7 シュヴァラ王女の秘められた冒険

7-1 タマゴ亭屋号の謎

「なに? 今日は異世界に行かないって、どういうこと?」

「ちょっと緊急の案件があってですね。額田ぬかたさん」


 東京。異世界謎子会社のいつものセコい会議室で、俺と吉野さんはタマゴ亭額田さんと相対していた。


「はあ。じゃあお弁当どうします。キャンセルするか、ここで食べてもらってもいいですけど」


 異世界組の弁当4つが入ったケースを、脇のテーブルに置いた。おそらくはエビチリと思しきいい匂いがする。早くも早弁したくなったが、今日はそれどころじゃない。


「キャンセルならあたしが持って帰ってウチの賄いにしちゃいますから、気にしないでくださいね」

「ここで食べます」

「そうですか。……じゃああたしも異世界行かなくていいのかな。今日はお店のみんなにグラタンのレシピ教える約束になってるんだけど。平さんも、あれ好きでしょ」

「たしかに。洋食弁当でサブとして一口グラタン入ってると、飛び上がって喜びますね。クリーミーな食感で、口に含んだ瞬間、海老や鶏の旨味含んだ香りが鼻に抜けるのがまた……。それに具を噛んで出る滋味がこれまた――」


 吉野さんの視線に気づいて、俺は黙った。ドン引きしとるやんw 今日は真面目な話ですよね。そうでした。


「えーとまあどっちにしろお互い、異世界行きは今日はなしですね。それより話があるんで。こちらにどうぞ」

「はあ……」


 戸惑った様子で、タマゴ亭さんはテーブルの椅子についた。


「長い話になるんで、お茶でも飲みながらやりましょうね」


 お茶を淹れると、吉野さんが湯呑に注ぐ。


「熱いけど、冷房利いてるしいいよね」

「はい。……なんの話でしょうか。契約解除とか、そのへんの微妙な話題でしたら総務の方経由で――」

「あーいえ違うんです。俺達、異世界で旧都王宮に辿り着きましてね」

「はい。こないだ教えてくれましたよね。それ」

「それで金曜、王宮地下で奇妙なものを発見しまして。――これです」


 タマゴ亭さんの箸袋を、会議テーブルに置いた。


「ウチの割り箸ですか。跳ね鯉村ならともかく、こんなものが旧都遺跡に落ちてるわけ――」

「いえ、これですよ。この屋号です」


 ロゴを指で示す。


「すみません。意味がわからないんですが」


 俺は説明した。王宮地下の隠された部屋で、謎の扉の前に、この紋章が掲げられていたと。


「だからなんです?」

「いえ、タマゴ亭さん、なにかご存知かと」

「こんな紋章」


 タマゴ亭さんは、箸袋を脇にどけた。


「似たようなの、いくらでもあるでしょう。ウチだって、こんなの適当に紋章図鑑かなんかから拾ってきたかアレンジしたかに違いないし」

「まあたしかに完全一致とは微妙に違うんですが、おおむね同じです」

「なら偶然では?」

「いえ偶然と言うには似すぎている。まるで――そう、まるであの紋章を知っている人間が、記憶を頼りにタマゴ亭の紋章を考え出したかのように」

「……よくわからないんですが、なにが言いたいんでしょうか。紋章の由来が知りたいなら、今度父に聞いておきますが」

「紋章は、王女が通り抜けたと思われる謎の扉の上に描かれていたんです。……つまり、この紋章と王女は、なにか関連がある。そう、俺達は考えています」

「はあ……」


 ほっと息を吐くと、タマゴ亭さんはお茶を口に運んだ。


「王女シュヴァラは一年前、二十二歳の夏に失踪した。つまり今は二十三歳ということになる」

「私達、最初はあなたが消えた王女じゃないかと思ったの。でもあなたは十八歳、年齢が合わない」

「あたしが王女? ないない」


 大声で、タマゴ亭さんは笑い出した。


「それに王女の失踪は一年前でしょ。あたし、日本橋生まれの日本橋育ちだし。小学校は銀座の泰明で、なんなら今度卒業アルバム持ってくるけど。それにウチの屋号、もう随分長く使ってるし、そもそも」

「たしかに、それはそうだ。タマゴ亭の今のロゴも六年前からだってわかったよ。総務に確認したんだ」

「なら――」

「念のため、いろいろ調べてみた。ほら」


 総務に手配してもらったタマゴ亭の企業情報を、テーブルに広げた。


「タマゴ亭は創業八十年。地場の割烹『額田屋』として始まって、先々代のご主人が体を壊したのを機に、仕出し弁当に業態を変えた」

「額田屋の屋号は、長らくただの文字だった。屋号を『タマゴ亭』に変えて現在のロゴに変更したのは、六年前。ちょうど私が入社した頃ね。だから私は古い屋号は知らないのよ」

「吉野さん。申し訳ないですがあたし、そのあたりの経緯は全然……。でもたしか、これからは企業向けの仕出しに力を入れるからって、タマゴ亭に変えたはず。あのロゴどうやって考えたのか、今度父に聞いておきます」

「いえ、もう聞いたわ。いろいろね」

「……」

「悪いけど、こっちで確認しておいたんだ。君のお父さんに。なんでも、タマゴ亭って名前、君が発案したとか」

「そ、そうそう。家族みんなで案を出し合って、これに決まったんだった。あたし思ったんですよ。企業に力入れるなら現場の女子受けも大事。だから額田屋なんて昭和レトロな名前より、親しみやすくてかわいい、小洒落たビストロみたいな感じがいいかなって。そもそも今の子、下手したら額田とか読めないですからね」


 たしかに。でも自分のがよっぽど若くて「今の子」だけどな。笑うわ。


 タマゴ亭さんは、傍らの弁当箱を取り上げた。蓋に「タマゴ亭」と印刷されている。


「ほら玉子って、安いしおいしいし、栄養豊富。職場での毎日のお弁当にふさわしい、いいイメージがあるでしょ。コスパ最高――みたいな」

「まあそうかな」


 社会経験のない中学生だったにしては、なかなか賢い。ウチの経営企画に参加してもらいたいくらいだわw


「あと問題のロゴだけど、君のお父さんは、あれも、君が考え出したって言ってたよ」

「それは……」


 タマゴ亭さんの顔色が変わった。

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