3-3 恋人宣言の戦略

「吉野さん……」

「なあに、平くん」


 ベッドに起き直ると、吉野さんは俺にキスしてきた。ふたりとも裸。マンションの小寝室で、ふたりっきりの夜を過ごしているところだ。


「さっき社長にバラしたじゃないすか。俺と吉野さんのこと」

「そうね……」


 俺の脇に頭を乗せて、胸に唇を着けてくる。


「なんでですか」

「嫌だった、平くん」


 上目遣いで見つめてくる。


「いえ……むしろ嬉しいというか……誇らしいというか」


 本音だ。吉野さんの恋人として、正式に社長に紹介されたんだからな。こんなかわいい人が相手だぞ。俺は幸せ者だわ。


「良かった……」


 くすくす笑っている。


「実はそろそろ頃合いだと思っていたの。ちょうどいいチャンスだったわ、今晩」

「はあ、チャンス」

「社長の口から、それとなく情報が流れるでしょ。社長派にも反社長派にも」

「社長はこういう寝技、得意そうですもんね。情報を最大限生かす方法を知ってるというか」

「それにもう、私と平くん、今さら社内恋愛で政治的に有利不利とかないでしょ」

「そりゃそうっすね」


 そもそも俺、出世に興味ないし。異世界子会社に左遷される前から今まで、それは一貫してる。


 金もそう。資産としての異世界ダイヤを一生分どころか、もう使い切れないくらい所持していて、銀座天猫堂で徐々に現金化を進めている。ダイヤ市場を荒らさない程度の速度で。


 それに今でもシニアフェロー報酬が、年数千万円ずつ、ふたり分入ってくるしさ。


「社内恋愛がバレて異動とか、どうでもいいっすね、俺。なんかごちゃつくようなら、なんならいつ辞めたっていいわけで」


 吉野さんの髪を撫でてあげた。


「俺にとって大事なのは吉野さんだけですよ」

「そう言ってくれると思ってたわ」


 嬉しそうにまた、胸にキスしてくる。


「このへんで、旗印を明確にしておいたほうがいいと思ったのよ」

「旗印……」

「うん。私と平くんの間に亀裂を入れて、社長派の勢いを弱めようとする人もいるでしょうしね」

「その……」

「なに、平くん」


 気になってたことを聞いてみるか。


「さっき、吉野さんにアプローチしてくる野郎がいるって言ってたじゃないすか」

「うん。それなりに……いっぱい」


 頷いた。


「いっぱいか……」


 頭ではそうだろうなと納得できる。なんせかわいいしスタイルいいし、しかも仕事できて出世頭だ。けどなんか、悔しくもある。


「でも私、平くんの上司になるまでは、社内で全然モテなかったもの。今近づいてくる人は、私が目立ったからでしょ」


 俺の目を、じっと覗き込んできた。


「それか、社長派の切り崩しに動く勢力、その尖兵とかね」

「なるほど」

「平くんとの関係が顕になれば、もう怪しい接近は無くなるわ、きっと」

「ならいいですけどね」

「それより平くんのほうはどうなのよ」

「お、俺?」

「うん」


 吉野さんは、面白がっている瞳だ。


「誰かからデートの誘いとかないの」

「ないない。ないっす」


 底辺社畜の悲惨な非モテ人生が、脳裏に再生された。


「同期の出世頭として課長になった頃に、同期会でなんか女が騒いでたくらいで。……でもマジそれまでは、ほぼほぼ無視されてた俺ですからね。あまりに露骨だった。それにその頃は俺、もう吉野さんと……」

「あ……」


 くすりと微笑むと、頷いている。


「そっかあ」


 吉野さんは、ほっと息を吐いた。


「私とレナちゃん、ふたりも抱え込んでたら、そっちの世話だけで大変だものね」

「世話とか……。むしろ俺が吉野さんに甘えてるわけで。昔も今も」

「平くん……」

「吉野さん……」


 またキス。珍しく吉野さんが、積極的に熱い舌を使ってくる。恋人宣言をして、気分が盛り上がったのかな……。


「私……なんだか……優しくしてほしくなっちゃった」


 吉野さんがこういう言い方をするときは、控えめなおねだりなんだわ。


「なにをしてほしいんです。ほら、口に出して」

「……意地悪」


 後ろを向いちゃったか。


「ほら、なんです」


 吉野さんの豊かな胸に、背後から手を回す。胸の先を優しく撫でていると、そこは次第に硬くなってきた。


「ほら……言って。早く」

「た……平くんに……」


 諦めたかのように、口にする。


「平くんに……かわいがってほしい」

「よしよし」


 体を起こすと俺は、吉野さんの脚の間に身を置いた。瞳を潤ませた吉野さんは、脚を広げる俺を、じっと見つめている。


「今日は俺のことを恋人と言ってくれましたからね。ご褒美ですよ」

「ご褒美……嬉しいわ。平くんは私の……ご主人様だもの……あっ!」


 俺を受け入れると、吉野さんは息を飲んだ。頭を反らせ、胸の先を突き出すようにして。

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