3-3 社長と「裏」会議
「さて、今日の役員会議だが……」
ワイングラスを持ったまま、社長が口火を切った。ここは社長行きつけとかいう銀座七丁目のワインバー。小さな個室があって、俺達異世界マッピングプロジェクトチームが引きずり込まれたって話よ。社長専用車で優雅に拉致されてさ。
ワインとツマミを持ってきてくれたママさんがカウンターに戻ったんで、個室には俺達だけ。あのドケチ社長がおごってくれるってんだから、なんか裏ありそうで怖いわ。
「どうだった」
「はい……」
吉野さんはしばらく考えていた。そりゃそうだ。「どうだった」って、どういう意味・意図の質問か、俺だって計りかねる。
「初めてだったので、緊張しました。でも、プロジェクトの今後は認めてもらえたので、良かったなと」
揚げ足を取られない見事な回答だが、社長は不満そうに唇を曲げてみせた。
「プロジェクトの話なんか、どうでもいいんだ。役員の反応をどう感じた」
「役員?」
「ああそうだ」
淀んだ血のように色の濃い酒を流し込むと、社長は頷いた。
「いえ役員会議初めてですし、まああんなものかなあとは思いますが」
戸惑ってるな。当然だが。
「吉野さん、社長さんは、裏切り者の役員を炙り出したいんだよ」
テーブルに立ったレナが、あっけらかんと口にする。
「こらこら、使い魔さんよ。私はそうは言ってはおらんが」
苦笑いしてるな。
「だがまあ、そう思うんなら、その線の感想も聞いてみたい」
はあそういうことか。レナ出席は、社長の希望だ。多分利発なレナの勘を頼りにしてるんだろ。レナは例によって、俺の胸で全部見聞きしてたからなー。
あーちなみにタマは呼ぶなとの命令だ。前暴れたからかもしれないけど、「とりあえず今日は呼ばんでよろしい」だとよ。
「それは……」
「それはっすねえ――」
俺が吉野さんから引き取った。汚れ役は俺でいい。吉野さんはプロジェクトリーダーとして「陰謀無関係のきれいな身」でいてもらわないと、俺も困る。
「まず俺達を潰そうと動いた奴が怪しいっすよね」
「ほう。そう思うのか」
「経営陣勢揃いの場で俺と吉野さんに傷を付ければ、息のかかった部下を送り込みやすくなるわけで」
「なるほど。思いもしなかった」
この狸。自分だってそう考えてるくせに。言質を与えないよう、あくまで下っ端のたわごとを聞く「体」で行くってんだな。まあいいけどさ。
「意見してきたのは、そんなに多くない。まず副社長でしょ。あと金属資源事業部の事業部長くらい」
「そうか。で、どう思う」
「まず副社長は、社長蹴落としをたくらむとは思えない」
黙ったまま、社長は身振りで「続けろ」と促した。
「副社長はもう上がりのポジションだ。社長の目はない。だから今さら社長を蹴落とす意味がない。権力闘争で社内が荒れれば、社長共々、自分だって返り血を浴びて退任に追い込まれる危険性すらある」
「むしろ社内平穏を願う立場だということか」
俺が同意すると、また続けろと言う。
「金属資源事業部長、こいつは動機がある。なんたってエリートコースだし社長レースの本命だ。成功しつつある唯一の新規事業にも首を突っ込めれば、社長候補としてさらに盤石。しかも社長の動向を身近で探って弱みを見つけることができる。地位を確保すれば、近々動くはず」
「一石二鳥ってことか」
俺は頷いた。
「ご主人様はね、悪い奴を見る目だけはあるんだよ」
例によってちょっと外れた褒め方をする。レナ、困った奴だ。
「実際、金属資源事業部が、どうやらこっちにちょっかいを出す気配がある」
「ほう。それは知らなかった。どういうことだ」
なんたって、同期の山本を通じて「スパイになれ」って言ってきたのが、あっこの川岸とかいう課長補佐だからな。どうにも怪しい。事業部長の意を汲んで動いてる可能性は高く見える。
ただ、俺はそれを社長に告げ口する気は(とりあえず今のところは)ない。これは別のときに切り札として使える。
「ねえ社長。以前、誰かがこっちに転籍希望を出してきたって言ってたですよね」
「ああ言った。平くんのアドバイスどおり、断ったがな」
「そいつ、金属資源事業部じゃあないっすか?」
「あーそれだが……人事は秘密事項なんで話せないんでな」
俺と吉野さんの目を、社長はじっと見つめてきた。
「なにか心当たりでもあるのか」
「いえ勘だけです」
「そうか。……なかなか鋭い勘だとだけ、言っておこう」
やっぱりか。
「まさかとは思いますが、課長補佐の川岸さんとか」
「それは……」
社長が目を見張った。
「どうしてそう思う」
「いえ、社内の有名人だから、もしかしたらと思っただけです」
「そうか」
どうやらズバリだったようだ。まあ俺は、山本と話すまで、川岸とかいうエリート野郎のことは知らなかったわけだがw 有名人もクソもない。社内政治に興味がない、いつもどおり口八丁だけの俺だな。
「ならやはり、あの事業部が火元になるってわけか。恩知らずな奴だな。随分取り立ててやったのに」
溜息を漏らすと、社長はワインをまた飲んだ。
「うん。随分頑固だったが、もうだいぶ開いたな。――君達も飲め。なかなか飲めんぞ、こんな太い赤」
「はい」
社長がなに言ってるのかわからん。太い赤ってなんだよ。まあいいか。とりあえず飲んでみるわ。
ひとくち飲んでみた。なんやら複雑な味がするとは思ったが、正直、ワインはあんまりよくわからない。それになんだよこの、風鈴職人がとち狂って作ったみたいな、冗談じみてどでかいグラス。コント用かよ。
「おいしいです。重いのにエレガントで」
「ほう。吉野くんはワインが好きかね」
「いえ、父が好きなので。お相伴で飲まされてるだけですね」
「君のお父上はなにをしてるんだったか」
「恥ずかしいんですが、小さな輸入商社を営んでいまして」
「なんだ。ウチのライバルじゃないか」
「いえそんな」
社長の冗談に、首をぶんぶん振ってるな。
「家族経営です。ただの個人商店みたいなもので」
それからしばらく、社長と吉野さんの商社トークとワイントークが続いた。テロワールがどうのこうのとか、俺には異世界言語としか思えないが。
「それより社長、俺、震源は金属資源事業部長『ではない』と思ってます」
俺の爆弾発言に、社長は目を剥いた。
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