4-3 Iリサーチ社、栗原チームの頼み事
「悪いな、平」
海辺の漁村に転送されてきた俺とパーティーを見て、栗原は微笑んだ。今日は栗原の頼み事があるという話だ。
「そっちは経営企画室の仕事があるのに、俺の案件、押し付けて」
「いいんだよ、栗原。三木本Iリサーチ社は、俺と吉野さんの古巣。そこの困り事と来れば、手伝わないわけにもいかないだろ」
「助かる。……ところで」
栗原のパーティーを、俺は見回した。リーダー栗原の脇に、俺達の同期、山本が立っている。不満げな顔だ。山本の後ろに、あいつの使い魔、シーフ二体が隠れるように立っている。
そして栗原の脇に控えているのが、ライオン的なモンスター。ライオンを倍くらいに拡大コピーしたようなサイズ。ライオン色というより、トラくらいに明るい黄色で、トラ猫のような黒い縞が、薄く入っている。
筋肉質で、脚は太め。頭は大きく、首周りをエリマキトカゲのようなたてがみが取り囲んでいる。ライオンのような毛のたてがみでなく、皮膚っぽい感じだ。
「こいつが栗原の使い魔か」
「ああ。ネメアーのレオだ」
自慢気に、栗原はネメアーの肩をポンポン叩いた。サーベルタイガーのように長い牙が口から覗いているが、招き猫座りしてるから、なんだかかわいい。瞳を細め、栗原が体を撫でるのを、気持ち良さげに受けている。
「凄いな。こいつは頼りになりそうだ」
「だろ」
想像以上にでかかった。
「でもこれ、食事大変じゃないか」
「まあなー」
苦笑いして説明してくれた。なんでも、朝大量に生肉を持ち込んで、探索の前に食わせるらしい。強いモンスターで数日の絶食は問題ないらしいが、一応一日一回は食べさせているという。
「ネメアーなど、久しぶりに見たな」
頭くらい、ひと咬みでもがれそうなのに恐れもせず、タマがずんずん歩み寄った。
「なかなか強そうな個体だ。毛並みもいい」
タマが寄るとネメアーはごろりとひっくり返り、腹を見せた。初見のタマになついてるじゃん草。
「よしよし」
しゃがみこんで、タマが腹を撫でている。ネメアーのレオが、ごろごろと唸った。
「こいつは今の主人が好きだと言っている。相性がいいんだな」
「レオの言葉がわかるのか」
栗原が目を剥いた。
「使い手の俺でさえわからないのに」
「言葉じゃなくて、感応だな」
腹を撫でながら、タマが答える。
「タマは猫獣人ケットシーだからな。おそらく猫っぽいモンスターとは意思が通じるんだろう」
意思が通じるんだから、知性もあるということだ。実際、聞いてみるとレオも、栗原からの指示はしっかり理解できるらしい。レオ側からは言葉でコミュニケーションできないだけのようだ。
「それにしても平さん……」
山本が口を挟んできた。俺の機嫌を窺うような目で。自分の使い魔シーフに似てきたな、山本。
「平でいいよ、これまで通り。山本、俺達同期じゃないか」
「でも平さんはシニアフェローで、社長の側近。俺からすれば殿上人だ」
川岸が更迭され、影に隠れられる相手がいなくなった途端、へりくだってきやがる。相変わらず、情けない男だ。これまでさんざっぱら川岸のケツ舐めてたくせに。次は俺のケツ狙ってるのかよ。
「気にすんな。……それよりなんだ、山本」
「平さ……平のパーティー、いつの間にか随分増えたなと思ってさ」
感心……というより、唖然としている感じだ。
「ああ、これか……」
俺は背後を振り返った。吉野さんタマレナトリム。それにキングーにキラリン、ケルクスもいる。
「俺、第一次使い魔コンプリートして、第二次使い魔も召喚したからな。……それに旅の仲間の客人もいるし」
天使の亜人がアンドロギュノスだとかダークエルフの現地嫁ができたとか、全員でイチャイチャ同棲中で同じベッドの雑魚寝状態とかは、話さない。会社で噂を流されたら面倒だからな。反社長派の川岸は更迭させたから山本は中立とは思うが、万一向こうに取り込まれていたら困る。
「しかもかわいい娘ばっかりじゃないか。いいなあ……」
心底、
「あたしはトリム。平のよ――」
「自己紹介はいいよ、トリム。後で俺がみんなを紹介するから」
「う、うん……」
嫁とか自称されると噂が面倒だからな。トリム、ケルクスが来てから焦り気味だよなあ……。ちゃんと後でフォローしておいてやろう。
「それより案件に入ろうや。栗原、説明を頼む」
「そうだな。この漁村には漁師小屋がある。村の食堂を兼ねているようなところでな。そこで茶を飲みながら話そう。立ったままってのもなんだし」
「おう。頼む」
素朴な漁師小屋で、窓から海を見ながら栗原の話を聞いた。ネメアーのレオだけはでかくて入れないので、小屋の外で、それこそ招き猫のように行儀良く座っている。漁師がくれたでかいカニを殻ごとバリバリ食ってるな。魚介もいけるのか……。
「俺達は、平のアドバイスに従い、河原を進んだんだ」
栗原は口火を切った。
当初の計画通り、栗原のチームは、川沿いで鉱石調査・サンプル採取を繰り返しながら下流へと進み、ここ海辺の漁村に辿り着いたそうだ。そこで調査を始めようとしたところで、漁師に頼まれ事をした。それが……。
「じゃあ海にモンスターが出るってのか」
「いや」
俺の問いに、栗原は首を振った。茶の椀を持ったまま。
「海じゃなくて、海と繋がる汽水湖だ。浜名湖並に大きいし湖だけに荒れないから、貝や魚の好漁場らしい。そこにいつの頃からか、モンスターが棲み着いて困ってるんだと。海から来た、ネームドモンスターだ」
「ネームドか。……そりゃあ厄介だ」
深刻な顔で、栗原が頷いた。ネームドとくれば、中ボス級でもかなり上位だ。とんでもない厄介事の予感がする……。
「平くん……」
吉野さんが、テーブルの下で俺の手を握ってきた。
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