8-10 マリリン博士の野望w
「さて……と」
塗装も剥げ、くすんだ巨大倉庫を、俺は見上げた。
相も変わらず、壁には「ミツバフィールド」という屋号と潮吹き
そう。ここは三木本商事開発部I分室。アレ博士マリリン・ガヌー・ヨシダの巣窟だ。
「社長もいい加減、壁塗り替えてやればいいのにな。いつまで前所有者の屋号掲げとくんだよ。金ケチるにもほどがあるぞ」
「お兄ちゃん、博士、元気かなあ」
脇に立つキラリンが、俺を見上げた。
「元気に決まってんだろ。あのアレな人が落ち込んだり病気になったりとか、想像もつかんわ」
なんたって、初めて会ったというのに、俺の精子抜こうとしたくらいだからな。
キラリンの異変を受けて、今日は博士に相談に来た。レナも連れてな。なんたって博士は「アレ」だ。俺の身になにかあったら困る。一応、レナがブレーキ役ってことさ。
あーちなみに、吉野さんは有給休暇取って、クラブハウスの整備を進めてるわ。タマやトリムと一緒に。なぜかキングーまで手伝ってるらしいが。
例の安っぽいアルミ扉のインターフォンを、俺は押した。
「平です。例の相談の件で」
社内グループウエア経由で、もちろん事前にアポは入れてある。
「開けゴマ」
またかよw もちろん扉はビクともしやしない。
「マリリン博士。Iデバイス連れてきました」
「開けゴマーっ」
どうせ今日も開かないだろ。博士手作りの、怪しい音声認識ドアなんだから。
内側からガンガン、なんかをぶっ叩く音がして、ようやく扉が開いた。
「ごめんごめん。今日はたまたま具合悪いみたいでさ」
博士登場。いつ会っても、給食当番の女子中学生みたいな見た目だ。実年齢が十七歳で白衣に微乳だから、そう見えても不思議ではない。
博士、笑ってはいる。後ろに謎機械が転がってるが。ドアに付けた自動開閉装置、蹴り壊したんだな、多分。たまたまじゃなく、いつもおかしくなるんだろ、どうせ。
「まあ入んなよ」
俺の脇を見て。
「あらーかわいい。あんたがIデバイスちゃんね」
「キラリンって言うんだよ、ママ」
ママw まあ博士の発明品だから、間違ってはいないか。
「お兄ちゃんが名付けてくれたんだ」
「そう。さすがは嫁を大事にするご主人様だね」
「うん」
博士までキラリンとおんなじような謎呼称使ってるがな。さすが親子――じゃないか、キラリンの創造主。
「ボクもいるよ」
俺の胸から、レナが顔を出した。
「おっこれはこれは。……あんたはきっと、平くんの最初の使い魔、サキュバスちゃんだね」
「うん。レナって呼んで」
「なかなか興味深いね。サキュバスなのになんで小型なのかとか。多分秘密が隠されてるなあ、これは。……ねえ平くん、この娘、解剖していい」
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「断る」
「ちぇーっケチ。いいじゃんねえ減るもんじゃなし」
「減るだろ。死ぬんだから」
「後で生き返らせてあげるからさ」
「謹んでお断りいたします」
眉を寄せて、マリリン博士は俺をじっと見つめた。
「あんた相変わらず冷たいね。溜まってるんじゃないの」
右手を握って、上下に動かしてみせた。頭痛い。
「なんならあたしが――」
「それより早く相談に乗って下さいよ」
「そうだね。あたしもその案件、興味あるからさ」
ようやく入れてくれたわ。
前回同様、轟音と火花を飛ばしまくる謎装置「テスラコイル」の脇で、博士は話を聞いてくれたよ。
「――そんなわけで、キラリンは人型使い魔としてここにいるのに、この謎スマホ状態のキラリンも存在してるわけです」
俺はスマホキラリンを振り回してみせた。
「要するに、同時にふたつの形態取ってるってわけね。存在が分裂して。……んじゃあそれ、ここに置いて」
事前に概要はテキストで送っておいたから、話は早い。電磁調理器のような例の謎機械を持ってきたわ。
俺がスマホキラリンを置くと、大型ディスプレイを睨みながら、博士がキーボードを叩いた。
「……なるほど。ちょっとあんた、こっち来てここに腕通して」
「はい、ママ」
キラリンを呼ぶと、なにかの装置に腕を通させる。てかこれ、どう見ても……。
「ねえ博士。これ、血圧測る奴だよね。ボク、スマホで見たことあるよ」
たまらず、レナが口を挟んできた。
「そうだよ。あんた異世界の存在のくせに、よく知ってるね」
「レナは、なんにでも興味を持つんですよ」
「あらそう。ますます解剖したくなったわ」
やめれw
「特にエッチな方面は興味津々なんでしょ。サキュバスなんだから」
「それは……まあご想像にお任せしますとしか」
口を濁しておいた。毎晩のように夢でやってます、現実でも二回ほどしました、どっちも吉野さんのマンションで、最初は処女童貞ばかりの謎3P、次は風呂プレイ――とか、正直に話すわけにもいかんし。
「レナちゃんの想像のとおり、こいつは血圧測定器。会社の診療所からちょろまかしてきた奴。あんたの相談があったから、デバイスセンサーに改造しといた」
はあそうすか。この調子だと他にも盗んできた機械、いっぱいありそうだな。
「ああやっぱり」
ディスプレイを睨んで唸っている。
「どういうことです、博士」
「平くん、あんたの妄想パワーが凄いからよ」
「それは前聞きました」
妄想を形にする能力を持つ異世界に俺が長くいたからこそ、Iデバイスがモンスター化して使い魔キラリンになったと。
「あんたの側にいたから、この娘は第二形態に進化したってとこ」
「どういう意味です」
「元々の本体は、このデバイスだったわけよ」
謎電磁調理器に置いたスマホキラリンを、博士は指でとんとん叩いた。
「それがモンスター化し、人型の使い魔となった。これがキラリン第一形態」
「はい」
「その後も当然だけど、平くんの妄想パワーを浴び続けてる。結果としてモンスター化が進み、キラリンはIデバイス形態の支配から抜け出た。つまり第二形態」
「やっぱりわかりません」
「簡単に言えば、このデバイス形態のほうは、へその緒くらいの存在になったってことよ」
「ご主人様。キラリンはもう独立した存在になったってことだよ」
「そうそう。あんた、サキュバスなのに頭の回転速いね。解剖が無理なら、ウチで助手やらない? たまに貸してよ、平くん」
「ボクもやってみたい!」
意外なことに、レナが立候補した。
「ねえいいでしょご主人様。異世界に行かない日だけでいいからさあ」
キラ目でおねだりしてやがる。レナのおねだりは珍しい。なにか博士の元で学びたいことでも、あるのかもな。
「今度ゆっくり考えとくわ、レナ。……それより博士、もう少しわかるように説明して下さいよ」
「わかった」
頷くと博士は席を外し、得意のビーカーコーヒーを人数分淹れて戻ってきた。二五〇ミリリットルのビーカーには、湯気の立つコーヒー。マドラー代わりにガラスの攪拌棒が差してある。どこまでも研究室っぽい。
一〇〇ミリリットルのビーカーには白い粉と実験用のヘラ付き匙が入っているが、砂糖だろう。
ちゃんとレナにも小さなコーヒーをサーブする。さすがにビーカーじゃなくて、なんか超小さな薬瓶のような奴。
「はいどうぞ。レナちゃんは小さいから、バイアル瓶に入れといた」
「ありがとうございます」
だが飲むわけにはいかないw なんせ前回、コーヒーに睡眠薬と催淫剤混ぜて俺を眠らせ、精子を抜くとかなんとか、不吉な独り言口にしてたしな、このセンセイ。
「早く飲みなよ」
「おかまいなく。喉乾いてないんで」
「いいからさ。早く」
瞳が輝いてやがる。
ふん。ミエミエの睡眠薬なんか、誰が飲むかっての。天才とは言え、そこは十七歳。浅知恵だな。
「じゃあ俺は、博士のをもらいます」
「あっダメよ。そっちには入ってないし」
コーヒーカップ(てかビーカー)交換。ぐいーっ。
「ああおいしい。……さて、博士は俺のコーヒーを飲んで下さい」
「いやよそれ、睡眠薬と催淫剤入ってるし」
「白状したな。へへっ。曹操、破れたりっ」
「まあねー。これにも入ってるのは確かだわ」
マリリン博士、なんでにやにやしてるんだよ。バレたってのに。
……あれ?
「な、なぜだ……。なぜ俺が眠くなる」
「平くん、あんた馬鹿ねえ。これほど単純なトリックに引っかかるなんて。もう幼児向けミステリーだって使わないよ、こんな手」
溜息なんかついてやがる。てことはあれか。俺のと博士の、両方に一服盛ってたってことか。
「ママ……」
キラリンが不安げな声を上げた。
「ああ平気平気。あんたとレナちゃんのは、ただのコーヒーだから。おいしいから飲みなっ」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、博士はなにか用意を始めた。例の不吉な医療用ラテックス手袋を右手に装着。これも多分かっぱらってきたと思われる医療用ストレッチャーを転がしてきた。救急車とかに備え付けの、あれよ。体が動かなくなった俺を、転がすようにストレッチャーに寝かせる。足でペダルを踏んで、腹の高さまで、ストレッチャーの台面を上げた。
これでもう、どう見ても俺、まな板の上の鯉だわ。
「レ、レナ。なにぼさっと見てる。早く博士を止めるんだ」
体は動かんが、まだなんとか声は出せる。超絶眠いが……。
「う、うん……」
「いいよね、レナちゃん」
博士はレナに微笑みかけた。
「あんたはサキュバス。ご主人様が射精で気持ち良くなるの、反対するわけないもの。ねえ、手伝ってよ。あたしも本物の男性生殖器見るの初めてだからさ、どうやったらいいのか、よくわからないし」
「い、いいよ……」
あっバカ。レナの奴、なにあっさり説得されてるんだよ。
「キラリン、あんたもちゃんと見て勉強するんだよ。あんたは平くんの嫁なんだから、いずれエッチなことするんだからね」
「わかったよママ。そう言えばあたし、お兄ちゃんの裸、まともに見たことないし」
うきうき声じゃん。
「よ、よせ……俺は……お前らんんの……ご、ご主人さら……」
下半身を脱がされながら、俺の意識はブラックアウトした。
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