7-11 霧に消える「陰謀の黒幕」

 三木本商事最高財務責任者である石元の問いに絶句した俺は、皇居のお堀を覗くフリをしながら、必死で考えた。


 海部事業部長との面談に続き、またしても正念場だ。ここの答えには、俺の未来が懸かっている。どう返答すべきか、しっかり検討しなければ。


 しかも、秒速で。


 俺は、心を再度引き締めた。


「そう言われましても、なんのことやら……」


 まず、とぼけてみる。相手の出方を見ないと危険だ。


「知っての通り平くん。私は三猫銀行出身だ。最初に頭取から転籍を打診されたとき、思ったんだよ」


 俺から視線を逸し、まっすぐ前を見て話し始めた。


「自分は次期頭取レースに敗れた。でもそれは、自分の力量が足りないせいだ。誰かを恨むことは止めようとね。これからは私は三木本商事の社員。もう後戻りはできない。全力を尽くし、財務の立て直しに励もうと」

「素晴らしい心掛けですね」


 適当に口だけのおべんちゃらを返しておく。


「ここにも社長レースはある。それは当然だ。でもそれは、公正であるべきだと思うんだよ、私は」

「はあ」

「自分が頭取レースで苦杯を舐めたから、余計に気になってね。汚いたくらみがあるなら、それは潰さないと」


 どういうことだ。自分は「ブルーチーム」、つまり敵ではなく味方だと俺をだますつもりだとしても、ここまで陰謀をほのめかしたら逆効果だ。策謀があると認めたも同然だからな。


 俺から社長にスルーで伝わるのは覚悟しているはず。社長派が動けば、最初に陰謀説をほのめかした石元に、まず監視の目が行くのは必然。疑惑を持たれ、寝る子を起こす結果にしかならない。


 ……となると、川岸の背後で蠢く黒幕は、石元じゃないってことか。まさかそんな……。


 俺の推理が根本から覆されたことになる。考えてみれば、川岸と石元が親しいってのは、川岸が雑談で漏らしただけだ。石元サイドどころか、他の筋からそれを裏付ける噂などは流れてきていない。川岸が自分を大物に見せるためのハッタリだったという可能性だって、考えられなくはない。


 川岸をフォローした経営会議での石元の発言は、あくまで状況証拠程度に過ぎない。単なる偶然ということは、充分考えられる。


 仮に石元が白だったとしたら、川岸を操るど黒い悪党は、いったい誰なんだ。


 一周回って、金属資源事業部長の海部か。いやそれはあり得ない。先程のミーティングでわかった。彼は無関係だ。


 となると誰が……。


「石元さんは、なにかお気づきなんですね」


 とりあえず、こっちから質問してみた。


「まあ……ね。あちこちに奇妙な気配だけが漂っていてね」

「気配ですか」

「ああ。気配『だけ』な。証拠は皆無。ただ、どえらく臭うんだ。陰謀の臭いがな。たとえば川岸くんを三木本Iリサーチ社に送り込んだ経緯。明らかに怪しい」


 それは俺もそう思うわ。


「あれでIリサーチに関連する役員は激増した。どいつも意地汚い欲望のままにな。だが誰がどう始めたのかすら、役員間で言い分が違っていてね。単純な仕掛けなら、もっとあっさり犯人が割れるもんだ。闇はとてつもなく深いとしか、思えない」


 けっこう言うな、このおっさん。


「それだけじゃない。一時、君も苦労したらしいが、ライバル企業がいたろ。異世界に」

「ええ」


 あの嫌な野郎だな。まあドラゴンを襲うついでに俺を殺そうと奇襲を掛けてきて、自滅しちまったが。


「そもそも我が社の独占事業だったはずなのに、どうして他社が食い込んだ」


 どうなんだろうな、実際。天下りを餌に役人を口説いたんだと、俺は思ってたが……。


 そう話したら、石元に鼻で笑われた。


「君はまだまだ甘いな。たしかに、許認可はその線だろうさ。しかし異世界往来のキー技術、異世界通路とIデバイスは、我が社のヨシダ博士が、入社以前、東京大学先端科学技術研究センターで開発したものだ」


 はあ、例のマリリン・ガヌー・ヨシダ博士な。俺の精子を抜こうとしたw


「入社時の契約により、その技術は我が社にしか許諾されていない。独占使用契約だ。おまけに彼女は天才だ。短期間で他社がキャッチアップできるとは思えない」

「もしかして、ウチから技術をリークした野郎がいるってことですか。その企業に」

「そうとしか思えない」


 そういや、あいつのデバイス、劣化版っぽかったな。ドラゴンの巣の奥深くからは異世界帰還できなかったし。盗んだ技術で拙速に開発したから、出来が悪かったんだろうか。


 それに使い魔も違う。俺や吉野さんの使い魔は、定着型が少数だけ候補になる。それに対し、あいつは多数の使い魔を使役していた。おまけに定着型でなくポップアップ型らしく、俺やタマがゴブリンを倒したら虹になっていたし。


「いずれにしろ、行方不明を出して失敗したんで、連中はもう手を引いたがな」


 その手の引き方がさらに怪しいと、石元は続けた。自分たちで巨額のコストを掛けて開発したのだったら、そう簡単に捨てられないはず。産業スパイで低額で手に入れた技術だからこそ、損切りも早かったのだと。


「誰かが技術を横流しした。異世界マッピング事業は、社長肝入りの案件だ。その事業にミソを引かせて、社長退任を早めようって狙いですね」

「そうだと思う。実際、異世界マッピング以外のグローバルジャンプ21案件は、全部失敗した。マッピング事業まで失敗していたら、今頃社長は退任に追い込まれていただろう」


 なるほど。筋は通る。おまけに技術の横流しで小遣い稼ぎまでできる一石二鳥だ。頭の切れる悪党が描いた絵図としか思えん。


「石元さんは、川岸の背後に誰がいると思っているんですか」

「わからん」


 眉を寄せたまま、首を振っている。


「陰謀の規模からして、役員クラスなのは確実だろう。その中で社長の座を狙えるのは、上がりポストの監査役だの副社長だのを除いた、二十名ほど。誰にも動機はある」


 ただ、海外に赴任している役員は外していいだろうと、石元は続けた。


「外からこれだけ肌理きめの細かな細工を仕掛けるのは難しいからな。……となると十数名。特に、今回Iリサーチ社の所轄役員になった連中が臭い。八人」

「所轄役員以外でも、怪しい連中はいますね。たとえば石元さん。あなたにも動機はありますね」


 俺は斬り込んだ。今この瞬間こそ、疑惑をぶつけるチャンスだ。向こうから振ってくれたんだからな。俺が疑っていると思わせることなく、ただの一例として挙げたように偽装できる。


「石元さん。あなたはメインバンクからの落下傘役員だ。言っちゃなんだが、ただの外様でしかない。普通なら社長の目はない。それを覆せるなら、陰謀を企んでも不思議ではないと思う人もいるのでは」

「ああ、そうだ」


 大声で笑い出した。


「平くん、君の言うとおりさ。……君はなかなか鋭いな。興味深い分析力だ」


 表情でこそ笑ってはいるが、瞳は違う。俺の推理が図星だったからか。それとも俺を警戒しているだけか。……まだ判断がつかない。


「だがそれなら、社長に筒抜けになる危険を冒して、なんで君に話す」

「煙幕ですよ。これで俺の考える陰謀黒幕の候補から、石元さんが外れるから」

「やはり君も、陰謀の存在を感じていたんだな」


 いかんwww


 思わず言質取られた。おっさん、やるなあ。これで一勝一敗か。


「まあ……。俺はIリサーチ社を追い出された身だ。なにかおかしいと思っても不思議ではないでしょ」

「たしかに。それはそうだな」

「ここまで腹を割っていただいたんだ。俺も正直に話します。金属資源事業部の事業部長には、別の案件で呼び出されたんですよ。ちょっと川岸と揉めたんで」

「いつそれを言ってくれるかと待っていたよ」


 にやにやしている。


 なんだ知ってたのかおっさん。素知らぬ顔で俺の嘘を聞き流してたとか、社長同様、食えねえ奴だな。


「ついでに俺は事業部長に探り針を入れた。陰謀の黒幕ではないかとね」

「どうだった」

「俺の勘では、違いますね」


 俺は首を振った。


「海部さんは黒幕じゃない。そして石元さん、あなたも違う。……となると、誰なんでしょうか」

「それを探りたい。社長レースはどんどんやってもらいたいが、私の住処すみかをぐちゃぐちゃにされるのは嫌いでね。……協力してくれたまえ、平くん」


 俺は考えた。大本命だった石元じゃないとすると、黒幕は超絶頭が切れる。なんとしても情報は欲しい。そのためには、石元と握ってもいいだろう。


 それにもし裏の裏で石元が黒幕だったとしても、コンタクトを保っておいて動向を探れる利点がある。決定的な情報は、石元が白と判明するまで流さなければいいだけの話。それまで俺は、石元は味方だと信じ込んだ「フリ」だけしておけばいい。石元が黒なら、油断して尻尾を出すかもしれないし。


「はい石元さん。俺のような底辺社員で良かったら、三木本を大掃除するのに協力しますよ」

「いい答えだ」


 石元は微笑んだ。


「ただ君はもう平社員じゃあない。シニアフェローとして、三木本商事から高額の報酬を受ける身だ。我が社のために、ぜひ協力してくれ」


 手を差し出してきた。


 今日二回目だな……と、疲れ切った頭でぼんやり考えながら、俺は石元の手を握り返した。


 俺、もしかして陰謀の真っ只中に放り込まれ、悪党どもに利用されまくってるだけかも……。

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