4-2 ドラゴニュートの隠れ里
会社の転送システムから異世界山中に転送されると、吉野さんが俺の手を握ってきた。
「今日も業務頑張りましょう。ねっ平くん」
「ええ吉野さん。もう三日目ですからね。そろそろドラゴニュートの隠れ里に着く頃合いだし」
キラリンを呼び出して自宅マンションに即帰還。ダイニングでわいわいコーヒーを楽しんでいたみんなを連れて、再度異世界へと戻った。
「では進もう。ケルクス、今日も先導頼むな」
「任せよ婿殿」
全員の登山装備を確認すると、半ば草に埋もれた山道をケルクスは登り始めた。太陽に暖められた風が心地良い。田舎特有の、土と草と森の香りがする。
「平ボス」
ケルクスに続いていたタマが振り返った。
「匂いがする。大勢だ」
「いよいよか……」
全員を呼び、念のため戦闘フォーメーションを指示した。
「ただし、今から剣なんかは抜くなよ。あくまで警戒態勢で進むだけだ。戦いに行くわけじゃない」
「それがよいのう……。なんとなればあたしが魔法で一掃してやるわい」
サタンが小さな胸を反らした。
「そのときは頼むな。……ただ目的を忘れるな。トリムのために魔道士と会うんだからな。その魔道士はどうやらドラゴニュートの連中と繋がりがある。初手から揉めていては、頼み事など聞いてくれるはずはない」
「それもそうだのう」
「いいかみんな。俺が命じるまで、なにもするなよ」
山道をゆっくり進みながら、注意深く観察した。なにかあればすぐ対応できるようにだ。レナも俺の胸の中でなにかぶつぶつ呟いている。戦略を組み立てているのだろう。タマは位置を下げ、吉野さんのすぐ後ろで歩いている。戦端が開けば即、吉野さんの「ミネルヴァの大太刀」を抜いて持たせるためにだ。なにせあれ長いので、自分では抜けないからな。
「平ボス」
抑えた声で、またタマが注意を促した。
「……」
ハンドシグナルで、俺は全員を止まらせた。ケルクスの前に位置取ると、またゆっくり進む。そこから一分も歩くと、山道の終わりが見えてきた。生い茂った草の上に、低い屋根がちらほら見えてきた。
「そろそろ隠れ里に着くかなあ」
わざとらしく、俺は大声を出した。
「お医者様がいるといいわよね」
吉野さんが答える。
「海路が開いてようやく上陸できたのに、怪我するなんてね」
「痛いよう、お兄ちゃん」
キラリンが泣き声を出す。腕には血の染みた包帯を巻いている。
「もう少しだから頑張りましょう、ねっ」
「うん」
もちろん、全部打ち合わせどおりの偽装だ。初手から戦闘はなるだけ避けたいからな。怪我した旅人なら、とりあえず事情がわかるまでは攻撃されないはずだ……多分。
「婿殿、動きがある」
ケルクスに背中を叩かれた。
「わかってる」
なにか上のほうで声が飛び交っている。人が走る音なんかも聞こえる。まあ、このくらいなら、冒険中によくあることだ。街道沿いの村や街ならともかく、よそ者が入ってくるのが数年に一度とかの田舎村だと、俺達の訪問なんてもう「村唯一の娯楽」みたいなもんだからさ。
もうちらほら、山道を覗き込んでいる顔が見えている。にこにこ笑いながら、俺は知らん顔で村前の広場まで進んだ。
「……」
村の広場には、すでに大勢が集まっていた。ドラゴニュートだ、間違いない。
ドラゴニュートはドラゴン形態を捨てた、ドラゴン種族だ。そう海竜島の長ヴァンからは聞いていた。ではどのような姿形かというと、ほぼほぼ人間に近かった。そこまでは教えてもらっていたからな。すぐわかったよ。
「突然訪れてすみません」
笑顔を浮かべながら、俺は頭を下げた。とりあえず連中は武器は持っていない。それを見て取ったから、視線を外しても問題はないだろうという判断だ。
「俺達は、辺境を旅するパーティーです。貴重なアーティファクトを求めて、それを街で売って暮らしているんです」
「すみません、海岸で連れが怪我してしまって」
吉野さんが付け加える。
「痛いよう……お兄ちゃん」
キングーに支えられるようして、キラリンは痛そうに顔を歪めている。包帯を巻いた腕をわざとらしく見せつけているから笑っちゃったよ。
「海岸に暮らす魔道士様を訪ねてきたのです。アーティファクトのことを知らないかと。こちらにいらっしゃいますよね。その方に、まずこの子の魔法治療をお願いできないかと……」
「面白いことを言うのう……」
一歩前に出たのは、若い男だった。というか男も女も、みんな若い。子供はいるが、年寄りはいない。唯一、首の後ろにコウモリの羽に似た小さな痕跡器官がある程度が、見た目での人間との違いだった。全員、爪を模したと思われる
ちなみに全員、美形揃い。七色に輝く鱗のような衣服を身に纏っている。女はビキニ姿、男は腰だけ覆う形だった。
「私はドライグ、ここの長をしている」
「俺は平、アーティファクト探索チームのリーダーをしている」
「怪我したとのことだが……」
「そうです。だから魔道士の方を――」
「そこのビクシーに治療してもらえ」
「ボクはピクシーじゃないよ。ご主人様に仕えるサキュバスだから」
俺の胸から身を乗り出し手を振り回して、レナが主張する。
「変わったサキュバスだのう……」
鼻で笑っている。
「まあよい。……それにそもそもその血、コケヤマモモの実を磨り潰した果汁に見えるが」
「それは……」
いかん。あっさりバレた。キラリンも、舌を出している。いやお前、いくらバレたからって、包帯の血をぺろぺろ舐めるな。そりゃたしかにコケヤマモモ、うまいけどさ。
「その……すみませんっ」
俺は頭をまた下げた。
「どうしても魔道士さんと会いたくて。実は相談があるんです」
「お願いします。私達の仲間の危機なんです」
吉野さんも言ってくれる。
「信じるわけにはいかんな。それにそもそも、よそ者は殺すのがこの村の決まり。それに従ってきたからこそ、私達はこれまで生き残ってきた。お前……私達がドラゴニュートだと知っておるだろう」
「ええ……まあ」
「ドラゴンの力を求める阿呆共が、女を攫って孕ませようとしたり、子供を攫って利用しようとしたりする。そのようなことが続き、私達は外界から閉じた場所に移住し、我々だけで暮らすようになったのだ」
「俺達はそんな連中とは違う」
「どうだか……」
「それに……」
ドライグの隣に、若い女が並んだ。
「仮にあなたたちがいい人だったとしても、我が村の隔絶が破れたと知れば、また悪党が来るようになる。事情を知った者を帰す訳にはいかない」
「そういうことよ。さて……」
ドライグは仲間を振り返った。
「殺せ。女も子供も躊躇するな」
「くそっ!」
俺は毒づいた。
「全員抜剣っ。防御的に戦う。殺生するな。相手の戦闘能力を失わせるだけでいい。脚か腕を狙え」
「うん」
「平ボス」
「婿殿」
皆、いつものフォーメーションに入ろうとした。そのとき――。
「ぐおーっ!」
ドライグが吠え声を上げた。人間の声とは思えない、とてつもない大声。
「あっ!」
ケルクスが叫んだ。
「婿殿。脚が動かない」
「あたしもだ」
「やだ、私も」
「あたしが魔法でやるわい」
魔王サタンが手を振り上げた。
「――むっ!」
顔が青い。
「いかん。詠唱できん」
「大太刀の魔法も出ないよ、平くん」
「くそっ」
「ドラゴンの咆哮を破れるものか……」
ドライグはほっと息を吐いた。
「剣を抜け」
「はっ」
ドラゴニュート族が背中に回した手を戻すと、短剣が握り締められている。背後に鞘があるのだろう。
「弱そうな奴からひとりづつ首を斬れ。さて平とやら……」
無表情に俺を見つめる。
「本当の目的を教えてもらおうか。……何人殺されたら真実を話すかな」
ドラゴニュートがじりじり近づいてきた。
「こいつ、魔族です」
サタンを取り囲む。
「貴様ら、大魔王からやるとか、恐ろしさもわからんのか」
サタンが睨む。
「お前のようなチビが大魔王なら、我らは
大笑いすると男がひとり、サタンの前で剣を舐めた。
「よせっ。俺の仲間に手を掛けたらお前を殺すっ」
「どうやって殺す、平。お前は張り子の虎も同然ではないか」
「ご主人様は、必ずやるよっ」
「ピクシーも黙れ。こんな男になにができるというのだ」
――そう急くでない、ドラゴニュートよ――
どこからともなく、声が響いた。
「平のことなら、余が保証する。この世界に、平ほどの男はいないとな」
「誰だっ!」
なにかを予感したのか、ドラゴニュートは皆、きょろきょろ見回している。
「真打ち登場といくか……」
空間が歪み陽炎のように揺らぐと、俺の隣に若い女が現れた。真っ白の肌に異国的な薄衣。長い金髪が腰まで伸び、節くれだった長い杖を握り締めている。
「待たせたな、平」
俺に微笑む。
「エンリル……どうしてここに」
俺の脇に現れたのは、ドラゴンロードエンリル、その婚姻形態だった。
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