4-4 ドラゴニュートの秘密
「突然攻撃して申し訳ない」
集会所とかいう大木に囲まれた広場に案内されると、ドラゴニュートの長、ドライグは俺達に頭を下げた。俺達の向かいには、幹部と思われるドラゴニュート数人、それに独居魔道士のグローアが座っている。
「だがそれは先程説明したように、我々が過去、悪党に襲われ続けたからだ」
「『問答無用でよそ者を殺す』というのは、少々やり過ぎでは」
「そうはいかん」
ドライグは首を振った。
「仏心を起こして村に入れて、女を攫われたことがある。そのときなど、子供を抱いた女が迷い人を装って村に入り、夜中に賊を招き入れたのだ」
「お気の毒ですが、そもそもドラゴニュートがなぜ狙われるのですか」
吉野さんは、悲しげに眉を寄せている。
「我々ドラゴニュートは、元々ドラゴンだ。だがドラゴンは孤絶して暮らし、何百年もかけてひとりの子を成す習性がある。そのため基本的には数が増えん。戦乱で死ねば数の復活は難しい。トップクラスの能力を持つから、なんとか生き延びているだけで。……正直に言えば、滅びゆく種族だ」
「だから我々は……」
ドラゴニュートの若い女が続けた。先程ドライグと並んでいたので、主要幹部だろう。ドラームという名前らしい。
「大過去に大賢者魔法を用い、ドラゴン形態を捨てた。人型の婚姻形態に固定することで、集団での暮らしに適応したのです。伝統を重んじるドラゴン主流からは疎まれ、棲息大陸を分けることで揉め事を回避しました。それがいわゆる『古の盟約』です」
「なるほど」
そういう訳だったのか。ドラゴニュートの面々を、俺は見渡した。ドラゴン形態を捨てるというのは、誇り高いドラゴンとしては屈辱的な選択だっただろう。だが、その屈辱を甘受してまで種族繁栄を選んだのだ。外部から批判していいものではない。
それに実際、ドラゴンは向こうの大陸で絶滅に瀕している。エンリルとイシュタルという二体が俺の周囲にいるのが奇跡なだけで。
「それで何百年も平和を維持してきた。だが……」
ドライグは俺を、まじまじと見つめた。
「まさかドラゴンを従えるドラゴンライダーがこの村を訪れるとは……」
「しかもただのヒューマン。おまけにドラゴンの頂点に立つドラゴンロード。さらにそのドラゴンロードを嫁として孕ませているなどと……」
ドラゴニュートの女、ドラームは、俺の顔をしげしげと見つめた。
「どれほどの魅力を持った男であろうか」
「平くんは世界一の男性です」
吉野さんが胸を張った。
「私達嫁を導いてくれます」
「そうそう。ご主人様は寝台でも凄いんだよ」
俺の胸から、レナが両腕を振って主張した。
「私達……嫁……だと」
ドラームは目を見開いた。
「九人もおるではないか。ヒューマンやドラゴンロードだけでなく、ピクシーサイズのサキュバスからケットシー、それにバンシーにダークエルフ、よくわからない種族まで……。ふたりはまだ子供だし……」
キラリンとサタンはたしかに中学生じみてるしな、実際。それにそのふたりはまだ俺の嫁にはなっていない。だがいちいち反論するのも意味ないのでスルーした。
「ど、どれほど強い男であろうか……」
ドラームは改めて、俺の体を見つめている。気のせいか、下半身もしっかり見られたし。
「あたしは大魔王だぞ。先程言ったであろう」
サタンは憤慨している。
「種族不明の子供とはなんだ。謝罪せよ」
はあ子供扱いされたのが自分とキラリンという自覚はあるわけか。
「大魔王ですか……」
面白そうに、ドラームが微笑んだ。
「それはそれは……」
うんうん頷いている。いやこれ絶対信じてないだろ。
「いずれにしろ、これだけ嫁を抱えておるのだ。さすがドラゴンロードを孕ませるだけあるな」
ドライグは呆れ顔だ。
「おいエンリル」
横にいるエンリルに、俺は耳打ちした。
「そのことなんだが、あれ、嘘だろ」
「嘘ではないわい」
エンリルは微笑んだ。
「余の腹には平の娘が宿っておる。もちろん、あの晩の子じゃ」ひそひそ
「なんでこんなにすぐ判明するんだよ」ひそひそ
「わかるわい。ドラゴンにとって婚姻機会は少なく極めて貴重だ。種をもらえばすぐに結果を感じられる。性別すらもな」ひそひそ
「い、いつ産まれるんだ」ひそひそ
「残念ながら、この子をお前の腕に抱かせてやることはできん。産まれるまでには長い時が必要だからのう」ひそひそ
マジかよ……。思わずエンリルの腹を見た。例の薄衣を通して、へそが透けている。あの奥に、俺の娘が眠っているってのか。
「せいぜい、延寿の魔法をたくさん見つけよ。そうすれば平も、余の子と会えるやもしれんからのう……」ひそひそ
「いつまで内緒話をしている」
ドライグは苦笑いだ。
「まあ……なにを話しているのか、なんとなく想像はつくが」
「それより、この里になんの用事があるのですか」
グローアは、俺の目をまっすぐ見つめてきた。
「里に用事があるわけじゃない。グローア、あんたに用がある」
「グローアさんに会いに来たんです」
吉野さんが付け加えてくれた。
「そのためにボクたちは、魔の海域のモンスター海藻を退治までしたんだよ」
根っこを抜く仕草を、レナがしてみせた。
「えっ……。あの危険な海域を攻略したんですか」
グローアは目を見開いた。
「海竜島の皆にも頼まれた」
タマが教えた。
「大陸南端航路が再開できたのは、婿殿の功績だ」
ケルクスも頷いている。
「これからは漁労も貿易も復活するであろう」
「あんたたちドラゴニュートが過去の歴史で苦しんできたことは、わかった」
ドライグを安心させようと、俺は口を開いた。
「この村の隔絶が解けたことを隠すか、悪党が入ってこないようにする。それは後で考えよう」
「グローア様が下のお家にいらっしゃらなくて、こちらの隠れ里に滞在されていると知ったので……」
遠慮がちに、エリーナが説明した。
「それで僕達は、ここまで山道を辿ったのです」
「里のみんなを驚かせないように、お兄ちゃんが怪我人作戦を考えたんだよ」
キングーとキラリンが付け加えた。いやその作戦、あっさりバレたから威張らないでほしいわ。恥ずかしいんだけど。
「それで……。平様は私にどのようなご用件で」
グローアに見つめられた。
「遥か別大陸から危険な船旅を続け、魔の海域をクリアしてまで私を訪ねてきたのです。生半可な案件ではないでしょう」
「ああそうさ。用はこれだ」
懐から、「トリムの珠」を出した。テーブルの上に置く。
「俺の仲間を生き返らせてほしい」
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