはいえ俺が考えてるのは、そんなみみっちい効果じゃない」

「どういうことだ」

「はい副社長。これです」


 ホワイトボードからペンを持ってくると、スクリーン上に、俺は書いた。でっかく。「補助金がなくなっても儲かる仕組み」――と。


「なに書いてるんだ君は。スクリーンは、この後も使うんだぞ」


 秘書室長に怒鳴られた。


「いい。書いちゃった以上、もう遅い。後で始末書でも提出したまえ。……君は変な奴だな、平係長。役員会議だぞ。君のようなヒラ、全員震え声でプレゼンするのに」


 苦笑いしている。さすがは副社長。社長同様、とっさの判断力あるわ。


「マッピングプロジェクトの平は大馬鹿だと、ここにいる全員に見事にプレゼンできたな」


 副社長の軽口で、役員連中から爆笑が巻き起こった。


「それはわかったから、無駄口はもういい。早く話せ」


 馬鹿扱いはされたけれどもw


「補助金には、死にものぐるいでしがみついて、絞れるだけ搾り取る」


 俺が言い切ると、一転、ざわめきが広がった。


「儲け話には徹底的に食らいつく。それが商社魂でしょ」


 軽く同意を求めてから続けた。


「でも考えてみて下さい。現地住民はいないという話だった。だから依頼も、資源目当ての地図事業ってことになった」


 俺は手を広げてみせた。


「しかし実際には人間が存在した。社会機構だってちゃんとある。そこには産業があり、資源があり、娯楽だって息抜きだってある。考えてみてください。人間がいた以上、いずれ現地住民とこの世界で、やり取りが始まる。モノもヒトも動くでしょう。金も資源も、文化文明も。これは何を意味するか」


 一拍タメを作ってから、続ける。


「デカいシノギになるってことっすよ。デカいシノギ」


 役員連中を、俺は見回した。全員、食い入るように、俺を見つめている。


「――なら、異世界の連中と最初に友好を結ぶのは、どこの組織であるべきか」

「もちろん我が社だ」

「副社長、さすがです」(さすががめついw)

「商社って、モノや情報の流れに一枚噛んで、お足を頂く稼業のはずだ。役員の皆さんは、長年の経験で、それが骨身に滲みているはず。それをみすみす他社だの役人だのにはいどうぞと渡すのは、馬鹿げている」

「……なるほど」

「その最初の一歩が、食堂っすよ。馬鹿にしちゃあ駄目です。今はシタルダ王国の国王とコネを作っている最中です。どんどん商売のネタは広がりますよ」


 役員連中は、水を打ったように静かになった。


「だから食堂がどうとか難癖はやめて、見守ってもらいたい。それに、今話したのはあくまで将来の話。当面は地道に地図を作りつつコネクションを広げていくので、短期的な見返りは求めないでほしいんです」


 ざわめきが広がった。


「なにを言ってるんだ。今君が自分で認めたように、我が社にはたしかに商人の血が流れている。商売は速度が大事。他社の前に確固たる地位を築かないと」


 さっき食堂にツッコミを入れた奴だ。六十代の脂ぎったハゲ。どこの担当だろう。


「異文化接触には軋轢がつきもの。スペインやポルトガルの中南米到達、米国建国期の原住民接触。どちらも悲劇的な結末に終わっている。そんなことになったら、お上品なマスコミの餌食になりますよ」


 これはパクリ――というか受け売りだ。こないだ深夜、つけっぱだったテレビでやってたドキュメンタリーからの。酔った勢いでだらしなく寝落ちしちゃったんだけど、夢うつつで聞いた話でも役に立つもんだな。


 なに、それっぽい言葉で煙に巻けばいいのさ。俺、入社んときの役員面接もこんな感じだったし。俺みたいないい加減な奴、よくここに入れたもんだ。多分、最初から「大化け狙いの馬鹿枠」だったのかもしれないけどさ。


「だから時間を掛けることが重要なんすよ」


 俺は強調した。大人数で一気に市場攻略するのではなく、少人数で、文化的インパクトを最小限に留めつつ、現地の信頼をじっくり獲得していく必要があると。


 場の空気が変わったのを、俺は見て取った。もちろん、この戦略を支持する方向にだ。


 とはいえまあ、例によって口八丁ででまかせ並べたが、本音を言えば、他人にくちばしを突っ込まれたくないだけだ。なんとか五年。可能なら十年。俺と吉野さんだけで異世界でサボりまくりたい。


 化けの皮が剥がれたら、仕事を辞めるさ。その頃には異世界手当も相当溜まっているはずだし、なんたってダイヤがある。贅沢する気もないし、後の人生、遊び半分仕事半分で、まったり暮らせるだろ。

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