4-5 大量に消えたマナの謎

「俺の仲間を生き返らせてほしい」

「これは……」


 プラチナブロンドに輝く小さな珠を、ドラゴニュートと魔道士グローアが覗き込んだ。


「心を感じる……」

「なんだこれは……、魂の欠片か」

「いや、魂の素だ。元の存在はおそらく……エルフ」


 ドラゴニュートがざわめく。


「平様、これは……」


 グローアに見つめられた。


「まだ亡くなってはいませんね」

「そうだ」

「トリムちゃんは、ハイエルフの巫女様の血筋なんです」


 吉野さんが説明してくれた。


「魔族を束ねるルシファーと私達が戦ったとき、巫女家系のみに伝わる禁忌魔法を起動して、ルシファーの側近を全部掃討したんです。ただ……その代償で命を……」


 トリムが命を自ら捨てた戦いを思い出したのか、吉野さんの瞳が潤んだ。


「でも、トリムちゃんは、平くんのことを心から愛していた。だから魂の一部だけがここ現世に留まり、このように珠の形となったのです」

「トリムはあたしの戦友だ」


 グローアに、ケルクスが頭を下げた。


「なんとしても生き返らせてくれ」

「なんと……」


 ハイエルフとは犬猿の仲のダークエルフが頭を下げたので、ドラゴニュートは驚いている。


「どういうことじゃ……」

「おそらく……この平という男の嫁として、仲が良いのであろう」

「ハイエルフとダークエルフのふたり嫁だと……。嫁ハンドリングは難しい。半年で胃が焼き切れるはず」

「平だからだろ。見ろ、嫁九人引き連れた男だぞ。……トリムとかいうハイエルフを入れれば十人嫁になる」

「ルシファーは、平くんが倒しました」


 吉野さんの言葉を聞いて、居並ぶドラゴニュートがどよめいた。


「魔族……ルシファーだと。向こうの大陸はそんなことになっているのか」

「恐ろしいことじゃ」


 ひそひそ会話を交わしている。


「あたしが大魔王として魔族を仕切っておったのだ。だが母様からあたしへの代替わりの隙に、ルシファーめが反旗を翻したのさ」


 小さな胸を張って、サタンは意気軒昂だ。


「まあ……あたしと平があやつを地獄に叩き落したがな。はっはっはっ」

「おおう……」

「こんなチビが……まさか」

「魔王じゃなく『舞おう』では? ベビーカーの上で」


 素でディスられてて草。まあたしかに、こんなかわいい大魔王おる? かわいいから今晩、現実世界でプリンでもごちそうしてやるか。キラリンとふたり、喜んでくれるだろうし。


「それで私を訪ねてこられたのですね」

「ああそうさ、グローア。魂からの再生には、大量のマナと特別な魔法が必要。その魔法は俺達の大陸からはすでに失われて久しい。この大陸……そうあんたグローアの一族が代々引き継いでいると聞いている。頼む……」


 俺もグローアに頭を下げた。


「頼むグローア、トリムに復活の秘術を施してくれ」

「わかりました」


 俺の仲間とドラゴニュートから、おおっというどよめきが巻き起こった。


「ただし、そのためには平様にご協力を願わなくてはなりません。私がここしばらくこの里に滞在しているのも、そのためです」

「なにか問題が起こっているのですね」

「キングー様……でしたっけ。あなたは少し変わった存在ですね」


 グローアはキングーをじっと見つめた。


「人間ではない。……天使様ですね」

「えっ!」

「マジかよ!」


 ドラゴニュートが驚く。俺初めて見たとか天使の羽がないとかなんとか、あちこちで騒いでいる。


 今日は驚きの連続で悪いな。まあ……俺の仲間、考えたらとんでもないな。人間(上司)やエルフ、獣人にバンシーにピクシーサキュバス。それに天使に謎機械、最後に大魔王とドラゴンロードだからな。ひとりひとり掘るだけで大騒ぎになるのは見えてる。


「半分だけですけどね」


 キングーは微笑んだ。


「ふたつの血に引き裂かれ、僕は病んでいました。男になるか女になるかもふらふらしていた。でも……」


 俺を見る。


「平さんが僕を救ってくれたんです。それで僕も……平さんの嫁になるために女子化が進んで……」


 白い肌が、微かに赤くなる。いやまだ嫁にはしてないが、俺は黙っていた。別に今ここで騒ぐ必要はない。


「それよりグローア様、問題はなんでしょうか。もし必要があれば、母の助けを托みます」

「天使様ですね」

「はい」


 またどよめく。


「平様は、とてつもないお仲間を多くお抱えですね」


 グローアは微笑んだ。


「平くんは世界一の男性です。先程言いましたよね」


 吉野さんが俺の手を取った。


「ですからなんでもご相談下さい」

「ではお話しします」


 ほっと息を吐くと、グローアは話し始めた。


「たしかにこの里の周辺には、異様とも思えるほど大量のマナが満ち満ちていたのです。はるか太古から。ですが……」

「うむ。マナの気配など感じないのう……」


 エンリルは頷いた。吉野さんとふたり、ちゃっかり俺のすぐ脇に座っている。


「消えてしまったのだな」

「はい、エンリル様。実はマナが枯渇しつつあるのです」


 話はこうだった。


 この里の周囲にだけ、太古より大量のマナが満ちていた。理由は不明だ。里を守るかのごとく背後を取り囲む山脈に神秘の洞窟があり、そこから地脈を通じてマナが溢れてくるという。どうやら地下になにかが隠してあり、そこからマナが噴出しているようだ。


 旧大陸から移住し放浪していたドラゴニュートは、大量のマナを発見してここに居着いた。場所的にも隔絶されていて、隠れ住むのにぴったりだったこともある。


 マナを利用しながらドラゴニュートは暮らしてきた。交易しないドラゴニュートにとって、マナを用いて生み出す産物は貴重だった。


 だがここ数年、マナの産出量が大きくブレるようになった。急減し、どうしようかと思っていると一時的に戻ったり。それがここ数週間、急減したまま復活の気配がない。ここまでの枯渇は過去になかったので、ドラゴニュートは魔道士グローアを呼び、対策を考えていた。


「方法ははっきりしているのです。洞窟最奥部で、マナ流出を妨げるなんらかの事態が起きている。現場まで行き、解決すればいいと」

「ならそうすればいいではないか」


 テーブルに置かれた菓子を、サタンはもぐもぐ食べている。食い意地の張った大魔王様だわ。


「簡単な話だわい」

「魔王様、そうもいかないのです」


 ドライグは溜息をついた。


「その洞窟はダンジョンになっているのですが、入る度に形と仕掛けが変わるのです」

「はあ?」


 思わず叫んじゃったよ。それじゃゲームじゃん。


「どうやら太古の大魔道士による仕掛けです。そのような魔法技、現在には伝わっていないので……」

「なるほど」


 それならまあ、わからなくはない。


「今日も、どのように攻略しようかと相談していたところだったのです。ですがドラゴニュートと私だけでは種族が限られ能力的なバリエーションに欠け、攻略は極めて困難。……ですがちょうど訪れてくれた平様御一行は……」


 じっと俺を見つめてくる。


「余と平に任せよ」


 残った手を、エンリルは握ってきた。


「太古に分かれたとはいえ、ドラゴニュートは余と同じく、ドラゴンの血筋。ドラゴンを統べるドラゴンロードの生き残りとしては、ひと肌脱がずばなるまいて」

「もちろん、平くんはやってくれる。だって私たちのリーダーだもの」


 吉野さんも、手を再度強く握ってくる。


「ありがとうございます、エンリル様、吉野様。そして平様」


 グローアとドラゴニュートが頭を下げてきた。


 いや……俺抜きで、嫁との間で話が進んでるんですがそれは……。


 思わず苦笑いしちゃったよ。でもな……。


「俺はやる」


 俺は言い切った。


「トリムを蘇らせるためだ。なにがあろうとも、俺はやり遂げてみせる」

「平様……」

「あ、ありがとうございます」


 グローアとドライグは、俺に頭を下げてきた。


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