エキストラエピソード トリムとデート2
「巫女ってなにするんだ。こっちの世界だと、神の前、神域で踊ったりするんだけど」
「巫女はハイエルフの里にひとりだけ。引退すると次の世代が選ばれる。そして神域に独りで住んで、引退するまで儀式をする」
トリムは溜息を漏らした。
「へえ……。世捨て人みたいだな」
それか修験者のようだわ。
「巫女の霊力で里の霊的パワーを高め、ハイエルフは強い力を得る。……だから重要な地位なの」
「トリムが選ばれたんだな、次代の巫女に」
「うん」
だからエッチなこと全然知らないんだな。巫女になるのがわかっていたから、両親がそういう情報から遠ざけて育てたんだろう。里のエルフも、巫女候補にはそんな話、しないだろうし。もちろん口説いたりとかも。
「でもあたし、巫女にはなりたくなかった。先代の巫女はあたしの叔母様。病気になっても里にも下りられず、独り寂しく暮らしているの、見ていたから」
「放置されるのか」
「ううん。ご飯からなにから、ちゃんと届けてみんなで支えるんだけど。……でも友達とかはできないよね。話し相手も」
「トリム、話すの好きだもんな」
いっつも、レナとか相手にくだらん話題で盛り上がってるし。俺、ハイエルフって意外に庶民的なんだなって思ってたけどな。
「だから平の使い魔候補として女神に召喚されたとき、あたし、すっごく嬉しかった。召喚に応えれば、問答無用で里から離れられるから」
「なるほど」
なんとなく話の筋が見えてきたわ。
「平に召喚され初めて会ったとき、ハイエルフを使うにしてはちょっと頼りなさそうだったから不安だった。……でもなんだか好きって思えたから、いいかなって」
それであんなに妙な態度だったのか。ツンデレともちょっと違ってたからなー。
「これから、あたしたちは東の森に進む。当然、エルフの里にも入るはず。あたし……」
「それで悩んでたのか。みんな、トリムが消えたことで怒ってるのか」
「ううん。あたしが居なくなれば、次の候補が巫女になるだけ。……妹が。妹は昔から栄誉ある巫女になりたがってたから、多分ハッピーなの」
「ならいいじゃないか。気にしなくても」
「まあでも、里を捨てた罪悪感はあるし。それに……」
口を濁した。ポットからコーヒーを俺と自分のカップに注いで、ひとくち含んだ。大きなポットだから冷めにくいはずだが、もうかなりぬるいな。
ウオーマーでもあればいいのにと一瞬感じたが、電話すればすぐおかわりを持ってきてくれるはずと思い至った。そりゃ必要ないよな。
「いくら支障がないと言っても、里に顔を出せば、巫女から逃げた敗残者扱いじゃないかな、あたし……。両親にも……顔向けできない」
「平気だよ、きっと」
「事情も知らないのに、軽々しく決めつけないでよ」
睨まれた。
「もちろん平の延命が、今のあたしにとっては一番大事。里に行く決意はある。でも……」
それで悩んでたのか。板挟みになって。
「大丈夫だよ。ご両親だって娘のこと嫌いなわけないんだから、『あたしはこれで行くんだ』って堂々としてればいい」
「そんなもんかな」
「ああ」
俺の言葉にこっくりと、トリムは頷いた。なんだか急にかわいく思えてきたよ。
「俺のために、嫌なことしてくれるんだな」
「そうだよ」
きれいに澄んだ瞳で、じっと見つめられた。なんか恥ずかしい。
「平はあたしの、大事な大事なご主人様だし」
「里でなにか嫌なことあったら、俺が守ってやるよ。俺に解決できないことだったら、慰めてやる。……だから元気出せよ」
「ありがと……」
トリムの瞳が潤んだ。
「……平のが、ずっと辛いのにね。世界を救うために、寿命を五十年も捧げたんだもの」
くっついてきた。俺の肩に頭を乗せる。
「いつもありがとう。平……。ご主人様」
「トリム」
抱き寄せて肩を抱いてやる。トリムは俺の首筋に唇を着けてきた。
「平……好き……」
誘うような動きだ。
「トリム……」
そっと手を添え、顔を上げさせた。
「なに……するの……」
触れるようなキスをしてやる。と、なぜかトリムが飛び上がった。
「あっ!」
「ごめん。いきなりでびっくりしたか」
考えたら、トリムは初めてに決まってる。そもそもキスって行為自体、知らんだろうし。驚くのも無理はない。
「ううん」
首を振っている。
「……甘い」
「ケーキか」
「違うよ。平のだよ」
キスが甘いとか、少女漫画かよ。
「ケーキ食べたからな。あと大福も」
なんか自分でも即物的と思ったが、事実だからなー。
「違うってば。本当に甘いんだよ」
「バカ言うなよ」
「んねえ……もう……一度」
甘えるような声で、唇をねだる。
「んっ……」
応えてやると口を開いたので、舌を入れてみた。
「んんっ」
舌が入ってきて、ちょっと驚いたようだ。やっぱエロ方面なんも知らんからか。まあそれでもそのまま、俺の舌が動くままにさせてくれる。
「んっ……んっ」
トリムの息遣いが荒くなってきた。試しに唾液を送り込んでやると、蜜を吸うようにして飲んでいる。
「……平、あたし……」
瞳がとろんとしてきた。頬が火照ってる。
「なんだかヘン」
首に手を回してきた。そのまままたキスをねだる。欲しがるように、おずおずと舌を入れてくる。唾液を送ってやると、ぎゅっと抱き着いてきた。
「ああ……ご主人様」
体からくたっと力が抜けた。俺に抱かれて瞳を閉じ、はあはあと喘いでいる。
「トリム……」
「ん平ぁ……」
甘え声。トリムの体から、男を興奮させる、なにかの匂いが立ち昇っている。
ちょっと迷った。このまま服を脱がすこともできそうだ。仮にレナがここにいれば、俺を散々っぱら焚きつけるはず。
でも、なんだか少し様子がおかしい。酔ってるのともちょっと違うが……。なんちゃってビールこそ飲んでないが、なにかの食べ物のせいかもしれない。あの杏のジャムとか。これまで食べたことないもんな。タマのマタタビ的な効果があるとか。
実際なんちゃってビールに感受性が高いとか、エルフならではの謎の偏りがあるしなあ、食に関しては。ジャムに酔っ払うとか笑うわ。さすがスイーツ好きだけあるというか。
見た感じヤバくはなさそうなので、手当てまでは必要ないだろう。とはいえマタタビタマと同様、当面、元には戻らなさそうだ。
「しばらく横になってな」
ともかく、こんな状態のトリムと関係を持つのは、悪い気がする。エッチなことするなら、もっときちんとしたいからな。それにそもそも今日は、トリムの悩みを聞いてほしいと、吉野さんに頼まれてきた。口説いてほしいと言われたわけじゃない。
「ほら」
ベッドからシーツを剥がすと、ソファーに崩折れて荒い息をついているトリムに、そっと掛けてやった。
「あ……りがと」
コーヒーカップを手に、俺は窓に近寄った。冷たいガラスに額を着け、欲望を冷ます。
もう年末も近い。初雪が風に舞い、お堀の周囲の木々に散っていく。積もりそうもない、
きなこのように地を覆う粉雪も、明日の朝、太陽が昇れば消え、しっとりやさしい湿気だけ、地面に残してくれるのだろう。
部屋に漂う甘い香りとコーヒーの匂いを味わいながら、ぼんやりとした感傷が心に湧いて出てくるのに、体を委ねた。
■第三部ご愛読感謝のおまけエピソード「トリムとデート」編は、いかがだったでしょうか。トリムはなによりスイーツ女子。本編ではあんまり食べさせてやれなかったので、予定の倍、2話に渡って食べまくってもらいました。太るぞ、トリムw
気楽な感想など頂けると、楽しみになるので嬉しいです。
次話からは第四部「ダークエルフの森」編です。
延寿の秘法を求めて東の森に向かった平と吉野さんに、失われた三支族の謎が立ち塞がる。黒幕探しが混迷する中、三木本商事を食い物にする陰謀が、その醜い姿を明らかに。現実と異世界、双方で危機を迎えた平に、ドラゴンロード「
乞うご期待!
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