8-8 アスピスロードの巣

 翌日。例によっていろいろ会社用に偽装してから、アスピスの大湿地帯、攻略の二日目に取り掛かった。


 前日でもう慣れている。意外なほどの速度で、俺達は臭い湿地帯を進んだ。陽も高くなり、そろそろ弁当タイム用に移動しようかって頃、先頭を行くトリムが俺を振り返った。


「平、この先、どっちの方向も進めない。三方向に分岐してるけど、ちょっと先から全部底なし沼だよ」

「マジか」

「少し戻るしかないわね、平くん」

「そうですね吉野さん。……さっき分岐したところまで戻って、そこから別の道に行きましょう」


 こりゃ、マジであみだくじだな。


「待てっ!」


 タマが大声を上げた。


「モンスターだ。すぐ来るぞっ」


 タマの猫目が、きゅっと狭まった。気配を探ろうとするかのごとく、ネコミミがせわしなく動いている。


「馬鹿言うなタマ。キングーがいればモンスターは出ない」

「それはポップアップ型だけだ。これは違う。定着型。気配からして、とても危険な奴だっ」

「ご主人様っ。きっとネームドだよっ」


 不安そうに、レナが俺を見上げた。


 ネームド。それは定着型モンスターの中でも、極めて強い、特別な存在だ。俺が知ってる奴もいる。たとえばエンリルにイシュタル、そうドラゴンだ。


 ってことは、ヤバいじゃん。足場がこれだし、前方はすべて底なし沼。敏捷に動いて戦うわけにはいかない。


「トリム、結界を張れ。タマは吉野さんとキングーを守れ。吉野さんはポーションとアイテム投擲準備っ。厳しければ即座に撤退する。クラブハウスにだ」


 矢継ぎ早に命じる。トリムの結界、ボスクラスには効かないことが多いが、雑魚を連れていたら、そいつらだけでも防げる。それだけでも、戦闘に有利だ。


 スマホ形態のキラリンを確認した。「いつでもいいよ、お兄ちゃん」というメッセージが表示されている。


 俺がバスカヴィル家の魔剣を抜き放った瞬間、前方の底なし沼が沸騰するように泡を吐き出し始めた。


 来るっ!




 ――どんっ。




 底なし沼の濁った水面をぶち破るかのように、巨大なモンスターが出てきた。八メートルはある。


「なんだ、こいつ」


 蛇体。ちょっとドラゴンに似てるが、脚は見えない。八メートルの蛇というとアナコンダとかニシキヘビを想像するが、こいつは全然違う。とにかく胴体が太い。樽ほどもあるし、松かさのような荒くささくれだった鱗で覆われている。おまけに紫と黄色のド派手で太い縞模様。見るからに邪悪だ。


 しかも人面に近い。蛇眼で人間の顔に似てるんだが、蛇のように前方まで顎が伸びていて、口は大きく裂けている。目も蛇のように前方と横、両方を見られる位置だ。頭だけで言えば、蛇とわにと人間の血が混ざっているといった印象さ。


「あの胴体は警戒色。猛毒モンスターだっ」


 タマが唸った。


「咬まれたら死ぬぞっ」


 たしかに、キングーがいれば周囲の毒は中和されるとは言うものの、咬まれりゃ別だ。直接血中に猛毒が注入されるからな。


「これはアスピスだよ、平」


 矢をつがえながら、トリムが叫んだ。


 そういやここは、アスピスの大湿地帯って名前だった。ネーミングの元になったモンスターがいても不思議ではない。てかむしろ当然だ。


 警戒矢を周囲に射ち終わったトリムは、素早く爆発矢をつがえた。


「でもこいつは定着型。しかもこんなに大きなアスピスはいない。普通は一メートルとかで、多数群れて襲ってくるタイプだからねっ」

「どういうことだよ」

「多分これ、アスピスロード。しかもネームドだろうから、別に名前があるはずだよ」

「俺はラハム」


 蛇野郎が唸った。真名を名乗ったってことは、交渉の余地なんかない。聞かれても構わないということは、殺す気だろう。


「俺の巣を荒らす連中は、全員ぶっ殺すっ」


 トリムが矢を放った。鋭い風切り音で飛んだ矢は、アスピスロードの眉間に飛んで爆発した。


「やったっ!」


 歓喜の声を上げたトリムの顔が、瞬時に強張った。


「うそっ!」


 爆発の煙が薄れて見えてきた野郎の額には、まったくダメージがない。鱗の一枚すら落ちてない。矢と前後して放たれた吉野さんの火炎弾が破裂してラハムの体を炎が包んでいるが、消すでもなく平然としている。


「お前らの攻撃はそれだけか。ならこちらの番だな……」


 含み笑いを漏らしたアスピスロードが、トリムの結界すらぶち破って、物凄い勢いで突っ込んできた。

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