ep-7 王国伝統の武歌で送り出される ●第三部完結●

「おお。これは勇者殿のお成りか」


 玉座に座るマハーラー王が、立ち上がった。玉座の間、入り口に立つ俺達に駆け寄ってくる。


「王。いけません、玉座を離れては。儀礼典儀上――」


 玉座脇に控えていた近衛隊長フラヴィオが跳び上がった。


「うるさいのう、年寄りは。平殿は王国の恩人、典儀など、クソくらえじゃ」


 俺の手をがっしり握る。てか、国王のほうがフラヴィオさんより歳食ってるがな。


「見事に、蛮族国境の封印を解いたそうではないか。国境の村々から、次々嬉しい報告が上がっておるぞ」

「それは良かったです」

「交易再開に向け、すでに蛮族との調整が始まっておる。橋の修理もな。……さあ、はようこちらに。話を聞かせてくれ。どんな冒険をしたのか」


 玉座に向け、子供のように俺を引っ張る。


「これはこれは……」


 玉座を挟み、フラヴィオと逆側に立つアーサーとミフネが苦笑いしている。


「王は子供返りしたようだな、アーサー」

「ああミフネ。あんなにはしゃぐマハーラー王を見たのは、シュヴァラ王女ご帰還の折、以来だ」

「どちらも平絡みということか」

「ならまあ、駆け寄るくらい仕方はないか」

「ミフネ、アーサー、久し振りだな」

「おうよ平。……しばらく見ないうちに、たくましくなったな。……頭にハゲまであるし」


 たくましいはいいが、余計なひとことを挟みやがる。


「言うなアーサー。お前こそ、生え際が後退してきたぞ」

「貴様、言ってはならないことを」


 大笑いしている。


「ミフネには、後でちょっと頼みがあるんだ」

「水臭いな、今言え。お前の頼みなら絶対断らん」

「まあいろいろあってな」


 みんなの前では口にできない頼みだ。俺の微妙な表情を見て取って、ミフネは真剣な瞳になった。


「そういうことなら、そうしよう。……ところで仲間が増えたんだな、平」

「ああミフネ。紹介しよう。新使い魔のキラリン、それに天使亜人、キングーだ」

「なんとっ」


 玉座の間に控える十人ほどからどよめきが巻き起こった。


「天使の……子だと?」

「まさか。そんな存在が……」

「亜人の頂点ではないか」

「は、初めまして、皆さん」


 照れたように、キングーが頭を下げた。胸が大きくなって恥ずかしいのか、あれからキングーはいつもゆったりした、体の線がわかりにくい服を着ている。今日もそうだ。


 胸を覆う下着も、吉野さんが気を利かせ、誂えてくれた。あんまり女女したのだと本人も恥ずかしいだろうというので、エアロビなんかでアウターとしても着るタイプの、ボーイッシュなスポーツブラらしい。中性的なキングーの容姿には、むしろぴったりな気がするわ。まあ俺はブラ姿を見たことないから、断言はできないが。


「ちょっと。あたしのことも注目してよねっ」


 腰に手を当て、キラリンが声を張り上げた。


「あたしはなんたって、お兄ちゃんの嫁なんだからね。ご主人様を支える、立派な嫁」

「お、おう……」


 アーサー、ドン引きして絶句してるじゃん。真面目なミフネは首を捻ってるし。そりゃわけわからんのも当然だ。俺にもわからんし。


「時折、シュヴァラから飛び飛びに消息は聞いておったが。せっかくの機会だ。直接本人に語ってもらおうか。平殿や吉野殿の大冒険を」


 ようやく玉座に戻った国王に促された。


「はい。お貸し頂いた王属馬車で突っ走り、俺達は国境の大河に着いたんです。ねえ吉野さん」

「そうです。大河に架かる橋はほとんど崩壊していて。足を乗せるのに精一杯の幅だけの橋を進んでいるときに、モンスターが出たのよね」

「そうだよね、ご主人様」


 俺の胸から飛び出たレナが、空中に浮かんだまま、敵の姿を手で示してみせた。


冬虫夏蠍とうちゅうかそうとかいう、虫と人が合体した特異なアンデッドだったよね、ご主人様」

「辺境で噂だけは聞いた」


 アーサーが唸った。


「なんでもとてつもなく厄介な敵だとか」

「そのとおり。こいつがまた、とんてもない野郎でさ――」


 俺達の話が続いた。なんとかそいつを倒したが、川に落ちたこと。助けられた亜人村でキングーの噂を聞き、頼まれたクエストをこなすため天国に上ったこと。それから起こった、とんでもない冒険の数々まで。


「では、あの国境封印は、悪魔の技であったというのか」

「そうです、マハーラー王。ヒューマンと蛮族の絆を断ち切り、サタン追い落としを徹底するためとか」

「すでにサタン敗走は決定的。サタン討伐を終えた魔族は次に、蛮族とヒューマン、双方に狙いを定めて進軍する。そう、ミノタウロスが公言していました」

「うむ……」


 吉野さんの言葉に、マハーラー王は顔をしかめた。


「……では、国境が開いたなどと喜んでいる場合ではないのう」

「そういうことです、王」

「さっそく兵の錬成に励まなくては。フラヴィオ」

「わかっております、王」


 気苦労の多い近衛兵隊長は頷いた。


「このフラヴィオにお任せを。戦など、小競り合いですら、ここ百年は無かったこと。平和で緩んだ兵士の心根から鍛え直さねばならないでしょう。いいな、ミフネ」

「賛成です」


 重々しく、ミフネが唸った。


「ところで、タマゴ亭王都支店はどうでしょうか」

「任せて、平さん」


 国王の脇に控えていたタマゴ亭さん――シュヴァラ王女――が、頷いた。


「おかげさまで絶好調。それにね、なんちゃってビールを置くようになったでしょ」

「うん」

「あれ、噂があっという間に世界に広がっちゃって。封印が解けて向こう側の人達も情報に接するようになったからさ。昨日、初めてエルフが来たよ。向こう側の超小型レアアイテムを売る、流れ者の行商人だったけど」

「……男ですか」

「ううん。かわいい女の子。……まあ年齢は二百歳とかかもしれないけど」

「なら、ヴェーダ図書館長は」

「図書館臨時休館にして、秒速で店に来た。もうエルフの隣に座っちゃって、動こうとしないの」

「だろうなあ……」


 良かったな、ヴェーダ。いつかエルフの友達もできるさ。一生の夢、欠片くらいでいいから実現してくれ。


「最初はエルフもドン引きしてたけど、なんちゃってビールで気持ち良くなったみたいでさ。閉店まで粘るうちに、それなりに仲良くはなったみたい」


 おっさん、でかしたwww


「それで平殿は、これからどうなさる」

「はいマハーラー王。俺達は、アスピスの大湿地帯から東に向かい、大山脈地帯を目指そうと思います。そこに失われた三支族、ふたつめの隠れ村がありそうなので」

「うむ。それがいい」


 重々しく頷いた。


「例によって、アーサーやヴェーダから情報を集めるがよい。……まあ、今はヴェーダが使い物になるかはわからんが」


 苦笑いしている。


「今日もエルフいるから、ヴェーダってば、もう店に出ずっぱり。邪魔だし面倒だからもう、バイトに雇おうかって話してるんだ」

「そりゃいい」


 かわいい制服着てちょこまか動き回るおっさん想像すると笑えるわ。そんで、エルフの客の席に着いて離れないんだろ。どこの謎キャバクラだよ。


「うむ。平殿と吉野殿、それにご一行は、この王国の大恩人。なにか困り事があれば、いつでも遠慮なく言ってまいれ」

「ありがたきお言葉」

「わしもシュヴァラも指を数えるようにして待っておるからな。平殿の立ち寄りを」

「嫌だななお父様。あたし、毎朝平さんと会ってるからね。向こうから転送されてくるとき」

「おお、そうであったか」


 マハーラー王は、豪快に笑い飛ばした。


「これは失礼。わしの願望が言わせたようじゃ。さて皆の者。王国伝統の武歌を持って、平殿を送り出そうぞ」

「はい、マハーラー王」


 国王はじめ、全員が背筋をまっすぐに伸ばして立った。


「平殿と御一行の武運長久を祈って、合唱っ」


 勇ましい曲を聞きながら、俺は心に誓った。いよいよ次の隠れ村に向かう。厳しい道が待っているとは思うが、吉野さんやタマ、レナ、トリムやキラリン、それにキングーを守りながら、みんなで幸せを掴み取ると。


 窓からは明るい陽光が流れ込んでいる。異世界の太陽は今日も、俺達を祝福するかのように輝いていた。





(第三部 「失われた三支族」編 完結)



■第三部、ご愛読ありがとうございました。


平いいぞ。もっともっと大暴れしろ。異世界でも現実でも!

吉野さんみたいな優しいヒロインが好き!

レナにタマ、トリムにキング―か。俺は「○○推し」だ!


――などとワクワクしていただけたら、フォローや星での評価など、応援よろしくです。

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●次話は、第三部をこれまで応援いただいた感謝の、ボーナスエピソード「トリムとデート」。さらに第四部「ダークエルフの森」編も、現在順次執筆中です。

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