7-10 「陰謀の黒幕」CFOの石元と、直接対決

「乗りたまえ。移動しながら話そう」


 最高財務責任者の石元に促され、俺は役員専用車に乗り込んだ。陰謀の黒幕が俺を名指しで乗り込んできたんだ。乗るっきゃない。俺にとっても悪党の腹を探れるチャンスだしな。


「さて平くん。どこかで飲みながら話すかね」

「いえ……」


 こいつの本拠地に連れ去られると、向こうのペースにされそうだ。


「俺はちょっと前まではただの平社員。雲の上の役員と話すんです。場所を変えると緊張してしまうので、なにか話があればここで」


 適当な言い訳をしておく。


「君は毎度毎度、経営陣がずらりと居並ぶ役員会議で大暴れするじゃないか。そんな奴の言葉とは思えん」

「あれは仕事です」


 首を振ってみせた。


「でもこれは違う。なんやら知らないが、アブなさがどえらく臭う、プライベートの案件だ。緊張して漏らしそうです」

「なにを言っとる。それに君は社長とツーカーじゃないか。噂では、社長の隠れ家でよく一緒に飲んでるとか。そんな男が、役員ひとりと話すだけで緊張とか」


 鼻で笑われた。


 はあ。これは銀座七丁目のワインバーのことだな。てかあそこでの会合、秘密なんだが。どんだけ情報網を張り巡らせてるんだ、このおっさん。


「隠れ家……。なんのことです」

「まあいい」


 手を振ると、ほっと息を吐いた。


「では、ここで進めるか」


 後部座席前のスイッチを押した。


「峰くん、皇居の周囲でもぐるぐる回ってくれたまえ」

「承知いたしました」


「このボタンを押さない限り、ここでの話は前席にも漏れない。安心したまえ」


 たしかに、前席との間には分厚そうなアクリルの仕切りが設けられている。とはいえどうせこの狸のことだ。どこかに録音機くらい仕込んでいても不思議ではない。


 俺は気を引き締めた。ここで踏ん張らんと。俺だけのためじゃない。大事な吉野さんや、みんなの未来まで懸かってるからな。


「石元さん。なにかご用でしょうか」

「君はさっきまで、海部くんと話していたろ」


 はあ、さすが黒幕。なんでも知ってるってか。


「まあ……」


 どうせお見通しだ。嘘ついても仕方ない。


「なんの話だったのかね」

「それはですね」


 瞬間、俺の脳が高速回転した。ここは勝負どころだ。


「役員専用車って、ベンツかネコサスばかりだと思ってましたよ。こんな黒のミニバンとは思いませんでした」

「無理言って変えてもらった。あんなセダンに乗る連中はセンスがない。こいつのほうが、移動中に仕事がしやすい。広いし、シートも格段に座りやすいしな」


 スモークのサイドウィンドウを、指でこんこんと叩いてみせた。


「総務には言ってあるんだがな、役員専用車は全部これにしろと。役員の時給を考えてみろ。一秒でも多く仕事させられるなら、社用車の多少のコストアップなんか、問題にはならん」

「なるほど」


 たしかにそうだ。さすが三木本を立て直した最高財務責任者だけはある。ケチケチ一本槍で立て直しただけじゃないってか。


「それにこいつもネコサスだ。LMというモデルでな」

「えっ。セダンじゃないのに?」

「ああそうだ。私のような変わり者が使ったりするんだよ」


 知らんかったわ。猫田自動車、やるなあ……。


 まあとにかく、雑談に逃げているうちに、考えがまとまった。この線で行くわ。


「さっきの会合ですが、海部事業部長に呼ばれましてね」

「ほう」

「俺はついこの間まで、三木本Iリサーチ社所属だった。態勢変更でマッピング事業が難航しているので、助言してほしいという話でした」

「なるほど」


 しばらく考えている。


「まあ金属資源事業部は、川岸くんの古巣だ。心配になるのも当然か。……兼務人事で、まだ半身を金属資源事業部に置いているし」


 俺が海部事業部長とどんな話をしたか、気になって仕方ないんだな。自分が操る川岸の「二重スパイ行為」がバレる危険性があるし。


「どうアドバイスしたんだ」

「ええ。問題はゴーレムの鈍足だ。その召喚を止めて、人間とシーフだけで距離を稼ぐべきだとアドバイスしました」


 無難な話にまとめておく。


「それは社長も口にしていたな」


 そりゃあな。元々、吉野さんが社長に披露したアイディアだし。


 石元CFOは、横を向いて、俺の顔を見つめた。次々通り過ぎる街灯に照らされて、顔に光の筋が走っては消えていく。


「平くん。君は川岸くんのことをどう思う」

「どうって……」


 いよいよ来たか……。


「頑張っているのかもしれませんが、能力に難ありです」

「そう思うのか」

「ええ。おまけに人格・性格面も問題大ですね。……俺、役員しか見られない人事情報にアクセスできますからね。そっちでも人格面の評価は散々ですよ。これまでなんとか成績を残してきたから誰も表立って問題にできないだけで」


 ここまでは客観的な事実だ。たとえこの発言を録音されていたとしても、後々問題になることはあり得ない。


「そうか……」


 頷いている。


「石元さんもご存じでしょう? 俺に尋ねるってことは、ご自分でもとうの昔に、川岸の周辺は洗ってるだろうし」


 それをわかった上で、使いやすいコマとして操ってるわけだろうからな。


「君は社長に近い。それに異世界事業を通して、川岸くんの動向にも詳しい」

「……」


 俺は黙っていた。なにが言いたいんだ、この狸。


「正直に聞く。君、川岸くんの背後に、なにか怪しい動きがあるとは思わないか」

「えっ……」


 思わず絶句しちゃったよ。


 どういうことだ。


 怪しいもくそも、あんたがそうだろう。川岸も、石元と親しいことはつるっと俺に漏らしてる。それに役員会議では、さりげなく川岸をサポートをしていたし、俺の異世界事業をやんわり牽制していた。まず黒幕鉄板で決まりだったはず。


 いったいこれは、どういう意図の発言なんだ。能無しの川岸が俺を潰せないから、直接脅しに来たのか。


 あるいは見返りを提示して、抱き込みに出るのかもしれない。社長に近い立場の俺から社長のヤバい情報を聞き出し、退任を要求して一気に勝負に出るとかな。


 おまけに、川岸が異世界で使い物にならないのは、黒幕なら早々に気づいているはず。俺や吉野さんを抱き込めば、異世界で自分の意図に沿った探索をさせることができる。そっちで有用な資源を発見できれば、その利権を餌に役員連中を一本釣り可能だ。


 役員の多数を握れば、社長退任を促し次期経営者に収まることも充分、現実的。社長派の抵抗が大きければ、経営会議で社長解任決議案を提出するクーデターだってあり得る。


 脅しか、抱き込みか。あるいはもっと別のヤバい事か。泡沫商社の権力争い程度で、まさかこのまま拉致されて殺されたりはないとは思うが……。


 くそっ!


 皇居のお堀を覗くフリをしながら、俺は必死で考えた。


 海部事業部長との面談に続き、またしても正念場だ。ここの答えには、俺の未来が懸かっている。どう返答すべきか、しっかり検討しなければ。


 しかも、秒速で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る