6-9 謎の紋章。見慣れた紋章。
「さて、アーサーんとこ戻りましょう」
「ちょっと待って。泣いちゃったから」
吉野さんはしばらく身なりを整えていた。こういうとこ、女だよなあやっぱ。
「待たせたな」
「おう」
アーサーはにやにやしている。
「痴話喧嘩は終わったのか」
「はあ?」
「よせ、アーサー」
ミフネがアーサーの胸を押した。
「平も吉野も、俺達の大事な仲間だ。侮辱は許さん」
アーサーは、すぐに真面目な顔つきに戻った。
「悪かった。許してくれ平と吉野。……早く先に行きたくて焦れてたんだ」
頭を下げる。まあ焦れる気持ちはわかる。ようやくここまで来て王女の手がかりが出たんだからな。
「いいさ、アーサー。今度どこかで借りを返してくれ」
「すまん。貸しにしてくれるんだな」
「ああ。早く入ろう。俺達も全員入る」
「さすがは異世界の勇者だ。肝が座ってる」
「フォローもおべんちゃらも無用だ。行こう」
「よし」
三々五々、そこらの岩に腰を下ろしていたパーティーメンバーが立ち上がった。門を潜る順番を決める。最初にひとり入り、様子を見て出て、それから全員で入ると決めた。なんせ中が――というか通った先がどうなってるかわからない。これなら最悪、誰かひとりだけ犠牲になれば済む。スカウトがひとりが立候補した。
「じゃあ行ってくる」
「抜剣して行け。先にすぐモンスターがいるやもしれん」
「おう」
顔をひきしめると抜剣し、スカウトは大きく深呼吸した。
「では入る」
すっ。
暗闇に入る。縦に広がった墨汁の池に入ったかのように、体はすぐに見えなくなった。
一分、二分。まだ戻ってこない。
「大丈夫でしょうか、隊長」
スカウトのひとりが不安げにアーサーに訴えた。
「落ち着け。すぐ戻ってこないということは、少なくとも危険ではないということだ。逃げ帰ってこないのだからな。周囲を探索して安全を確認してから戻る気だろう」
「はい。……奴とは同期なんで、ちょっと心配で。すみません」
もちろん、アーサーがあえて言わなかった、もうひとつの可能性はある。つまり「向こう」に出るや否や虐殺されたという。だがそれには誰も言及しなかった。言ったところでなんにもならない。非生産的だ。
たっぷり五分ほど経ち、アーサーの飄々とした表情にも影が差し始めた頃、急に暗闇が揺らいだと思いきや、スカウトが戻ってきた。
「おう。どうだった」
さすがのアーサーも、ほっとした表情だ。
「はい隊長。向こうはとりあえず安全です。ここのような岩場の空間になっていて――ここより広いですが――なにもありません。ただひとつ、岩に妙に直線の切れ目が入っていて、おそらく扉だと思われます」
「多分、そいつが知覚の扉だな。平の魔剣が教えてくれた」
「はい」
「よし行こう。いいかみんな」
全員、頷いた。
「再確認だ。いつもの警戒陣形で進む。抜剣し、斬り合いの乱闘で同士討ちしないよう、間隔は二メートル――つまり入る間隔は二秒ごとだ。まず俺達スカウトが入る」
「それに――平のチームは剣使いが平だけ。同士討ちの危険性は少ない。なるだけ密集して入れ」
ミフネが付け足した。
「特にタマとトリム。お前らは気を張っていろ。なにかあったら俺達は気にせず、自分たちのチームを第一に守るんだ」
「わかっている」
唸るようにタマが言い放った。今は猫目の瞳も大きく開いている。
「あたしはふみえボスと平ボスを守る」
「あたしだって守るよ。矢はいくらでもある」
「ボクを忘れないでね。いくら小さいって言ったって、ボクだって――」
「ああわかったわかった。にぎやかなパーティーだな。異世界組は」
苦笑いを浮かべると、ミフネはまた真面目な表情に戻った。
「よし行こう。アーサー頼む」
「おう」
アーサー達スカウトが闇に消え、近衛兵の一部が消え、次は俺達だ。
「念のためです。息を止めて進みましょう」
「うん。わかった」
吉野さんが深呼吸すると、大きな胸が膨らんだ。
「じゃあ行きますよ」
「うん。……手を握ってて」
「はい」
左手で吉野さんの手を掴むと、俺は闇に進んだ。
――すっ……。
闇を抜けるとき、一瞬、冷気を感じた。ただ一瞬だけだ。本当にたった一歩踏み出しただけのように、気がつけば俺達はまた岩場の空間に立っていた。背後に暗闇の門。周囲は聞いたとおり、まさに洞窟内部。例の壁の明かりはないが、岩のあちこちに発光性のなにかが付着してるかなんからしく、洞窟内部はそこそこ明るい。
俺達に続いて、ミフネが門を潜ってきた。
「たしかに同じ感じだな。……書物庫からここまで、さらに先と、こんなのが延々続くのか」
うんざりしたかのような口調だ。
「いや、そうでもないだろう。あとは知覚の扉だけのはずだ。……どこに出るかは不明だが」
「ここです隊長。扉らしきものは」
先行したスカウトが、俺達を一角に案内する。たしかに、ただの岩場の壁に、まるでレーザーでうがったかのような不自然な直線の切れ目が入っている。長方形の扉の形に。おそらくこれが知覚の扉。開ける方法もあるはずだ。
「見て! 平くん、あれ」
吉野さんが扉の上を指差した。
「……ああ、なんていうこと!」
「目ざといな、吉野。さすがはドラゴンライダーだ」
先行したスカウトが、感心したかのように笑っている。
「吉野が見つけたとおり、そこには紋章が刻んであるんだ。硬い岩にどうやって刻んだのかはわからんが、微細で精巧だ。我々シタルダ王朝の紋章ではないが、おそらくバスカヴィル関係ではないかと。なぜなら――」
その後も解説してくれたが、俺の耳には入ってこなかった。おそらく吉野さんも同じだろう。
紋章は、盾のまわりに蔦が絡み合ったような、複雑なものだった。
「平くん、これって……」
「ええ、吉野さん……」
「どういうこと?」
「わかりません。なんでこんなことになっているのか……」
喉がからからに乾いてきた。そう。その紋章は見たことがある。俺も、そして吉野さんも。謎子会社に左遷され、ここ異世界に飛ばされたときより、はるか以前から。
毎日のように――。
その紋章。
そう、それは、仕出し弁当屋「タマゴ亭」さんの見慣れたロゴと、まったく同じだった。
■次話から新章。急展開! ★での評価を頂けるとやる気が出ます。
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