5-8 被弾

「ダメだよ。ペレには効かなかった。あっ!」


 レナが叫んだ。一瞬振り返ると、揺れる視界の中で、高く掲げたペレの手から、なにかが発射されたのがわかった。まっすぐ、ケルクスに向かって。


「ケルクス危ないっ!」


全力で駆け込んだ俺は、タックルのようにケルクスを抱きとめると、そのまま倒れ込んだ。その瞬間――。


「ぐっ!」


 なにか強い衝撃を背中に受けて、俺は弾き飛ばされた。


 俺の視界が、ぐるぐる天と地を舞った。青い空と緑の草が、交互に視野を染める。


 どんっという衝撃を感じた。


 地面に落ちたのだろう。かなり強く落ちたはずだが、痛みはなにも感じない。衝撃に痺れてるからかな。


「平っ」


 俺の脇で、ケルクスが体を起こした。


「ペレは……」

「ご主人様、やったよ」


 俺の首から離れたレナが、どこかを見て両手を上げた。


封緘ふうかん、発動してるよ、ご主人様。ペレの動きが止まった。戦士も反転した。もう大丈夫だよ」


 レナの声は遠くからしか聞こえない。てか、全部遠くで起こった出来事のようだ。


 俺が首をもたげると、たしかにペレは静止していた。


 封印成功か……。


 前回の封印では灰色の彫像のようになったが、今回は体そのまま。変色がないので、標本かフィギュアのようだ。


 ハイエルフ連中が大声を上げた。皆、立ち上がり、拳を天に突き上げ叫んでいる。


「やった」

「成功だ」

「平殿、あっぱれ」

「異世界の勇者よ、でかした」


 いろいろな声が聞こえる。


 体を立てようとしたが急に力が抜け、俺はへなへなと崩れ落ちた。天高く、ぽっかり浮かぶ雲が見える。


「しっかりしろ、平」


 ケルクスが俺を抱えて起こしてくれた。


「――平!?」


 自分の手を見て驚いている。赤く染まった手を。


「ご主人様っ」


 レナの叫び声が聞こえた。


「どけっ!」


 ケルクスを荒々しく突き飛ばすと、タマが俺の目を覗き込んできた。


「あたしがわかるか、平ボス」

「タマ……」

「くそっ」


 タマは首を振った。


「ミスリルなのに穴が……。脱がせろっ」


 飛びつくようにして、ケルクスが俺のチェインメイルを脱がせてくれた。一瞬視野に入った白銀のチェインメイルからは、なにかがしたたっている。俺を横たえ腰の短剣を抜いたタマが、服を一気に切り裂いた。


「これは……」


 顔をしかめたタマに、なにか赤い液体が勢いよくかかった。霧噴きのように。


「タマ……俺……怪我したのか」

「顔を起こすな、ボス」


 強い語気だ。


「でも……」

「傷を見るな」


 俺の頭は、タマに地面に押し付けられた。荒っぽく。


「空を見ていろ。治療する」

「あ、ああ……」


「やだ……平くん」


 吉野さんの声が聞こえた。泣きそうな声。トリムと手を取り合い、俺を見つめている。


「ふみえボスは、平ボスの手を握っていてくれ。トリム。お前はここを押さえろ」


 俺の左腕を、タマが上げさせた。


「ここだトリム。強く圧迫しろ。血を止めないと」

「うん」


 手を伸ばし体重を乗せるようにして、トリムが俺の脇を押さえた。全力で押さえているのだろうが、なにも感じない。


「ごめんね平、痛いよね」

「平気だ……トリム。全然痛くない」


 なんだか、目の前がすっと青白くなってきた。


 なにか唸ると、タマが俺の体にのしかかってきた。頭が動くのがわかるから、多分、傷を舐めているのだろう。


「平くん、大丈夫だからね」


 しゃがみこんだ吉野さんが、俺の右手を握ってくれた。両手で、包むように。


「わかってます、吉野さん」

「しっかり」

「ええ……」


 ふと気がつくと、周囲にハイエルフの人だかりができているようだった。視野の隅に、頭がたくさん見えるから。皆なにも言わず、押し黙っている。


くそっ。なんだ俺、結構ヤバいのか。きっと……ペレの火山弾が直撃したんだな。


 こりゃまたハゲだか傷だかが増え……るな。労災で社長に貸……しができるから、今度こそ美人秘書付……けてもらうか。


 馬鹿な考えが浮かんでは消える。


「ボス……」


 遠くでタマの声が聞こえる。


「……」

「ボス、しっかりしろっ」


 いきなり、顔を殴られた。痛くはない。


「なんだ、俺に説教するのか、タマ」


 俺の冗談にも、タマは真剣な顔つきだ。


「説教は社長だけで腹いっぱいだ」

「その意気だ。気をしっかり持て。眠るな。天を見て、雲の数を数えるんだ。声を出せ」

「あ、ああ……」


 俺は空に瞳を戻した。


「いち、にい……」


 あれだなー、雲って思ったより速く流れるもんだな。下のほうは。


「ご主人様っ」


 レナは吉野さんと一緒に、俺の右手を握ってくれている。


「さん、よん……」


 上のほうの薄い奴は、ほとんど流れてないけど。あれ、なんて言うんだっけか。絹層雲だったか……絹雲だったか……。巻雲だったかな……。


「平さん」


 ようやく意識が戻ったのか、トリムの背後にキングーの姿が見えた。ありがとうな、キングー。おかげで助かったよ。


「……ご、ろ……く」


 ああ、なんだか気持ち良くなってきた。腹いっぱい昼飯食った週末、ごろごろベッドに横になったときのように。


 俺、いつでも眠れそう。ケルクスは……見えない。少なくとも俺の視界には入っていない。


 死ぬのかな。冥府では、冥王ハーデスが俺のことを待っている。なんかやらせたい仕事があるみたいだったし。だからそれでもいい気はしたが、ハーデス、あとしばらく待ってくれ。俺はまだここでやることがあるんだ。吉野さんやみんなを幸せにしないと……。


「な……な……」


 目の前がすうっと真っ白に抜けると、俺は意識を失った。

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