9-8 一撃
「やれっ! みんな!」
鼓膜も破れよとばかり、俺は大声を出した。
「うん」
「平くん」
「トリムの仇!」
「思い知れっ」
俺の叫びに、仲間が全員反応する。
悲鳴のような音を立てて、ファイアボールが俺の頭を掠り、ルシファーに向かった。ケルクスの魔法攻撃だろう。吉野さんの激しい稲光も同時に。キングーとエリーナの投げた火炎弾が、頭上に放物線を描いた。
「うおーっ!」
あっという間に、タマが俺を追い越す。ものすごい速度だ。
「よくもトリムをっ!」
「無駄だと言っておろうに……」
ファイアボールとライトニングが着弾したが、ルシファーは唇を曲げたまま笑うばかりだ。俺を狙っていた指輪攻撃を、間近に迫ったタマに向け直す。
「ほれ」
「やっ!」
指を弾かれた瞬間、タマは信じられないくらい大きく、横に跳躍した。
「二度は喰らわん」
駆け込むと、ルシファーの頭に、きれいなハイキックを連発で見舞う。
「無駄よ無駄」
ルシファーはよけもしない。タマの連発も、わずかに首を傾げさせるくらいの効果しかない。
「死ねっ」
そこに、火炎弾が着弾した。同時に、ケルクスと吉野さんの魔法二発目も。
「くすぐったいだけだわ」
よし、かかった――!
俺達は、倒すために攻撃していたわけじゃない。魔法や火炎で野郎の視界を遮り、タマの攻撃で気を逸らすためだ。そこに――!
「母様の仇、今こそ思い知れっ」
ルシファーの背面上空に、サタンが現れた。背中をキラリンに抱かれたまま。空間をテレポートして。
「なにっ!」
サタンの声に慌てて振り返ろうとしたが、もう遅い。
「防御破壊。レベルマックス!」
地面に落ちながら、握り締めた拳をルシファーの頬に叩き込む。重力を生かした、きれいな右ストレートで。サタンの拳から、炎のような紅の軌跡が生じている。魔力皆無の俺にもわかるほど、強い魔力を感じる。
「ぐふっ!」
ルシファーがよろけた。
「サタン……お前、魔力継承が……」
初めて、苦しげな声。殴られた顔が、反動で大きく歪んでいる。
よし、無敵バリアを突き破った。いいぞサタン!
「消えろおおおおおおっ――!」
「ソロモンの
「うお」
ルシファーが驚いたような叫びを上げる。その瞬間、俺の手に、ぐっと大きな手応えがあった。固く詰まった米俵を槍で突いたような。
「まさかっ! そ――」
遠慮なし。俺の杖は、野郎の腹にぐいぐい食い込んでいく。これまでの恨みを込めた力で。
「そ、それはもしや――」
「死ねっ!」
そのままの勢いで、野郎にぶち当たった。杖が背中まで突き抜ける。
「ぐあああああーっ!」
二、三歩よろけた。傷から血は出ない。代わりに、大きく開けた口からどす黒い煙が、どろりと流れ出た。
「それは……もしや……ソ……」
目玉が引っ込んだ。眼窩から、大量の煙が噴き出す。
「ソロモン王の……アーティ……ファクトがここで全て揃うとは……。もしやお前は……ソロモン王の予言……にある匕……」
がくっと膝を折った。目と口、今では耳からも大量に煙を噴きながら。バキバキと骨の折れる大きな音を立てながらべこりと体が凹み、空気の抜けた人形のように野郎の体が折れ縮んでゆく。
「おのれ……平。許しはしない。最後のの……呪いを……お前……に。邪の火山よ、こいつらに煉獄の呪いを……」
そこで事切れた。あとはただ、しゅうしゅうと黒い煙を噴き出す抜け殻が残るだけだ。
「この、カス野郎っ」
頭を踏みつけてやった。ぐにゃりと、気味の悪い感触がする。そのとき、上空で悲鳴が上がった。見ると、三体のシムルグールが、大混乱に陥っている。おそらく、飼い主であるルシファーが滅び、司令塔を失ったからだ。エンリルとイシュタルが、一体ずつ血祭りに上げ始めた。
「よし」
「ご主人様、指輪を取って」
「なに」
「あーもう、ボクが取ってくる」
胸から飛び立ったレナが、抜け殻のルシファーからソロモンの指輪を回収してきた。
「これもあった」
体の下に残されていた、麻雀牌くらいの大きさの、なにかを抱えている。
「なんだこれ」
よく見たら本だ。開くと、見たことのない細かな字や図形、紋章らしきものがびっしり書き込まれている。
「カンニング用辞書かよ」
「『ラジエルの書』だよ、絶対」
「ああ、ソロモン王三つめのアーティファクト」
そう言えば、ルシファーが持っていたって、アールヴの生き残りが言ってたな。たしかすでに、ルシファーがその魔力を使い尽くした後だって話だが……。
「忘れてたわ……うおっ!」
突然、地面が大きく揺れた。
「やだっ!」
ミネルヴァの大太刀を抱えたまま、吉野さんが尻餅をついた。
「ボス、噴火だ」
タマが唸る。言われるまでもない。大音響と共に、邪の火山が噴火を始めている。火口から大量の火山弾と噴煙を噴き、溶岩流が山裾あらゆる方角に向かって流れ始めている。
「逃げるぞ。キラリン頼む」
「ダメっ!」
真っ青になっている。
「せっかく回復した能力、また封じられた」
「婿殿。ルシファーの奴が、死に際に呪いを掛けたのだ」
ケルクスが眉を寄せた。
「この噴火もそうだ」
「くそっ!」
「大変だよご主人様。熔岩が凄い速度で……」
レナは真っ青になっている。
「わかってる」
「あっ!」
すぐ脇に一メートルほどの火山弾が着弾し、また吉野さんがよろけた。大音響と共に、地面が激しく揺れる。
「くそっ!」
噴火の火砕流は、新幹線なみの速度だっけ……。今となってはもうどうでもいい知識が、頭を駆け巡る。逃げようがない。熔岩はすでに数百メートルほどに迫っており、熱気で肌が火膨れになりそうだ。走って逃げられるはずもない。
「みんな集まれ」
「平くん」
「ボス」
「平さん」
「ひとかたまりになって抱き合うんだ」
寄り添ったみんなを、抱いてやった。
「ありがとうみんな。俺なんかについてきてくれて」
「婿殿……」
「熱いよ、お兄ちゃん」
「平気よ、キラリンちゃん。……もうすぐ、トリムちゃんと会えるから」
「吉野さん……」
キラリンは吉野さんの体をぎゅっと抱いている。
「平さん、僕……」
「泣くなキングー。いいんだ。お前の力は自分でコントロールできるもんじゃない。気持ちはわかってる」
「平さん、私……」
エリーナが抱き着いてきた。
「わずかの間でしたけれど、平さんや皆さんの仲間になれて幸せでした。今までの人生でなかった、心の平安を得て……」
「ご主人様、熔岩が!」
頭上を飛び回り逃げ道を探っていたレナが叫ぶ。
「来いレナ。お前の居場所に」
「ご主人様……」
胸に潜り込んできた。
「好き……」
泣きながら、俺の胸にキスしている。もう熔岩は二十メートル先。あと数秒だろう。
「みんなありがとう。俺はみんなを――うわっと!」
体が持ち上がった。ぐっと。タマやケルクス、エリーナと共に、大きな鉤爪に腹を掴まれて。
「余も話に混ぜてくれ。退屈でのう」
「エンリル!」
「我もな。我らは汚らわしいモンスターと戦っていたというに、地上では抱き合って乳繰り合うなど、ずるいではないか」
「イシュタル」
イシュタルは、吉野さんと残りのパーティーを掴んでいる。地上を見ると、俺達の立っていた場所が、今まさに熔岩に飲まれたところだ。
「シムルグールは」
「安心しろ。全て叩き落とした」
「全く、我らの祖先を汚しおって」
なにかよくわからない言語で、イシュタルが唸った。ドラゴンの呪詛かなんかだろう。
「火山弾が飛んでくる。熔岩と共にのう」
「だから全員動くなよ。飛ばすからな。落ちても責任は取れんぞっ!」
揃って吠えると、エンリルとイシュタルは大きく羽ばたき、火山地帯から一気に離脱した。
●次話、第五部エピローグ「救済の海辺」
ここまでご愛読ありがとうございました。
第五部完結、さらに第六部に向けて突っ走ります!
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