ep-10 第二の延寿
合一した宝珠は、さすがに現実世界に持ち帰るのも憚られた。万一無くしでもしたら、取り返しがつかない。
だからハイエルフ王宮の一室を借りて、延寿にした。
客間と思しき、一室。ハイエルフ王宮の他の部屋同様、簡素な作りだ。地下で窓もないから暗そうなものだが、例の苔かなんかで、天井や壁がそこそこ眩しく輝いている。
目の前の台、エルフ模様の布の上には、合一した宝珠が置かれている。布も宝玉も緑なので、とてもきれいに見える。
台を取り囲んでいるのは、俺のパーティーだけ。ケイリューシ王もブラスファロン王も遠慮するという話だった。唯一、ダークエルフの魔道士、フィーリーだけ、参列している。どうしても秘跡の瞬間が見たいとのことだ。
「ドワーフの掘り当てたアーティファクト同様、握り締めて祈ればいいんだよな。俺の命を延ばしてほしいと」
「そうそう。間違ってエッチなこと考えちゃダメだよ、ご主人様」
「それ、前回も聞いた」
レナの軽口に笑う気にもなれない。なんせこっちは寿命回復が掛かってるからな。
「じゃあやるか。爆発とかはないとは思うが、念のため、みんな少し離れててくれ」
「大丈夫だ、平」
フィーリーが口を挟んできた。
「祖霊の力だ。周囲に害をなすはずはない」
「ならいいか。……始めるぞ」
俺は両手で珠を包み、瞳を閉じた。前回より珠が大きい。なにか珠が震えたり発熱したりしても驚いて落とさないよう、手に力を込めた。
――頼む。俺の寿命を戻してくれ。なるだけ長く。五十年縮んだ寿命、前回八年回復した。だからできれば、あと四十二年頼む。そうすれば、俺はもう延寿探しから解放されるんだ。頼む……。
――キン――
頭の中で、氷が解け割れるときのような音がした。前と同じだ。続いて、謎の声が。
――イェルプフ、ドラージ、ハヤテ――
――祖霊の力に依りて――
――汝に
――シャイア・ブルトレア――
と、手の中の珠が、予想通り熱くなった。これも同じだ。俺はさらに手に力を込めた。必死で熱を堪えていると、珠からなにかが、俺の手に入ってきた。手のひらから前腕、上腕、そして肩を透して全身に。ちょうど、血管を熱湯が流れているような感じ。酒を一気に煽ったかのように、体がかっと熱くなる。
――採納終了――
――二三九一日――
それきり、声は途絶えた。ふと気づくと、珠や体の中に感じられた熱も、もう消えている。
俺は瞳を開いた。みんな、俺を見つめている。
「……終わった」
「ご主人様、延寿はどうだった?」
レナが飛んできた。
「ああ。成功した」
「やったねっ」
「ちょっと待ってな」
謎スマホを取り出すと電卓ツールを起動した。キラリンに聞けば脳内計算で秒だが、こと寿命だからな。しかも前回は三〇九〇日、八年ちょいの回復だったから、それより短いのは確かだし。心配させたくはない。
……六年ちょいか。
俺は、ほっと息を吐いた。四十二年の回復どころか、また一桁年だけの寿命追加だった。でもなぜか、この間ほどは絶望を感じない。あの経験でハードルが下がったのかもしれない。
「うん。二三九一日、つまり六年くらいは回復したぞ」
「良かった……」
レナが抱き着いてきた。
「おめでとう、平くん」
「ありがとうございます。吉野さん」
「良かったね、平」
「ああ、頑張って合一してくれたトリムのおかげだよ」
「……平気か、ボス」
「ああタマ。前回はちょっと恥ずかしいとこ見せちゃったけど、今回の俺は元気そのものだ」
「また延寿アイテム探せばいいしね」
キラリンは頷いている。
「……その前に、おいしいもの、いっぱい食べようね、お兄ちゃん」
「平さん、良かったですね」
「ああ。キングーにも助けてもらったしな。あのペレ戦で」
「今晩、宴会ね。四月に入ったし、最後の鍋でもやる?」
「いいですね、吉野さん」
「じゃあ、帰ったらスーパーにみんなで買い出しね。たくさん買うから、手が欲しいし」
「これが延寿か……」
フィーリーは、ほっと息を吐いた。
「すごい霊圧だった。見せてもらって感謝する。一生に一度の体験だった」
「いいんだよ、フィーリー。……ところで」
ちょうどいい。ここで聞いておくか。この後はハイエルフのケイリューシ国王に宝珠返還方々、延寿の次第を報告しないとならない。忙しくなる。
「前回も今回も、イェルプフ、ドラージ、ハヤテって、声が聞こえたんだ。イェルプフはエルフの伝説的英雄らしいし、ドラージはドワーフの真祖ってことだった。ハヤテってなんだかわかるか。ここだけ意味不明でさ」
「ハヤテ……」
フィーリーは、天井を見て瞳を閉じた。口の中でなにかぶつぶつ呟いている。
一分ほどそうしていたが、やがて目を開いた。
「私は知らんし、祖霊もはっきりとはわからんそうだ。悪いな」
「やっぱりか」
「だが、伝説のイェルプフやドラージと並べていたのだ、古い時代の人名だろう。英雄とかな」
「そこまでは俺達も思いついた」
「それに祖霊が言うには、それはおそらく別大陸の名前だろうと」
「別大陸か……」
そこに行くには海を渡らないとならない。いずれ行く機会があるかもしれんが、当面、放置だな。
「んじゃああとひとつ、シャイア・ブルトレアってのはなんだ」
「少し待て」
フィーリーはまた祖霊に聞いてくれたが、やはりわからなかった。
「ご主人様」
レナはもう、胸の定位置に収まっている。
「ご主人様のお祖父様は、こっちの世界に転生して、シャイア・バスカヴィルって呼ばれたんでしょ。
「やっぱりそうなのかな」
それは考えてはいたんだ。平がシャイア、凡人がバスカヴィル。俺は
「いずれにしてもご主人様、三〇九〇日と二三九一日ってことは、合計で十五年と数日の寿命回復だよ。つまりご主人様は、今、実質六十一歳だね」
「そうだな」
二十五歳で五十年歳取って、十五年回復。誕生日が過ぎたから一年歳取って、計算すれば六十一歳だ。
「お兄ちゃん。六十一歳なら、まだサラリーマンの定年前だよ。今は六十五歳定年が普通だからねっ。つまりお兄ちゃんはもう、後期高齢者からバリバリ現役で働ける社畜に戻ったってことだよ」
「しゃ、社畜っ!?」
吉野さんが呆れてるな。
「あ、ありがとうな。キラリン」
元気づけてくれてるんだ。素直に喜んでおこうw
それに六十一歳なら、運が良ければあと二十年くらい生きていられる。二十年も生きられるなら、これ以上寿命が延びなくても、まあいいと思うわ。
とはいえ俺が「老衰」で死ぬ頃、吉野さんはまだ四十代だ。吉野さんのためにも、あと少し、寿命は回復しておきたい。
「大丈夫だよ、キラリン」
レナが声を張り上げた。
「ご主人様はね、実質七十五歳になってたときだって、精力絶倫の社畜だったからね。なんせ吉野さん相手に一晩八――ムグーッ」
レナの口を塞ぐ。俺もうこれ慣れてきて、無意識にできるようになってるわ。
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