ep-9 宝珠合一、そして謎のエルフ
「大丈夫か、トリムっ!」
祭壇に駆け上がり、トリムを抱き起こす。
軽い。
トリム、こんなに軽かったっけ。体も熱い。四十度はありそうだ。
「しっかりしろ、トリム」
頬を撫でてやったが、目を開けない。
「くそっ」
首に手を当てたが、脈はある。
「……平」
うっすらと、トリムが瞳を開いた。
「トリム。トリムしっかりしろ」
「だい……じょうぶ。……トラエは」
トラエも、目を開けている。手を頭に当てて首を振っているから、意識が戻ったところだろう。
「トラエも無事だ」
「平……宝珠を見て」
祭壇に向かってよろよろ腕を上げかけたが、途中でぱたっと下ろしてしまう。
「待ってろ」
トリムをそっと横たえ、立ち上がって祭壇を見た。ふたつの欠片はもうない。というかひとつになっている。どこか欠けているようには見えない。普通に真球状。野球のボールくらいの大きさで、やはり透明な緑色。かすかな光が珠の奥で明滅していたが、すぐに消えた。
「やったねご主人様」
俺の胸で、レナが叫んだ。
「成功だよ」
「珠はくっついてるぞ、トリム。安心しろ」
「良かった……」
トリムは体を起こした。額に手を当て、瞳を閉じて頭を振っている。トラエも体を起こした。ふたりはもう大丈夫だろう。
「珠は合一した。成功だっ」
俺が叫ぶと、ハイエルフもダークエルフも、兵どもが歓声を上げた。フィーリーになにか耳打ちされ、ブラスファロン国王が頷いている。ケイリューシ国王はコルマー王妃と手に手を取り合い、こちらを見て笑っている。
トリムとトラエは、今は立ち上がり、手を繋いで珠を覗き込んでいる。
「やったねトラエ」
「うんお姉ちゃん。……疲れたねー」
「そうね。高レベルの奉納をしたの、初めてだったし」
「ふたりともよくやったな」
褒めてやると微笑んだ。
「まあ、あたしとお姉ちゃんがこの体を消費してまで取り組んだからねー。成功して当然というか」
自慢気に、トラエは俺を見つめてきた。
「ねえトラエ、踊ってる最中、なんか古臭い服のエルフの幻影見えなかった」
「うん。頭の中に湧いたよ、お姉ちゃん。伝説の真祖にしては服はもう少し新しい意匠だったし、あれ、誰なんだろうね」
「あの人、前も夢で見たことあるんだよねー。たしか平とキスして倒れちゃったとき。……年末に温泉行ったときだよね、平」
そういや、俺の刻印を受けて夢うつつになったとき、そんなようなこと口にしてたな。てか……。
「だったかなあ……」
とりあえず誤魔化す。
「うひょ」
トラエが目を見開いた。
「お姉ちゃんったら、エッチ」
目を細め、俺のこと、改めて検分するかのように見つめてきた。
「これがそんなにいい男かねー。あのお姉ちゃんが刻印を受けるほど」
「ほっとけ」
「まあいい男かもね。あたしにスイーツたくさんくれるんでしょ。ご褒美に」
「ああやるやる。だからそんな目をすんな」
コンビニスイーツなら安いもんだわ。
「いつものじゃ嫌だよ。特別なご褒美だからね」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「お姉ちゃんに聞いたんだけど、あっちの世界で、とんでもなくおいしいスイーツを食べ放題したとか。ホーテルとかいうところで」
「あー……それか」
トリムとデートして自前でケーキバイキングしたときの話な。たしかにコンビニスイーツとは比べ物にならないくらいうまいけどさ。
「それ、あたしにもごちそうして」
「そうは言うがなあ……」
「できるでしょ、平。キラリンに一緒に向こうの世界に送ってもらえばいいんだし。キングーと同じで」
「転送はできるな」
「ならあとは、あのホテルで食べるだけじゃん。……もちろんあたしも一緒だよ」
「はあ」
あーこれ、トリムがまた食いたいから妹焚き付けたんだな。まあいいか。トリムのメンタルをフォローしてやれって、タマにも言われてたし。丁度いいっちゃいい。キラリンにも振る舞ってやろう。あいつも傷ついたからな。
「わかったよ」
「やった!」
「平、大好きっ!」
ふたりで抱き合って喜んでるな。手配が面倒だけど、ブラックカードのカードデスクに、また全部頼めばいいや。
「平殿」
いつの間にか、ケイリューシ国王が神殿に上がってきていた。横にブラスファロン国王もいる。
「おう、たしかに宝珠が合一しておる」
ブラスファロンが唸った。
「これはフィーリーの奴も喜ぶであろう」
神殿下のフィーリーに手を振って合図している。国王以外は、誰も神殿に上がってきていない。てことは多分、俺が上がったのは掟破りなんだろう。
「少し待っておれ。宝珠をしばらく使うぞ、ケイリューシ」
「存分に」
ブラスファロンが大事そうに宝珠を持ち上げると、神殿を降り、フィーリーに見せている。周囲にエルフの人だかりができた。ハイエルフもダークエルフも交じり合って、ここから見ると、仲の良い種族に見える。太古のように。
宝珠に手をかざしたフィーリーが、瞳を閉じてなにか呟いた。それから目を開けると、ブラスファロンに耳打ちする。ブラスファロンは神殿上に戻ってきた。
「ケイリューシ、やはり延寿の力が発生していた。事前の取り決めどおり、平に使わせてもいいな」
「異論はない」
ケイリューシ国王は、俺の手を取ってきた。
「平殿は、ハイエルフとダークエルフ、双方の恩人。しかも妻帯により、もはや我らの同族となった身分じゃ。遠慮なく延寿を使ってもらいたい」
「正直、助かるよ」
「やったねご主人様っ」
レナも飛び上がって喜んでいる。
「これでご主人様の寿命も回復できるよ」
「回復……」
ケイリューシ王が眉を寄せた。あーそうか。ブラスファロンには交渉時にばらしたけど、ハイエルフのケイリューシ王には話してなかったな。俺が寿命を五十年も失ったこと。レナの軽口でばれちまったし、後でちゃんと話しておくか。
トリムとトラエはもう神殿を降りている。ハイエルフとダークエルフの戦士に取り囲まれ、握手攻撃でもみくちゃにされてるな。吉野さんはそんなふたりを微笑んで眺めている。
よし、あとは宝珠の力で延寿してもらうだけだ。
俺の体に、生きる意欲がみなぎってきた。
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