ep-5 魂の治療

「どれ、見せてみろ」


 ベッドに仰向けになる俺の頭から、タマが包帯を外してくれた。ガーゼも取り去る。


「皮膚が切れているな」


 なんの感情もない声だ。


「あたしが舐めたから、多少は塞がっているが。それでも傷は深い」

「社内診療所の医者も心配してたよ」

「だろうな」

「縫うって言ってたのを、なんとか止めたんだ。タマの治療があるから」

「賢明な判断だ」


 ドワーフの宴会も風呂も終わり、もう寝る時間だ。みんなはメインの寝室で寝かしつけてある。だが俺は頭の怪我があるからな。


 このマンションは前オーナーがリフォーム済みで、大きなリビングダイニングと大寝室がほとんどの面積を締めている。残りの二つの小部屋は、書斎と嫁の趣味部屋だったらしいが、そのうちひとつにベッドを持ち込み客間としてある。


 キングーのようなテンポラリーな訪問者を泊める予定だったんだけど、寂しいのかキングーはみんなと寝たがったからな。今は空部屋。ベッドがあってちょうどいいんで、タマに治療してもらおうってわけよ。


「多分痛む。我慢してじっといていろ」

「平気さ。前線でも舐めてもらったろ」

「あのときは、体を痛みから守るために、傷が痺れていたはず。今はそうじゃない。痛いぞ」

「平気さ――ってーっ!」


 傷に激痛が走って、俺は飛び上がった。覆い被さっていたタマが、体を起こす。


「だから言ったじゃないか」


 くすくす笑ってやがる。


「も、もう平気だ。どんな痛みか、わかったから」

「優しくしてやるからな」


 四つん這いで俺にのしかかるようにして、タマが傷に舌を這わせ始めた。頭が動くたびに、タマの髪が背からこぼれて、俺の顔をくすぐる。タマの舌が動く度に生じる鋭い痛みを、なんとか堪えた。


 しばらく黙って舐めていたタマが、体を起こした。部屋着を脱ぎ去り、裸になる。きれいな胸が、俺の目の前に現れた。


「タマ……」

「背中を撫でてくれ、平ボス」

「わかった」


 ケットシーの唾液には傷の治療効果がある。背中や頭を撫でてやることで、その効果は増大する。


「こうか……」


 背骨の周囲、柔らかい猫毛がわずかに生えている部分を、そっと撫でてやる。


「そうだ。……うまいぞ、平ボス」


 十分ほど、そのまま舐め続ける。気のせいか、頭の痛みが薄れてきた。


「いいぞ、タマ。あんまり痛くなくなってきた」

「あたしの耳を撫でてくれ」

「……いいのか」

「ああ」


 耳や尻尾は敏感だ。基本的に、恋人同士が触って気分を高め合う場所と聞いている。タマと冒険を始めた頃、よくそこ触ってからかっていた。今思うと悪いことをした。


 片手で背中、片手で耳を触ってやる。しばらく続けていると、タマの体にうっすら汗が浮いてきた。胸が時折、俺の顔に押し付けられる。

「疲れたか、タマ」

「いや……」


 体をずらすと、いきなりキスしてきた。


「……タマ」

「……」


 甘えるように俺の舌を吸う。


「平ボス……」


 タマの瞳は潤んでいる。


「怪我はもう大分いい。……次はここだ」


 俺の顔を舐め始めた。そのまま俺の服をはだけ、首筋、胸、脇へと進む。タマ、本当に舐めるの好きだな。初めての夜だって、する前もした後も、延々、俺の体に唇を這わせてたし。あんなに汗まみれだった俺の体、すっかりさわやかになったくらい。ケットシーの唾液は清浄で、殺菌や洗浄効果がある。風呂上がりよりきれいになるからな。


「タマ、俺……」

「もう黙るんだ、平ボス」


 すでに俺の体には変化が起きている。わかっているはずだ。のしかかって舐めているタマの胸に、突き刺さるように当たっているから。


 そのまま下に。タマが顔を上げた。


「あたしに興奮してくれたんだな、ボス。うれしいぞ」


 なんと言っていいかわからなかったので、俺は黙っていた。延寿の結果に落胆した俺を、タマなりに力づけてくれているのかもしれない。


「世界一の男だぞ、お前は。自信を持て。あたしをこんなに夢中にさせているんだからな」


 タマの熱い口に包まれた。


 そのとき――。


「だと思った」


 声がした。見ると、吉野さんが入り口で、俺達を見下ろしている。


「これは……その」

「ふみえボス。あの……」

「いいのよ、タマちゃん」


 近づいてきて、ベッドに腰を下ろす。


「いっつも元気で前向きな平くんが、あんなに落ち込んで泣くなんてね。絶望してる姿を見たら……。そりゃ誰でも、なんとか慰めてあげなきゃって、心が痛むものね。特に平くんのことが……好きなら、なおのこと」

「……ボス」

「タマちゃん不器用だもんね、自分の気持ちを伝えるの」


 こうなるのはお見通しってことか。さすが召喚主。タマの心情、しっかり掴んでいるわ。


「みんなは?」

「ぐっすり寝てる。キラリンちゃんとか、ドワーフの宴会で結構飲んでたし」


 もうほんと、どこのおっさんかってくらい、「飲み」の場にはすぐ馴染むんだよな、あいつ。


「それに平くんの寿命のことを聞いて、泣き腫らしてたしね。疲れたんだと思うわ」

「すみません吉野さん。いろいろみんなの面倒見てもらって」

「いいのよ」


 気にもしてない口調だ。


「私はなんだか眠れなくて」


 溜息を漏らした。


「平くんの涙を見たの、初めてだし」

「申し訳ないです。心配させちゃって」

「気にしないで。……でも平くん。私のこと、忘れちゃダメでしょ」


 いたずらっ子のような目になっている。


「いえ、そんなことは……」

「ないって言うのなら、証拠を見せて」


 俺に体を預けてきた。


 そのままキスをする。長い間。恥ずかしがり屋の吉野さんとは思えないような、情熱的な長いキスだ。


「頭、どう」

「もう痛くないです。タマがしっかり治療してくれたんで」

「見せて」


 そっと触るようにして、俺の傷を検分している。ナイフを投げられてついた吉野さんの腕の傷は、もうすっかり治っている。タマが夕方に舐めてたからな。


「うん。塞がってる。さすがはタマちゃん。有能ね」

「タマ、いつもより治癒効果高い気がしました」

「それはお前があたしの……パートナー……だから」


 恥ずかしそうな声だ。吉野さんの前だからかもな。


「平くん。もしかしたら少しハゲが残るかもだけど、いいよね。戦う男の勲章だもの」

「ハゲは嫌かも」

「贅沢言わないの。……はい」


 俺の手を取ると、自分の胸に導く。


「平くんのこと、すごく愛してる。私の気持ち、確かめてみて」

「吉野さん……」


 部屋着の下から手を入れて、脱がせた。豊かな胸に頬を寄せ、吸い付く。吉野さんは俺の頭を抱えてくれた。


「よしよし。平くんはいい子ね。辛いことがあったら、全部私に話すのよ。あなたの上司なんだから。一緒に考えましょ」

「はい」

「いい子、いい子」


 柔らかい胸に包まれていると、なんだか幸せな安らぎが俺に下りてきた。下半身にまた、タマの口を感じた。口に含んだまま、温かな舌を使っている。安らぎと興奮の双方が、天秤のように俺の心を揺らした。


「電気消すね。恥ずかしいから」


 俺に胸を与えたまま、吉野さんが、照明のリモコンに手を伸ばした。

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