8-9 キラリンの分裂

「お前らの攻撃はそれだけか。ならこちらの番だな……」


 含み笑いを漏らしたアスピスロードが、トリムの結界すらぶち破って、物凄い勢いで突っ込んできた。


「キラリンっ!」


 叫んだ瞬間、俺達は全員、クラブハウスのリビングに立っていた。キラリンが転送してくれたんだ。


「……ありがとうな、キラリン」


 内ポケットから謎スマホ状態のキラリンを取り出すと、ぶるっと震えた。


「ヤバかったねー」というメッセージが表示されている。


 それにしても、緊迫した状態から急に日常に戻ると、違和感凄いわ。ほんの数秒前まで、この世のものとは思えない臭気の毒沼で巨大モンスターと戦ってたってのに、今は窓の外から焼き芋軽トラの営業放送が聞こえてきてるんだからな。


「みんな大丈夫か」


 全員、頷いている。どうやら転送大成功だな。誰かひとり取り残されたりしなくてよかった。確実に殺されるからな。天使の子キングーだって長命というだけで、死なないわけじゃない。


「とりあえずここで弁当食おう。落ち着いてから、次の手を考える」

「じゃあお茶淹れるね」

「お願いします吉野さん」


 大テーブルに弁当と茶を並べて、飯にした。


「なあレナ、あれやっぱアスピスロードって奴なのか」

「ボクもそう思うよ、ご主人様。アスピスの上位種。あんなに大きなアスピス、いないからね」


 例によって器用に俺の弁当をつまみながら、レナが俺を見上げた。


「僕は聞いたことがありますよ、平さん」


 キングーは、ひとり静かに茶だけ飲んでいる。


「アスピスは群れて暮らすモンスターですが、特異な生態があるんです。ある程度成長すると争って、共食いを始めるんですよ。さらなる成長のために。それを繰り返すので、だいたい死んでしまう。ただごく稀に極端に強い個体は生き残るので巨大化して、アスピスロードに進化するのだとか」

「それでネームドになるのか……」

「アスピスロードになって長い年月が経つとか、なにかのきっかけがないとネームドにはなりません」

「ご主人様、あれきっと、魔族が魔法でネームドまで強化したんだよ。魔族以外の侵入者を排除するために」

「なるほど」


 それは充分ありそうだ。手間もないしな。強化したら、あとはほっとけばいいから。


「ネームドとなると、そう簡単には倒せん。しかも先程でわかったように、こちらの間接攻撃は通じない」


 タマは唸った。


「あたしや平ボスのような直接攻撃で倒すしかないが、敵は底なし沼の上だ。あいつは腹ばいも同然だから沈まないが、あたしや平ボスは沈む。仮に沈まなくても足場が沼だから、踏ん張れない。有効な蹴りなど入れられるはずもない」

「それにそもそも、あの大きさじゃあなあ……」


 急所でもわからない限り、蹴りなんか何発入れてもたいして効果はなさそうだ。たらたら攻撃してる間に、あいつに巻き付かれ絞め殺されたり毒の牙で咬まれたりしそうだしな。


「つまり倒せないってことね」

「少し前まで戻って、別の道を辿るしかないな」

「やっぱりそうよね、平くん」

「キラリン、戻れるだろ」

「うん、お兄ちゃん」


 人型になったキラリンは、夢中で弁当を口に放り込んでいる。


「分岐点は全部転送ポイントとして記録してある。ひとつ前から別の道に行けばいいよ」

「要するに戦わなけりゃいいんだもんね。ねえ平、なんちゃって――」

「酒は禁止だ、トリム。午後、またあっちに戻るからな」

「えーっ。今日はもういいじゃん」

「まあそう言うな。パズルのように辿るしかないとなれば、想像以上に日数が掛かるかもしれない。定着型以外、モンスターは多分出ないんだし、進むこと自体は簡単だ」

「距離は稼いでおきたいものね、平くん」

「吉野さんが言うなら、あたしはそれでいいや」


 いやトリムお前、仮にも俺の使い魔だろ。なんで吉野さんの意見にはすぐ従って、俺には難癖なんだよw わけわからんがな。


 とにかくアスピスロードとの戦闘を避けて先に進む。――そんな俺達の戦略はだが、ことごとく打ち砕かれた。それから数日、いろいろなルートを試したが、どう進んでも、あのアスピスロード、ラハムとかいうネームドが湧いてきやがる。あいつの巣、とてつもなく大きいみたいだな。


 毎度俺達が消えて逃げるから奴も苛ついてるようだが、こっちも同じだ。てか、どうにも困り果てている。このままではペルセポネー奪還もできず、冥王ハーデスとの交渉など、夢のまた夢でしかない。


 一進一退の――というより一歩も進展しない展開が続いた。そしてある日、例によってアスピスロードの登場と共に逃げ帰った俺は驚いた。マンションのリビングに、キラリンが人型で立っていたからだ。


「キラリン、お前、いつの間に人型になった」


 たしかに、逃げた瞬間までは謎スマホ形態だったはずだ。


「いつってお兄ちゃん。……いつだろ」


 キラリンも首を捻っている。


「いや待てよ。……なんだこれ」


 内ポケットの感触に、俺は驚いた。そこにはまだ、謎スマホ形態のキラリンが入っていたからだ。


「どういうこと?」


 俺が取り出した謎スマホを見て、吉野さんが絶句している。


「キラリン、お前誰だ」

「誰ってお兄ちゃん。お兄ちゃんの大事な嫁だよ。ご主人様なのに、忘れちゃダメでしょ」


 相変わらず訳わからんが、とりあえずそれは置いておく。


「ならこの謎スマホはなんだよ」


 振り回して見せた。


「知らないよ。あたしはここにいるもん」


 いやマジ、どういうことなんだ……。

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