3-4 社長に言いたいことを全部ぶちまけて、出世を勝ち取ったw

「それより社長、俺、震源は金属資源事業部長『ではない』と思ってます」

「なんだね。それは」


 吉野さんと社長の蘊蓄ワイントークに突然俺が割って入ったんで、少し驚いてるな。


「君が言ったんだぞ。あの事業部長が怪しいって」

「いえ。事業部に怪しい動きがあるって言っただけです」

「同じことじゃないか」

「全然違いますね」


 俺を見てはらはらしている吉野さんに微笑んで安心させると、俺は続けた。


「考えてもみてください。金属資源事業部に怪しい動きがある。しかも人事絡みで割とミエミエの。それを計画したのが事業部長だとしたら、あまりにも間抜けすぎる」

「それは……」

「いえそういうレベルの陰謀野郎もいるとは思いますよ。でも金属資源事業部はエリート部隊だ。そこの事業部長にまで成り上がった奴が、そんなアホとは思えない。馬鹿じゃあ出世レースに勝てないっすから。もし社長追い落としを企むとしたら、もっと利口に立ち回るはずだ」

「……うーん」


 天井を見上げると、社長はしばらく考えていた。


「平くんの発言にも一理ある」

「この黒幕は、それなりに頭が切れる。社長追い落としの陰謀を、金属資源事業部から発火させる。いずれ社長の弱みを握って攻勢に出たときに、社長派の矛先を金属資源事業部に向けさせる気だ」

「ほう」

「社長派はもちろん全力で反撃に出る。金属資源事業部長だって粗を探られ、失脚まではいかなくとも、社長レースからは大きく後退する。つまり――」

「つまり?」

「それに続くナンバースリーあたりが怪しい。権力闘争で社内が荒れれば、次の社長は無難な線でという空気になる。闘争に加わらず、にこにこして仲裁に動いていたナンバースリー、こいつでいいかってね」

「ねえ社長さん」


 ちっこいのに生意気にワインをけっこう飲んでいたレナが、口を開いた。


「ナンバースリーって誰」

「今日、食堂のことを笑い者にした男あたりかな、小さな使い魔さんよ」


 社長の言葉で俺は思い返した。六十代の脂ぎったハゲ、あいつか。


「余計なことするなって言ってた奴っすか」


 黙ったまま、社長は頷いた。


「ナンバースリーとしてよく名前が上がるのは、彼だな」

「誰なんです」

「石元。ウチの最高財務責任者だ。君は知らんのか。CFOだぞ」


 苦笑いしてるな。


「平くん。石元さんは、ウチのメインバンク、三猫銀行から送り込まれた精鋭じゃないの」


 吉野さんにも呆れられたな。まあいいけど。


「長期不況で赤字に傾きかけてたウチの財務を立て直した貢献者なのに。知らないの」


 知らんなあ……。てか社内政治とか興味レスだし。そんなのわいわい飲み屋で話すより、自分ちで妄想に耽りたいし。それにたとえ興味があったとしても、そもそも俺みたいな底辺社員には無関係の話だしな。


「それで評価が高いってわけすね。でもしょせん外様とざまの落下傘役員だ。しかも商社花形の営業担当でもない。どれだけ貢献しても社長の目は薄い。せいぜい監査役あたりが上がり目だ」


 だからひとつ大芝居を打って、社内を大騒ぎにしたところで乗っ取ろうとしてるわけか。揉めた後なだけに、社内の一部門に深く根ざした奴を社長にしては、反対勢力から波風が立つ。その点、外様役員なら安心。そいつにとりあえず一期だけ繋ぎにやらせるってのは、ありうる流れだ。


「うん。筋書きとしてはよくできてる」


 社長はまだ唸ってるな。


「となると、その石元さんの次の社長レースもまた面白いっすね」

「そうなるな」


 溜息をついている。


 商社だけに、管理部門出身者からは、二代続いての社長はあり得ない。自分の次はまた営業役員が社長になる。そのへん含みで、例の川岸とかいう奴を手駒に使ったんだなきっと。自分が退任する頃にそいつを事業部長にまで出世させ、いずれ社長に置いて自分もうまい汁をまた吸うつもりだろう。


「平くんの読みが正しいかはわからん。……ただ、面白い見方ではある。私は今後、あのあたりの動静を、これまでにも増して注意深く見ていよう。吉野くんと平くん、君達は私の手駒としてとても役に立っている。単に異世界マッピングプロジェクトという枠内のみではなく、な。今後ともよろしく頼む」

「はい。よろしくお願いしま――」

「社長、勘違いしてほしくないんすけど、俺と吉野さん、社長の派閥に入ったつもりはないんで」

「なにっ」


 社長が目を剥いた。


「君は、私の派閥では不満なのか。売上一千五百億の大企業の社長派閥。課長とか係長の身分で側近に上れるなんて、奇跡だぞ」

「そんなのがなんです。俺は興味がない。だってそうでしょ。課長風情が不釣り合いだってんなら、役員は無理にしてもせめて部長とか事業部長に出世させたらどうなんです。ご褒美もないのにただ情報と知恵だけよこせだなんて、図々しくないすか。それでも大企業のワンマン社長っすか」


 年収で億超えという社長にガンガン文句を言う底辺左遷社員を、吉野さんが口を開けて見ている。


「俺達を評価して本心から社長の派閥に入ってほしいってんなら、辞令を持ってきて頭を下げてください。それなら考えます」

「ぐぬぬぬーっ」


 真っ赤になって怒ってるな。黙っちゃったしw


「じゃあ俺は日課の妄想タイムがあるんで、失礼します。レナと吉野課長ももらってきますね」


 あっけに取られる吉野さんの手を取りレナを胸に押し込むと、俺は個室の扉を開けた。ワインのような顔色になったままの社長を残して。


         ●


 数日後、社内グループウエアの掲示板に異例の告知が出て、社内が大騒ぎになった。


――辞令 吉野ふみえ 三木本Iリサーチ社課長(出向)   七月一日付で同社部長(出向) 兼 本社経営企画室部長級フェロー(兼務)とする――

――辞令 平ひとし 三木本Iリサーチ社係長(出向)    七月一日付で同社課長(出向) 兼 本社経営企画室課長級フェロー(兼務)とする――

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