4-3 婚姻形態の援軍

「お前は……」


 エンリルを前にドラゴニュート里の長、ドライグは口をあんぐりと開けた。


「平くん、その人、誰」


 突然現れた美少女に、吉野さんも目を見開いている。


「お知り合いのようだけれど」

「ふみえボス、あれはエンリルだ」


 タマが教える。


「同じ匂いがする」

「まあ、それはそれは……」


 吉野さんは頭を下げた。


「いつも平がお世話になっております。私は吉野ふみえと申します」


 いや吉野さん、エンリルって知ってるじゃん。というか命懸けの冒険、一緒にしてたじゃん。ちょっと形がヘビトカゲでないだけで。どんだけ天然なんだよ。


「ふみえ、余のこの形態もよろしく頼むわい」


 なぜかエンリルも頭を下げている。残りの俺の仲間は、エンリルと聞いて少し安心したようだ。なんせドラゴンロードはこの世界の最強モンスターの一角だからな。


「これはこれはご丁寧に」ぺっこり


 吉野さんが深々と頭を下げる。


「うむ。皆もよろしく頼むわい」

「本当にお前、エンリルなのか」


 疑わしげに、サタンが見上げる。


「うむ。触ってみい」


 エンリルがすたすたと近づくと、おそるおそる……といった様子で、手を握った。


「柔らかいのう。どれ……」


 腕を触って腹を触って、おずおずと胸にも手を伸ばした。


「……くそう。ドラゴンのくせにこんなに立派な胸を……」


 悔しそうに、自分の胸と揉み比べしている。


「お前は魔王だ。そう悲観するな。すぐにお前の母のように美しい女になるであろう」

「魔王……。そのチビは本当に魔王なのか」


 ようやく、ドラゴニュートがざわめき始めた。蚊帳の外のまま俺の仲間のコントを黙って見ていてご苦労さん。


「そんな……。大魔王がどうしてこんなただの人間をリーダーに……」


 絶句している。


「もしかしたらこの男はやはり……」

「あ、あんた」


 ドライグも我に返ったようだ。目を見開いて、エンリルを見つめている。


「あんたは誰なんだ」

「余はエンリル。ドラゴンロードじゃ」

「ド、ドラゴンロード……」

「最強ドラゴンではないか。古の大戦で全て滅んだと伝え聞いておったが」

「まさか」

「婚姻形態か」


 ドラゴニュートが口々に叫ぶ。


「お主らはドラゴン形態を失ってから長い。だからといって、仲間のドラゴンの波動すらわからんようになったのか。……情けないのう」

「ドラゴンロードなら、なぜこの大陸にいる。盟約違反ではないか」


 ドライグが口を尖らせた。


「余はドラゴンになってはおらん。古の盟約を破ってはおらんぞ、この姿ならな」


 美しい体を連中に見せつけるかのように、俺にしなだれかかってきた。


「それよ、それ。……なぜ婚姻形態に」

「決まっておろう」


 嫣然えんぜんと微笑むと俺の腕を抱き、肩に口づけしてきた。


「この平はのう……、余のドラゴンライダーにして連れ合いじゃ」

「ド、ドラゴンライダー……」

「マジかよ……」

「連れ合いってことは……」

「しかしこやつは婚姻形態を取っておる。つまり関係があるのは明白じゃ」

「こんな地味な男が……」


 余計なお世話だわ。


「古の盟約がある。平がこの大陸に旅立つと聞いて、余はむこうでお留守番じゃ。映像で平の冒険を見るばかりで、退屈しておった。いずれ平がドラゴニュートと揉め事を起こすやもと思ってはいたが、こんなに早いとは思わなかったわい」


 見張っておいてよかったと、エンリルは付け加えた。


「でもなぜこんなにすぐに来られた。この男が我が里を襲ってきてまだ数分ではないか」

「襲ってはないだろ。俺は用があっただけだ」

「うるさい。雑魚は黙っておれ」


 ドライグに睨まれた。


「エンリルとやらよ、こちらに来るならドラゴン形態は取れないはず。盟約があるからな」

「そうだそうだ。ドラゴンとして飛んできたなら盟約破りだ」

「今すぐこの大陸から消えよっ」

「盟約破りに死をっ」


 ドラゴニュートが口々に罵っている。


「盟約など、破ってはおらん」


 エンリルは涼しい顔だ。


「なら来られるはずはない。百歩譲って船が海の魔物に襲われないと仮定しても、有に一か月は航海にかかろう」

「船旅をするならな」


 思わせぶりに、エンリルは自分の腹を撫でた。


「だが、ここにおる余の娘の父親の危機となれば別だ。娘が余を導いてくれるでのう……」

「む、娘だと……」

「それでテレポートできたのか」

「お前、孕んでおるのか」

「えっ……その……」

「ご主人様、まさか……」


 俺の胸でレナが目を丸くしているが、こっちだって寝耳に水だ。


 たしかにあっちの大陸を出る寸前に、エンリルと関係を持った。でもあの一回……じゃないか四回か……まあ要するにひと晩だけだ。なんであれで子供ができてるんだよ。それに娘とか、産まれてもいないのに性別がわかるはずがない。エンリルの腹だって特に大きくなっていないし。


 いや待てよ。


 これはエンリルの嘘かも。ドラゴン形態で飛んできたのがバレると盟約違反だから、腹の子が飛ばしたとか口実に使ってるのだろう。


 なるほどと俺は納得した。さすがはドラゴンロード。しかも婚姻形態で「俺が婿」ってことにしておけば、助太刀しても不自然ではない。なかなかの戦略だ。それであの日、俺を誘ってきたのか。ドラゴニュートとのトラブルの可能性を考えて。


「さて、始めるか……」


 大きな杖をエンリルが振りかざすと、俺達の拘束が解けた。皆、足を動かして確認している。


「そ、その杖は……まさか」

「ド、ドラゴンの杖」

「馬鹿な。ドラゴンの杖は古代に失われたはずだ」

「余の母親の形見じゃ」


 ドラゴンの杖をくるくる回すと、ドラゴニュートに先を向ける。


「連れ合いにして余のドラゴンライダー、そして娘の父親を殺そうとしたのじゃ。おしおきはせんとのう……」


 ドラゴンの杖から強烈な炎が噴き出した。ドラゴン形態のエンリルの噴炎と同じ、いかにも高温そうな青く透明な炎だ。


「あははははっ。そうれ、逃げろ逃げろーっ」


 楽しそうだ。


「ひいーっ」


 戦意をすっかり喪失し、ドラゴニュートは逃げ惑っている。


「お待ち下さい」


 女の声と共に突然、水の魔法が炎を螺旋らせんに包んだ。螺旋がきゅっと縮むと、炎が掻き消える。


「ほう……」


 エンリルは杖を地面に突き刺した。


「ドラゴンの炎を中和するとは面白い」


 ドラゴニュートを掻き分けて、若い女が進み出た。魔道士姿の。


「お主、ドラゴニュートではないのう」

「はいエンリル様。私は海岸隠れ里の魔道士、グローアと申します」

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