5-7 火山弾、摂氏千度って、死ぬじゃないすかwww

「ご主人様、走って。焼かれちゃう」


 レナが俺の首に抱き着いてきた。レナの鎧が、信じられないくらい熱い。ステーキ屋の鉄板くらいに。


「あと一分も持たずに、ボクたち丸焦げだよ」

「わかってるって」


 俺は駆け出した。一直線で、吉野さんたちが待つ陣地に向け。足元が熔岩で結構凹凸があるから、走りにくい。転んだら瞬時に丸焦げだ。どうしても用心深く進まざるを得ず、走るにしても速度は遅い。


 走りながら、俺は手を上げ、振り回した。危機を見て取ったハイエルフの弓兵が、一斉に弓を射た。俺が側にいなけりゃ、誤射を気にする必要もない。


「ご主人様、ペレが動いたっ」


 レナは、俺の首にしがみついて後方を睨んでいる。


「振り返ったよ、こっちを。あっ手を上げた。火山弾来るよっ」


 やべっ。


 俺は今、足元を見ながら走るので、いっぱいいっぱいだ。熱気が肺に入ると苦しいので深呼吸すらできない。浅い呼吸で、息も切れている。とてもレナに返事できる状態ではない。


 背中側のミスリルが過熱し、焼けるように熱い。真っ赤に火のきた炭を背負っているかのようだ。


「うおーっ!」


 吠え声が聞こえた。頭を上げると、タマだった。陣地を飛び出し体を強く前傾させ、全力で俺のほうに駆けてきている。


 並走しているのは、ケルクスだ。髪をなびかせ、驚いたことにタマよりも速い。走りながら腕を前に出し、印を結んでマナ消費魔法を起動しながらなのにだ。ケルクスの髪は、決意の証明で切った部分だけ、短くなっている。


「平っ」


 陣地では、トリムが連続して大量の矢を射出している。機関銃のようだ。脚を開き踏ん張って、射出姿勢を安定させている。その脇で、キングーを胸に抱えたまま、吉野さんがこっちを見ている。心配そうな瞳で。


「あっ!」


 背中をバットで殴られたような衝撃で、俺は倒れた。顔が草に押し付けられ、口に入った土の味がする。


 くそっ――。


 痛い。激しい痛みで、息が詰まりそうだ。


 多分、ペレの火山弾が当たったんだ。


 ペレの奴、本当に、攻撃を仕掛けた奴にだけ反撃してくるんだな。なんたって俺は封緘ふうかんを施した相手。見逃すはずはない。


 とはいえまだ時間が戻って間もない。本調子が出る前で、おそらく速度や効力は落ちていたに違いない。でなきゃ俺はもう死んでる。


 おまけに摂氏千度と言われるクソ熱い熔岩を抜け、草地に戻ったところ。熔岩で転んでいたら火傷で顔の皮膚がズル剥けだったはず。いろいろラッキーだった。


 だからまだ大丈夫だが、次食らったらどうなるかわからん。ライオットシールドをぶち抜いた一発でエルフをふたり倒す威力だ。ミスリルのチェインメイルとはいえ、どこまで防げるか疑問だ。


「行けーっ!」


 ハイエルフ参謀が腕を高く上げ、なにかの合図を形作った。それに応じ、そこここからときの声が上がる。


「ご主人様、ハイエルフの戦士……それにスカウトが突撃してるよ。抜剣して」


 レナが俺の首を強く抱いた。


「ああ……みんな死んじゃう。近づいたら命はないのに」


 女神は封印するしかない。肉弾戦で倒すなど不可能。そもそも熔岩で近寄れないし、熱気で死んじまうのは確実だ。それでも突っ込んでいっているのは、ペレの攻撃の手を散らし、俺を救うためだろう。


「大丈夫だ……レナ」


 ようやく声が出た。


「俺が先に戻ればいい」

「それならみんな撤退できるもんね」


 立ち上がりながら、駆け出した。とにかく陣地に行けばいい。なにも考えず、ひたすら走るんだ。


「来るなっ」


 俺は大声を上げた。


「俺は大丈夫だ。盾の陰に入れっ」

「ダメ。みんな戻らず突っ込んでるよっ」


 天使イシスでも冥王ハーデスでもドラゴンロードでもいいけど、誰か助けてくれっ! 俺ひとりならともかく、仲間がやられっちまう。


「平っ」


 俺とケルクスの距離は、見る見る縮まってきた。もう十メートルちょいだ。お互い全力で駆けてるからな。チェインメイルがチャリチャリ鳴って脚に絡みつくが、今は気にしている時間なんかない。


「我が名はケルクス、森の護り手。祖霊イェルプフよ、我に力を授け給えっ」


 叫んだケルクスの手から、激しい稲光が走った。俺のすぐ脇を突き抜け、まっすぐペレへと向かって。稲光からは、強い冷気が発せられている。マナの大量消費で、一気に気温が下がった。背中側だけは焼けるようで、ペンチでつねられたかのように痛い。多分もう俺、結構ヤバい火傷してる。火山弾が来なくても、火傷だけで死ぬくらい激マズかも。


 背後から大きな衝撃音がした。


「ダメだよ。ケルクスの魔法、ペレが熔岩を飛ばして中和した。――あっ!」


 レナが叫んだ。一瞬振り返ると、揺れる視界の中で、高く掲げたペレの手から、なにかが発射されたのがわかった。まっすぐ、ケルクスに向かって。火山弾だ。


「ケルクス危ないっ!」


全力で駆け込んだ俺は、ケルクスにタックルかまして抱きとめると、もつれるように倒れ込んだ。その瞬間――。


「ぐっ!」


 なにか強い衝撃があり、俺は弾き飛ばされた。

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