第五部エピローグ
ep-1 救済の海辺
火山弾の被害を受けないよう、エンリルとイシュタルは信じられない速度で離脱した。聞こえるのは、腹を轟かすような噴火の轟音、それに頬を切るような風切り音だけ。あまりの加速度に脳の血流が追いつかず、気を失いそうになる。
「平」
轟音に負けじと、エンリルが叫んだ。
「な……なんだ」
「迎えが来ておる。あの断崖に」
「なに……」
風に負けないよう手で瞳を多い、わずかな隙間から先を見た。火山の女神ペレが出現した水辺だ。断崖の上、熔岩の上に早くも生え始めた草原に、人影が見える。数十人ほど。
「あれは……」
「ハイエルフだ。……人間の視力ではわからんか」
「降りてくれ」
「そのつもりよ」
急減速すると、断崖の上にふわっと浮遊。一メートルほどの高さで鉤爪を開き、柔らかそうな草の上に俺達を優しく着地させた。
「目が……回る」
これまで経験がないほどの加速度で飛んできたせいか、平衡感覚がおかしい。頭を振って正気を保とうと努めた。ドラゴン二体は、背後に大人しく控えている。
「みんな……無事か」
「ええ」
「うん」
「婿殿……」
ばらばらと、返事が返ってくる。
「平殿」
ハイエルフ一団の先頭に立っているのは、ケイリューシ国王だ。なぜか隣に、ダークエルフのブラスファロン国王と側近魔道士のフィーリーもいる。ダークエルフからは、そのふたりだけだ。
「ルシファーめを討ち取ったか」
「はい」
「うむ」
頷いている。
「見事なり」
珍しく、ブラスファロン国王にも褒められた。
「平の活躍、ダークエルフにて長く語り継がれることであろう」
「それよりお姉ちゃんは」
人混みを掻き分けて、トラエが出てきた。
「お姉ちゃんが居ない」
泣きそうな顔で見回している。
「昼寝の時間にあたし、恐ろしい痛みを感じた。魂に。だから国王に頼んで、平が出発したここまで飛んできた。あの痛みは……お姉ちゃん。……ねえどこなの、お姉ちゃんは」
「……」
誰も答えない。吉野さんはうつむいている。タマは唇を噛み、エリーナの瞳には涙が輝いている。感情表現に乏しい天使の子キングーでさえ、悲しげな瞳だ。
「……すまん」
「うそっ!」
すがりついてきた。
「嘘でしょ平。嘘だと言ってよ。いつもみたいに、ただの冗談だと」
俺を見上げるトラエの瞳から、涙が次々に湧いてきた。
「俺達は……全滅寸前だった」
喉になにか詰まったかのように苦しい。それでも俺は、なんとか言葉を紡ぎ出した。苦しいが、話さないとならない。トリムの気高い献身を。それは俺の義務だ。
「戦いの場に、トリムは最後に立った。自らの身を犠牲に、禁断の魔法を起動して……」
「そんな……」
トラエは絶句した。流れる涙を拭いもせずに、嗚咽している。
「平のバカっ! お姉ちゃんを守ってくれるって言ったじゃない」
「俺のせいだ」
「馬鹿。馬鹿馬鹿っ!」
俺の胸を叩きながら、叫ぶ。
「これが……」
珠を出した。
「抜け殻だ。トリムの魂の」
「やだっ!」
ひったくるように奪うと、胸に抱く。
「感じる。これお姉ちゃんだ。お姉ちゃんの欠片だわっ!」
「すまん……。俺の実力が足りないせいで……」
大声で泣くトラエを抱いたまま、俺は崩折れた。
「すまん……」
心に大穴が開いている。戦闘中は夢中で気が付かなかったが、あの瞬間から俺の魂は死んでいたんだ。トリムと一緒に。
「トリム……」
視野がぼやけた。俺、泣いているのか……。周囲をハイエルフやダークエルフに囲まれてはいるが、涙を押しとどめることはできなかった。
「……」
全員押し黙って、俺とトラエを見守っている。
「トリム……」
喪失感と後悔、絶望が俺の心を支配する。
「俺はもう……だめだ……」
思わず口をついた瞬間、俺の頭は温かなもので包まれた。胸だ。チェインメイルを脱いだ吉野さんだ。戦闘用の下着姿になって……。
「しっかりしなさい!」
強く抱かれた。
「しっかりしなさい、平くん。あなた、私達群れのリーダーでしょ。男じゃない」
「でも……トリムが……」
脳裏にトリムの笑顔が浮かんだ。怒った顔も、キスされて恥ずかしがる表情も。
「トリムが……」
「トリムちゃんは死んでないわ」
「けど……」
「体が分解して、魂の素になっただけ。珠があるでしょ、トリムちゃんの珠が。元に戻せるわ」
俺とトラエの額に唇を着けると、また胸に抱いてくれた。温かで強い鼓動が聞こえる。
「究極魔法を使ったハイエルフは死ぬって。実際トリムは……」
「王立図書館長のヴェーダさんが言っていたでしょ。運が良ければ死なずに済んで、抜け殻が残ると。トリムちゃん、ちゃんと殻が残ったじゃないの。平くんのことが大好きだからよ。強い想いが結晶となって、それで魂の欠片だけは残った。……復活させればいいだけよね」
「でも……どうやって」
ヴェーダとそんなような会話をした覚えはある。でもそれははるか昔。思い出せない。心は絶望に包まれている。
「復活には大量のマナと特別な魔法が必要。その魔法はこの大陸からは失われ、別の大陸にあるって。そう教えてくれたでしょ」
「ご主人様」
レナも俺の首に抱き着いてきた。
「ボクも覚えてる。ヴェーダさんが教えてくれたよ、たしかに」
「別の……大陸……」
「そうよ平くん。あれを見なさい」
胸に抱いたままの俺の頭を、海に向けさせた。
「私達はあれに乗る。乗って大海を渡り、もうひとつの大陸に向かう。復活の秘法が眠る地に」
吉野さんが指差す先。岸辺には船が浮かんでいた。火山の女神ペレから贈られた、俺の船。
寄せては返す穏やかな波に、船体を揺らしながら。
(第五部 「邪の火山」編 完結)
■第五部、ご愛読ありがとうございました。
いかがでしたか。平チームの全力戦、書いていても熱くなりました。楽しんで頂けたなら幸いです。
あとトリムは辛いですが、復活させます! 必ずや! 平を信じて待ちましょう。
引き続き、「第六部 新大陸ドラゴンパンゲア編(仮題)」プロローグを公開します!
平いいぞ。もっともっと大暴れしろ。異世界でも現実でも!
吉野さんみたいな優しいヒロインが好き!
トリム復活祈願!
――などとワクワクしていただけたら、フォローや星での評価など、応援よろしくです。
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ちなみにヴェーダが解説していた回は、第四部「2-9 ハイエルフの秘密」です。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982/episodes/16816700426153003685
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