4-4 ネームドモンスター「化蛇」

「じゃあ海にモンスターが出るってのか」

「いや」


 俺の問いに、栗原は首を振った。茶の椀を持ったまま。


「海じゃなくて、海と繋がる汽水湖だ。浜名湖並に大きいし湖だけに荒れないから、貝や魚の好漁場らしい。そこにいつの頃からか、モンスターが棲み着いて困ってるんだと。海から来た、ネームドモンスターだ」

「ネームドか。……そりゃあ厄介だ」


 深刻な顔で、栗原が頷いた。ネームドとくれば、中ボス級でもかなり上位だ。とんでもない厄介事の予感がする……。


「平くん……」


 吉野さんが、テーブルの下で俺の手を握ってきた。


「水陸両棲のモンスターらしい。俺と山本のパーティーだと絶対手に余るからな。なんと言っても、俺はまだ異世界初心者だ。雑魚敵くらいなら経験も積んだが、中ボスクラスなんてとっても……」

「俺達は戦闘向けのチームじゃないんだ」


 山本が口を挟んできた。言い訳はいいから、お前は黙ってろ。話がややこしくなるだけだし。


「……まあ山本もこう言ってるし」


 栗原は苦笑いしている。


「それでまあ、平のチームに協力を仰いだって次第だ」

「なるほど」


 変にプライドにこだわって自分達だけで無茶しないところは栗原、賢いな。さすが営業でタンク役として器用に生き残ってきただけある。


「栗原くんを助けてあげようよ、平くん」

「もちろんです。吉野さん」

「助かります、吉野さん」


 栗原が、吉野さんに頭を下げた。


「それで栗原、なんてモンスターなんだ」

化蛇かだじゃ」


 背後から声が掛かった。見ると顔中皺だらけの……というか皺の中に顔がある、爺さんだ。かなりの歳だが腰など曲がっておらず、粗末な漁師服から覗く腕は筋肉でパンパンになっている。


「わしはこの村の長、トの長」

「トの長さんか……。カダってのは、どんなモンスターです」

「昔は海に出たんじゃ」


 俺の斜向かいに座ると、話し始めた。


「そう伝説にある。あんたらも知っているだろうが、はるか昔は、海のモンスターは弱く、漁師はずっと沖で漁していたんじゃ」


 それは聞いている。今では沖に強力なモンスターが出るんで、別大陸とは完全に隔絶されたんだよな。


「わしらの祖先は勇猛でのう。遠洋で漁をする一方、はるか昔には、新天地を求め別の大陸と交易をしておったのだ。当時はまだ海の魔物も強くなかったし、航海技術さえあればできたからのう」

「そうらしいですね。人も運んだとか聞いてます」

「この大陸が戦乱で荒れた時代には、危険を避けるため、あちらに随分移住したと伝えられておる。わしらの先祖が、彼らを随分運んだとか。種族ごと移民した連中もいたそうじゃ」


 やがて中ボスクラスのモンスターが沖に湧くようになると、交易も遠洋漁業も途絶えたという。


「でまあ、わしらも沿岸で小魚を獲ったり貝や海老を突いたりと、地味な暮らしになった」


 そこまで一気に語ると、ほっと溜息をついた。


「……沖に出られなくなった理由のひとつが、化蛇での。そいつが最近、なぜか湖に棲み着きおって……」


 溜息を漏らすと、自分の茶を、一気にあおった。


「遠洋を失い、湖も使えなくなったら、わしらは食いっぱぐれるわい」

「どんなモンスターなんです」

「大蛇に似ておるが脚もあって、人の顔。それに羽が生えている」


 キメラみたいな感じかな。


「お兄ちゃん」


 キラリンが口を挟んだ。


「二千年以上前の中国のモンスターに、同じ名前の奴がいる。化けるに蛇と書いて、化蛇」

「はあ、漢字があるのか」


 キラリン、例によって脳内検索したんだな。


「紀元前四世紀の中国の奇書に、山海経せんがいきょうってのがあるんだけど、そこに化蛇が出てくるよ。読むね――」


 立ち上がると目を閉じて、漢詩を詠むような調子で、朗々と歌い始めた。




 化蛇かだ鶴翼かくよく大蛇だいじゃにして 大河たいが隠棲いんせい

 人面じんめん豹脚ひょうきゃく 哀れ気に泣き叫び これ女も男も喰らう

 いわん赤子あかごをや――




 中学生みたいな見た目のキラリンがはるか昔のモンスターを知っていた上に、滔々とうとうと漢文をそらんじた。これに栗原も山本もびっくりしてるな。まあ元が異世界謎スマホとは、誰も想像できんしな。俺も説明する気ないし。


「はあ。羽の生えた蛇みたいなもんだな、やっぱり。シムルグールといい、最近、ニョロニョロに縁があるな、俺達」


 考えたらドラゴンも仲間みたいなもんだし、俺、蛇系と因縁があるのかも。先祖……たとえばこの異世界に転生したとかいう爺様が、向こうだかこっちだかで蛇使いや蛇殺しだったとかさ。


「この化蛇、どういう攻撃を仕掛けてくるんだ」

「大昔の伝承だから、あんまり当てにならないよ。お兄ちゃん」

「毒じゃ」


 トの長が口を挟んできた。


「離れたところから毒を吐く。即死毒をな。こちらが攻撃しようとすると水に沈む。……で、こちらの背後から急に現れてまた毒を吐く。もちろん、肉体攻撃も馬鹿にできない。なにせ体長八メートルくらいはあるでな」

「毒かあ……」


 毒ならキングーが中和するから問題はない。でも地の利を生かしてのヒットアンドアウェイ攻撃をしてくるとなると、厄介だ。


「どうでしょう吉野さん、それに平。こいつ、どうにか退治できそうだろうか」

「そうね……」


 吉野さんは、テーブルの陰でまだ俺の手を握っている。かわいいなあ、吉野さん。


「そうした検討、平くんは得意。なにしろウチのチームの戦略頭だからね」


 あくまで自分がチーム長という俺と吉野さんの「体」をキープしたまま、俺を持ち上げてくれた。さすが吉野さん。判断力あるわ。俺がパーティーリーダーなの、会社には秘密だからな。


「そうだな。だいたい考えたよ」

「おう。さすがは平だ。相談して良かった」

「危険じゃないんだろうな……」


 山本は眉を寄せている。栗原より一年くらい長く異世界にいるというのに、度胸のない奴だ。山本の使い魔、シーフ二体は、一言も口を利かない。細い目で俺達をじっと眺めるだけ。なにを考えているのかわからない奴らだな。そら盗賊なんだから、そういうものかもしれないが。


「危険はあるさ。当然だろ」

「なら止めないか。こんな寒村、どうなろうが俺達は関係ないし」


 山本の失礼な侮蔑にも、トの長は、黙ったままだ。山本を睨みもしない。貧しい身なりの長のほうが山本より、よっぽど人格者だな。


「落ち着け山本」


 栗原が叱咤した。


「まず、平の案を聞こうじゃないか」


 もっともな判断だ。逃げるのはその後でもいいからな。今騒ぐのは、山本のような間抜けだけだわ。


「いいか。こうやるんだ――」


 俺の提案は、長く続いた。

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