3-4 臨時取締役会議の朝
「……」
なにか夢を見ていた。意味深な夢。レナを呼んでの夢魔パーティーはしていない。純粋な俺の夢だ。なにせ今日は臨時取締役会の日。夜通し淫夢を見るわけにはいかない。とにかく深く眠って緊急事態に備えておかないと。
「……」
夢の世界から、俺は離脱した。どこからか、呼ばれているから。
「……」
わかった。枕元のスマホが振動しているのだ。
「……平くん」
裸の吉野さんが、俺の胸を撫でていた。やんわり、起こしてくれているのだろう。
「ほっときましょう。まだ眠い……」
朝っぱらから強制通話とか、どんな拷問だよ。
吉野さんとトリムの体を抱き寄せると、胸をいたずらした。俺に胸をまさぐられながらも、トリムは夢の中だ。
「……」
「……」
「……」
一度切れた着信は、三度も繰り返された。
「……くそっ」
やむなく、体を起こす。吉野さんがふざけて、俺の腹に唇を寄せてきた。舌でちろちろ舐めてくれる。だんだん下へと。
見ると、着信は社長からだった。午前六時二十一分。どうにも、嫌な予感しかしない。
「なんすか、社長」
ゆっくりと前後する吉野さんの頭を撫でながら、通話に出た。トリムはまだすうすう眠っている。
「大変だ、平くん」
切迫した声だ。どうやら俺と吉野さんのハッピー恋人ライフを邪魔しに来たのではないらしい。
「落ち着いて」
「北上が」
「はあ? 来た……って、誰が」
早口なんで、聞き取れない。
「北上だ」
「北上?」
「社外取締役。三猫銀行常務」
「ああ北上さん。……うっ」
「どうした」
「いえ……なんでも」
「息が荒いぞ」
「社長こそ」
ごまかした。今まさにイッちゃったからな。社長にあの声聴かれるとか、恥ずかしすぎる。口で包むように俺の精を受け入れている吉野さんの髪を、くるくるもてあそんだ。
「北上さんがなんすか」
今日は臨時取締役会の日。嫌な予感しかしない。
「あいつが出られない」
「はあ? 電話に?」
「馬鹿言うな。取締役会にだ。決まっとるだろ」
「……はあ」
眠気が引いていくと、次第に頭が回り始めた。通話をスピーカーモードにする。
「どういうことです」
「三猫銀行で不祥事だ。あいつ、三猫のコンプライアンス委員長だからな。そっちで手一杯で出席できないと今、連絡があった」
話はこうだった。三猫銀行大手町営業部長が、次長とつるんで反社勢力に融資の 便宜を図っていた。どうやら美人局に引っ掛かって、脅されていたらしい。当たり前だが、暴力団等反社会勢力への融資は禁じられている。ただでさえそうなのに、かなりの巨額だ。その事実が今朝の経済紙朝刊で、特ダネとして掲載された。それで今、三猫内部は蜂の巣をつついた騒ぎらしい。
「大手町営業部ですか、社長」
吉野さんが体を起こした。
「ああ吉野くんもそこにおるのか」
「私は平くんの恋人です」
「そうだったな。すまんかった……」
相当焦ってるな社長。自分から、俺と吉野さんの仲を社内にうまいこと流してくれたのに。頭が混乱してるじゃん。
「説明が省けてちょうどいいか」
「北上さんが出られないと、取締役会での社長解任動議が六対五で可決されますね」
「くそっ!」
「落ち着いて下さい、社長」
「なんでこの朝なんだ」
「陰謀っしょ、反社長派の」
「平くんには心当たりがあるのか」
「まあ……」
美人局というのが引っ掛かる。反社長陰謀黒幕の永野常務は、赤坂のあの怪しいプライベートクラブを使って、俺や副社長を懐柔してきた。あの小部屋には絶対カメラも仕込んであるだろう。接待の口実で呼び出した大手町営業部長を酔わせて、適当に女をあてがえば……。
「無くはないですね」
「くそっ」
あの掴みどころのない社長が毒づくばかりって、相当だな。当然だが。
「なんとか出席を頼めないんですか」
「無理よ、平くん」
吉野さんのきれいな胸が、まっすぐ俺に向けられている。
「大手町営業部って、普通の支店じゃないもの。あそこ、銀行本店直轄でしょ。ビルまで同じで」
「銀行支店長は、本部で言えば部長職。でも直轄地の大手町営業部長なら、取締役も同然って感じですかね」
「それこそ出世コースの中心でしょ。そこで巨額不正融資となれば、頭取の進退問題にまで発展しかねないわ」
「そりゃ大騒ぎになりますね」
まず事件の火消し。そのついでに頭取と時期頭取候補を巻き込んでの政治闘争──。三木本商事と同じく、三猫銀行全体が火だるまになるわな。
「事情はわかりました」
ようやく目覚めたトリムを抱き寄せる。きょとんとして、トリムは俺達の会話を聞いている。余計な口を挟まないでいてくれて助かった。社長がますます混乱するからな。もうひとりの女はなんだ、って。
小寝室にいるのは、今日はこの三人だけ。他のみんなは大寝室でぐっすり寝てるはず。朝飯当番の子が、そろそろ起きたかな……ってあたりだ。
「とにかく、俺と吉野さんがなんとかします」
そんな安請け合いしていいの……という表情を、吉野さんが浮かべた。抱き寄せると、キスを与える。トリムと交互に。
「というか、なんとかしないとなんともならないっしょ」
「……うむ」
根拠レスで論理破綻した俺の言葉にも、社長は同意するばかりだ。もうすがるしかないもんな。
「とにかく社長は、社長派の引き締めに全力を注いで下さい」
「わかった」
この流れだ。反社長派が、今さら社長に寝返ることは考えられない。なんたって反社長派が圧倒的有利になった。裏切る意味がない。社長に今できるのは、社長派をなにがなんでも固めることだけだ。
「あと、俺と吉野さんの取締役会出席は、まだ担保されてるんですよね」
「安心しろ。問題ない」
「よし」
俺はベッドに立ち上がった。女の子座りの吉野さんとトリムが、俺の脚をそっと抱いてくれる。腿や下半身にくちづけしてくれて。
俺の頭は、高速回転を始めた。
「なんとかやってみます、社長」
「頼む」
社長の声は苦渋に満ちていた。
「こうなっては、平くんと吉野くんだけが頼りだ」
ついでに冗談で、社長から引きつった笑いだけ引き出すと、通話を終えた。
「どうするの、平くん」
吉野さんは眉を寄せている。
「社長派は、圧倒的不利。もう……無理なんじゃないかしら」
「これっすよ」
枕元の怪しい眼鏡を、俺は手に取った。マリリン博士が前にくれた「お見張りくん」──つまり、盗撮盗聴装置を。
昨日の夜、これを使ってプレイした。これで録画したら吉野さん、やたらと恥ずかしがってた。けどすごく感じてくれて、我慢しきれずに漏れる声がかわいかった。なんたって吉野さん、Mっ気あるからな。
「マリリン博士の大発明に、活躍してもらいましょう。あと……俺のチーム全員にも」
●「お見張りくん」については、こちら「6-3-2 マリリン博士の解決策」にて触れてます。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982/episodes/16817330653603004001
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます