2 ゴールデンウイークは異世界クルーズで遊ぶぜ

2-1 キラリンはご機嫌斜め

「さて、始めるか……」


 異世界。女神ペレの浜辺。ペレに贈られた船の甲板に、ようやく装置を設置したところだ。


「楽しみね。現実世界からこっちに飛べるのか」

「ええ吉野さん」

「なんだかわくわくするわ。船でクルージングなんて生まれて初めてだから」


 吉野さんが、俺の手を取った。


「ええ。俺も同じです」

「楽しいゴールデンウイークになりそう」

「ですねー」


 ゴールデンウイークを口実に、俺と吉野さんは四月後半から半月ばかり休暇を取った。どこで遊ぼうか悩んだんだが、せっかくだから異世界で船遊びということにした。


 今日は休暇初日。マリリン博士の新作転送装置と共にここに飛んだってことさ。休暇中はもちろん会社の異世界転送通路は使えない。でも今の俺にはキラリンがいるからな。キラリンの力で、会社無関係に異世界と現実を自由自在に飛び回れる。まあ便利だわ。


「ねえご主人様。早く試そうよ」


 早く海に出たいのか、レナに急かされたわ。


「そうだな……」


 甲板に立つメンバーを見回した。いつものパーティー。それにケルクスも参加させている。遊びからまずは参加させようという判断だ。


「まずはこの装置がちゃんと作動するか、確認する。……キラリン、これ動いてるのか」


 なんせ特に電源ランプとかがないから、さっぱりわからん。見た感じは、東京タワーのスケールモデルといったところ。高さ一メートルほどで樹脂の板で覆われており、中の回路を保護しているようだ。


「動作してるとは思うよ。転送ポイントとして感じるから。そもそもこれ、パッシブドライブだからね。特に電源とかはいらないんだよ」


 よくわからんが、キラリンが言うのなら大丈夫なんだろう。


「念のためだ。キラリンには俺と一緒に来てもらう。まずはキラリンの力で現実世界、いつものマンションに飛び、そこからこの転送ポイントに戻ってこられるかを試す」

「わかった」

「気をつけてね」


 吉野さんは心配そうだ。


「平気ですよ。この転送ポイントが万一動作してなくても、この座標にはキラリンが転送ポイント打ってるから。最悪そっちを使って戻ってきます」

「そうよね。私、心配しすぎだわ」

「では行きます。……キラリン」

「はいーっ」


 という声が聞こえたと思ったら、もうマンションのリビングに俺とキラリンは立っていた。いつもながらキラリンの転送は速いわ。会社の転送マシンより激速だからな。


「さて、戻るか」

「ねえお兄ちゃん」

「なんだキラリン」


 キラリンは、俺に抱き着いてきた。


「ふたりっきりなんて初めてだしさ、ちょっとだけエッチなことしようか」

「はあ?」


 見たが、ふざけている表情ではない。期待に満ちた顔だ。


「ママのところでエッチの前哨戦みたいなのしたし、その続きがしたい」

「あれかー……」


 この間の奴だな。俺の精子を研究材料にするってんっで、俺が寝ている間に博士とレナ、キラリンが俺のこと、いいようにいじったみたいだからなー。キラリン、あれで勢いがついたのかもしれない。


「き、今日は止めとこうぜ」

「ええーっ。こんなチャンス、滅多にないのに」


 ぷくーっと膨れてみせた。


「だっていつもは吉野さんやタマがいるし。あたしの順番、全然来ないじゃん」


 なんだこいつ、そんなこと考えてたんか。


「そうは言ってもだなー」


 なんせ見た目中学生だからな、キラリン。妹感が強くて、押し倒したいとかいうモードに、俺の方はなかなか入れない。なんというか、順番を踏んで雰囲気盛り上げていけば普通にそうなるとは思うんだけどさ。


 そう見る対象からは、無意識に外してたわ。それで傷ついてたなら、悪いとは思う。考えてみれば、謎スマホから必死にアピールしてきて俺の使い魔に格上げになったんだもんな。俺はそんなキラリンの気持ちを無視して、悪いことしてるのかもしれない。


「今度。今度にしよう。なっ」

「ちぇーっ、ケチ」


 腕を組んで、マリリン博士そのものの口調だわ。さすが「娘」だけある。


「……じゃあ約束だからね。今度、絶対だよ」

「ああ。チャンスがあったらな」


 そんなチャンスなんか、まずない。だから大丈夫だろ。


「さあ、みんなが待ってる。とっとと戻ろうぜ」

「うん……」


 気持ちを切り替えるかのように、キラリンはほっと息を吐いた。


「いい。行くよ」

「間違えるなよ。キラリンがあの船の座標に打った転送ポイントじゃなく、船の上の新しい転送ポイントに飛ぶんだ」

「わかってるよ、お兄ちゃん。あたし、馬鹿じゃないし」


 まだ微妙にご機嫌斜めだな。後でうまいケーキでも食わせてやるか。トリムと一緒に。


「じゃあ次元を跳ぶね」


 瞳を閉じて、キラリンが転送の術式を起動し始めた。


 さて、これで無事に船に戻れるかどうか。失敗すれば、俺とキラリンは下手すると現実世界と異世界のはざまで永遠にさまようことになるかもしれん。


 頼むぞ、マリリン・ガヌー・ヨシダ博士。天才の力を、ここ一番で見せてくれ!

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