ep-8 トリムとトラエ、姉妹の連舞

「さて……」


 俺は天を仰いだ。今日も異世界は快晴。ぽかぽかと暖かな日だ。例の「女神ペレ封印」の地。そこにハイエルフとダークエルフが集っている。もちろん俺のパーティーも。


 さすがに熱くて死にそうということはもうないが、ペレ戦から1ヶ月近く経つというのに、ペレの残した熔岩の余熱で、まだ周囲は汗ばむほどだ。今は真昼で海風が吹いているから、風に当たるとちょっと涼しく感じる。


 今日はいよいよ、エルフ宝珠統合の日。トラエやハイエルフ、そしてダークエルフと調整した、ベストの日取りだ。


 俺のパーティーの左手には、ハイエルフ組。ケイリューシ国王に、コルマー王妃。近衛兵的な側近。隊長を始め、何人か、あのペレ戦で見かけた顔もいる。ひとりは治療布で腕を吊っていたから、あのときの負傷兵だろう。


 右手に立つのは、ダークエルフ組。ブラスファロン国王は、ペレから取り返した王笏おうしゃく、ユミルの杖を握り締めている。それに魔道士フィーリー。あと側近達。もちろん、今や俺の嫁で、ダークエルフ側の調整窓口になったケルクスもいる。


 広い草原、ちょうど最初にペレが湧いたあたりの熔岩上に、白木で一時的な神殿が建てられ、能舞台のような演舞神域が設けられている。


 演舞神域の中央には、脚の長い真四角の奉納台があつらえられている。小さなテーブルほどの大きさ。ダークエルフとハイエルフに伝わってきた宝玉の欠片がふたつ、奉納台、エルフ模様の布の上にうやうやしく並べられている。事前に見せてもらったが、欠片というだけあって、石器時代の槍の先のような形。緑色の透明な鉱物に見える。


 演舞神域には、トリムとトラエの姉妹が立っている。ふたりとも、髪に白い鉢巻のようなものを巻いている。


 着ているのは、ハイエルフ伝統の巫女衣装だ。白銀に輝くローブのような巫女衣装ではない。俺も見たことのない、着物のような白い上着に、緑の裾広ボトム。ローブ衣装よりはるかに質素な服だが、オーラが凄い。おそらく、祖霊の力をマックスに纏っていると思われる神聖な衣装だ。


「始めてもいいのかな」


 両サイドに確認する。ブラスファロン王とケイリューシ王、双方が頷いた。


 今日はなぜか、俺が進行役を仰せつかっている。おそらく、ハイエルフやダークエルフ側のどちら側から見ても中立的な存在だからだろう。それにもしかしたら両種族から嫁を取った立場が考慮されたのかも。


「どちらの種族の方も、よろしいですか」

「いい。早く始めよ」


 ブラスファロンは、王笏を振ってみせた。


「お願い申す」


 ケイリューシ国王は、コルマー王妃の手を取った。


「なにせ宝玉の合一など、何百年ぶりのこと。心が急いてな」

「トリムにトラエ、頼む」


 大声を出した俺を遠目に見て、ふたりが頷いた。さすがに今日はトリムもトラエも茶化してこないな。時間が経ちようやく存在限界を回復したキラリンも俺の横に立っているが、こちらもいつものようにはヘンな冗談は口にしない。


「いー……」

「いー……」


 オーケストラのチューニングのように、トリムとトラエが声調を揃える。それから黙った。ふたりしばし見つめ合う。……と、突然動いた。


 祭壇の周りを踊り始めた。歌いながら。エルフ各種族の真祖と言われる存在に捧げる歌舞音曲だそうだ。名前すらわかってないらしいが。


 ハイエルフの巫女歌が複雑なのは、トリムやトラエの詠唱で知ってはいた。今回は加えて踊りも奇妙なものだった。


 ふたりでシンクロして同じ踊りを捧げたかと思いきや、急にそれぞれ別の動きをするなど、複雑だ。


 しばらくすると、トリムとトラエの体から、もやのようなものが立ち始めた。


「あれ、なんだ……」


 胸のレナに、小声で聞いてみた。


「自分の体を分解してるんだよ」

「はあ?」

「図書館長のヴェーダが言ってたでしょ、ご主人様。ハイエルフの魔法は、詠唱系とマナ召喚系のハイブリッド。危険な技だって」


 そういや、そんな話を聞いたわ。タマゴ亭王都支店で、ヴェーダがエルフの行商人「ラップちゃん」と飲んでるとき、聞き出したんだんだっけな。


「じゃああれ、詠唱によって自分の体を分解してマナとし、そのマナを用いてマナ召喚魔法を掛けてるってことか」

「うん。体を分解して生じたマナが、もやとして見えてるんだ。肉眼で見える程とか、信じられないくらい大量のマナが湧いてる証拠だよ」


 踊りから目を離さず、レナは頷いた。


「すごい霊力を感じるよ、ご主人様」

「体を分解して大丈夫なのか」

「究極魔法を使って極限まで分解すると、ヴェーダが言ってたみたいに、死んじゃうか廃人になる。でも多分、そこまでは力を使ってないんじゃないかな」

「そうだよな」


 たしかに。トリムは昨日も普段どおりだった。快眠快食、晩飯のときは病み上がりの俺のデザートまで奪い取って食ってたし、けらけら笑ってた。死ぬとわかってる前日の行為とは思えない。てかそうだったら怖いわ。


「それにしても……」


 長い。もう三十分は踊っている。


 普通体力持たないだろ。トリムもトラエも体つきはそこらの女子と変わらない。タマのように筋肉質ってわけじゃない。どこから力が湧いてるんだ、あれ。もしかして祖霊の力ってのを、霊界だかなんだかから汲み上げてるんだろうか。それとも肉体を分解したマナを用いているのかもしれないが。


 ちらと横を見たが、ハイエルフ王族もダークエルフ王族も、じっとふたりを見つめたまま微動だにしない。てことは、なにか問題が起こってるってわけじゃなさそうだ。


 ちょっと安心した。トリムが消えちゃったりしたら、辛すぎるからな。


 長く続いた踊りはやがて、最高潮に達したようだ。今はふたり両手を繋ぎ合い、祭壇の周りを激しく回っている。トリムの長い髪が、斜めに揺れている。詠唱の声も高まり、力が入ってきた。ふたりの体から立ち上るオーラ状のマナが、さらに光を強めた。


 と、祭壇の上の宝珠が、ころころと動き始めた。ふたつ重なるように。同時に、金色の光が宝珠から発せられる。


 ケイリューシ王が唸った。一歩踏み出ている。


「トリムニデュール、トラエンデュール、今じゃっ」


 王の声に応じるかのように、トリムとトラエが、踊りを止め、なにかよくわからない言葉を叫んだ。頭をのけぞらせながら。


「ご主人様、見てっ!」


 レナに言われるまでもなかった。ごうっと風が吹き、祭壇に殺到する。トリムとトラエの服や髪が天に舞うように揺れた。ふたつの欠片が一瞬、ストロボのように光り、俺は思わず目をつぶった。


 風は一瞬で収まった。目を開けると、祭壇にはトリムとトラエが倒れていた。


「トリムっ」


 思わず叫ぶ。祭壇に向かい、俺は走った。誰かの制止の声が聞こえ、怪我上がりの体も痛んだが、かまうもんか。儀式の決まりもクソもあるかい。ふたりは大事な戦友と、その妹だ。なにかあったら、俺は死ぬまで後悔する。

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