第三部完結記念! 「愛読感謝」エキストラエピソード
エキストラエピソード トリムとデート1
「うわあ、いい香り」
客室の扉を開けるや否や、トリムが叫んだ。俺を振り返る。
「ケーキバイキングって、最高だねっ」
「まだ匂いだけだろ、トリム」
思わず笑っちゃったよ。でもたしかに香り凄いわ。ソファー脇の大きなローテーブルにたくさんのケーキが並べられているし、銀色に輝く、クラシックで渋いコーヒーポットも湯気を立てているからな。おまけにテーブル脇にはこれまたケーキだのスコーンだの満載のテーブルワゴンが、ふたつも横付けされてるし。
実はこれ、吉野さんに頼まれたんだ。トリムがなんか悩んでいる気配だから、じっくり話を聞いてやってほしいと。好きなものを好きなだけ食わせてやったら喜ぶだろうという割と単純な発想で、ホテルのケーキバイキングと決めた。
だが実際のケーキバイキングは、マダム連中の修羅の場。そこでホテルに部屋を取り、ケーキやスイーツを別注して事前に持ち込んでおいてもらったのだ。つまりなんちゃってケーキバイキング。
取ったホテルは都心、皇居のお堀を見下ろす場所にある。その旧館、ふたりでスイートはもったいないから、スタジオタイプの一番広い部屋にした。旧館は高層じゃない。古臭い低層ホテルだが、歴史的建造物なんで重厚感は凄い。
部屋の確保に加え、ケーキをいろいろ選んで注文し、運び込んでもらうのは、なにかと面倒さ。なんでクレジットカードのカードデスクに頼んだ。
俺のクレカは、三猫ファイナンス発行。社員は全員押し売りされるわけよ。メインバンクの三猫銀行系列だから。年会費千円の一般カードで、会費は会社が補助してくれるから、押し売りされてもまあいいかってのはある。
それがシニアフェローに昇格したら、勝手に三猫ファイナンス発行のブラックカードが送られてきた。カードの国際ブランドは、これまでどおりVINEKO。VINEKOのブラックカードはインフィニティーってクラスなんだけど、ちゃんとInfinityってロゴが入ってたわ。
ただカードと共に届いた書類には、利用上限金額が書いてなかった。これまでの一般カードだと月間五十万円とかだったんで、念の為電話してみたら、青天井の無制限だと。
シニアフェローは会社の扱いも違うなと思ったよ。あーもちろん個人カードなんで、利用分は俺個人の口座から引き落とされる。青天井とか言われていい気になって使うと死ぬ仕様だ。ん十万円とかいうブラックカードの年会費を会社が持ってくれるだけ、マシなんだろうけどさ。
そんなわけで、それのカードデスクに電話したわけさ。さすがブラックのデスクは有能というか、予算だけ相談したら、残りの細かなこと(ケーキの種類だとか持ち込みの交渉とかさ)は、全部お任せでやってくれたわ。
「見て、平。すごくいーっぱい!」
嬉しそうにテーブルに駆け寄る。まあ、こんだけたくさんありゃあな。そりゃ喜ぶだろ。
てか俺も丸投げで量は把握してなかったから、ちょっと驚いた。普通に小さなケーキ屋のショーウインドウ、全部入ってるくらいあるじゃん。
「エレクアもあるー。ドナツーも。こーんなにたくさん」
興奮して飛び跳ねてるな。もちろん、「これだけは入れといてくれ」と頼んだ奴だわ。
それにしても、早くもテンションマックスじゃんwww まだ食ってないぞ、トリム。この大量のスイーツはどうせ余るから、その分はパックしてもらってタクシーで届けてもらう算段にしてある。クラブハウスに持ち帰れば、女子連中が寄ってたかってアリのように食い尽くすだろうし。
「これでなんちゃってビールがあればなあ……」
甘えるような声で俺を見る。
「まあそれは、家に帰ってからの楽しみにしようぜ」
「まあ……いいけど」
ここで飲ませちゃうと、例によって酔っ払うからなあ、トリム。
「んじゃあ、さっそく食べよっ、平」
並んでソファーに座ると、秒速でコーヒーを自分と俺のカップに注いでくれる。一秒でも惜しいようだ。
「いただきまーす」
自分の皿に、一気に三つもケーキを乗せた。「エレクア」といちごのショート、それにショコラ……てかブッシュ・ド・ノエルのホールじゃん、これ。クリスマスが近いからかな。どでかいケーキを載せたから、もう皿からはみ出してるし。
大胆にもブッシュ・ド・ノエルのホールを両手で引っ掴むと、大口開けてかぶりついた。
「ほいひい」
「いやそれ、ホットドッグの食い方だろ。落ち着け、ケーキは逃げんぞ」
「ひいんらよ。ほのほうら、ほいひいはら」
「何言ってるかわからん。食べ終わってから話せ」
もう、口の周囲、チョコべったり。かわいい顔が台無しなんで、ナプキンで拭ってやったわ。
「忘れてた。帽子脱がないと」
脇のベッド目掛けて放り投げる。きれいなエルフ耳が現れた。
「はしたないぞ、トリム」
「いいんだよ。一秒でもこのソファー、離れたくないし」
言いながらも、次々にスイーツを口に運ぶ。
「ゆっくり食えよな。コーヒー飲め。喉詰まるぞ」
「うん、ありがと平」
コーヒーをようやく飲んで、ほっと息を吐いた。
「平も遠慮しないで食べなよね」
思わず苦笑いだわ。まあトリムなりに気を遣ってくれてるんだろう。
「そうだな、ありがと」
苺大福があったんで、それを皿に取った。和菓子まであるとか、気が利いてるじゃん。
うまい。香り高く甘い苺と、こちらは逆に甘みを絞ったこしあんが、いいハーモニーを奏でている。苺大福のイチゴって、普通に食べるイチゴより、ずっと香り高く感じるんだよな。あれなぜだろ。中に香りごと閉じ込められてるからかな。
「さて、次はねえ……」
脇のサーブテーブルから、スコーンやらなにやらがきれいにディスプレイされたアフタヌーンティーセットを、トリムはそっと持ち上げた。ちょっとクリスマスツリーっぽく飾り付けされているのは、季節柄だろう。
「これ凄いね。いっぱい乗ってて。これなに」
「スコーンだな。あとクッキーとミニドーナツかな。自家製の、うまそうなジャムとママレードも添えられてるな。多分これ、
「ドナツーはわかるよ」
「スコーン食ってみろ。このホテルの名物らしいぞ」
「うん」
スコーンを一気にふたつ取ると、大口開けて放り込んだ。いやほっぺがリスみたいになってるじゃんwww 落ち着けアゲイン。
「はあーっ」
十五分ほど夢中で食べていたトリムは、ようやくフォークを置いた。コーヒーカップを手に取る。
「おいしいねー、ここの。毎日食べたいくらい」
「毎日は贅沢だな。コンビニスイーツで我慢しとけ。あれはあれで割とうまくてコスパ抜群だ」
「そうかもね。たまに食べるからおいしいってのも、あるかもだし」
口ではそう言いながらも、次のケーキを物色中のトリムだ。
「ところでトリム。なんか困ってることがあるんじゃないか」
「まあ……」
一瞬だけ眉を寄せたが、またケーキを口に運んだ。
「だけど、おいしいもの食べてたら、割とどうでも良くなった」
「話してみろ」
「……うん」
ケーキで心が落ち着いたからか、話す決心は着いたみたいだな。ソファーに深く背をもたせかけると、ほっと息を吐いた。
「あたし、平に召喚されるまでは、ハイエルフの里に住んでたんだ」
「そりゃそうだろうな」
「ハイエルフには王族が居て、あたしはその端っこのほうの一族。……その一族は代々、巫女を出す決まりになっている」
ペルセポネーが言及してたから、なんとなくはわかってた。ただトリムが口にするの嫌がってる風だったから、ここまで聞き出すのは止めておいたんだ。
「あたしの一族は、霊力が特に高いんだ。だから王族巫女の家系にされてるの」
ホテルのショコラティエが造ったと思しきアソートチョコを一粒摘むと、口に放り込んだ。アソートってかトリュフチョコ、うまいけど高いんだよなー買うと。
「おいしい……香り強くて。チョコもまったり柔らか。口に入れるとすぐ溶けるから、香るんだね」
「巫女ってなにするんだ。こっちの世界だと、神の前、神域で踊ったりするんだけど」
「巫女はハイエルフの里にひとりだけ。引退すると次の世代が選ばれる。そして神域に独りで住んで、引退するまで儀式をする」
トリムは溜息を漏らした。
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