8-7 アンドロギュノスの沐浴

 いつものようににぎやかな晩飯が終わった。ドナツーだのエレクアだののスイーツタイムもあったし、トリムも満足したみたいだ。


「さて、風呂にするか」

「汗流したいもんねーっ、平」

「そういうことだ、トリム。なんたってあの湿地帯から戻ったんだからな」

「あの……」


 キングーが、か細い声を上げた。


「僕も入っていいですか」

「もちろんだ」


 言ったものの、先程から風呂でのキングーの扱いをどうするか、迷っていた。なにせ、タマの見立てではアンドロギュノス、つまり両性具有だ。それに気づいているとは、キングーには話していない。


「ひとりで入っていいですか」

「ああ」


 マジ、それなら気を遣わずに済むから助かる。


「最初に使ってくれ。客人だし」

「いえ、皆さんの後で結構です」

「遠慮するな」

「いえ……。最後がいいんです」

「そうか……。別にいいよ、それで」


 なんか強く言われて違和感があったが。……まあいいか。たかが風呂順の話だ。


「んじゃあいつもどおり、吉野さんとタマ、トリム、キラリン組。次が俺とレナ。最後にキングーな」


 テーブルに立つレナを摘み上げると、耳元で囁く。


「今日は風呂でエッチとか言うなよ。その後キングーが入るんだからな」

「わかってるよご主人様」


 レナも小声だ。


「でも興味あるんだ、キングーの体。アンドロギュノスがどうなってるのか、エロスの妖精、サキュバスとして。……忘れ物したフリして、お風呂に乱入しようかな」


 瞳が輝いてやがる。


「却下だ却下。ふざけるな。キングーにもプライバシーはある」

「ちぇーっ。いいじゃんねえ、減るもんじゃなし」

「それ、お前も言うのか」


 マリリン博士からキラリン経由でレナまでとか。汚染進んでるじゃんよw


「ねっ、いいでしょ。エッチなことはしないからさあ」

「当たり前だわ。気持ち悪い」

「それにマリリン博士にも頼まれてるじゃん」

「まあなあ……」


 キラリン分裂の件でマリリン博士に相談に行ったとき、アンドロギュノスについて「仔細」に調べるよう、頼まれたんだわ。なんかエロい方面に偏りがちな謎チェックリストも、もらったし。


 キングー、想像以上に長風呂だったわ。どんだけ風呂好きなんだってくらい。風呂上がってきた頃には、もうキラリンとか瞳がとろんとして寝落ち寸前といった感じだったからな。


 それにまた、長風呂で心配だとかいう屁理屈こねて、止める間もなくレナの奴が乱入してたし。困ったエロ妖精だわ、マジ。


「気持ち良かったです」

「おうキングー。それは良かったな」

「はい」


 頬が少し赤らんでいる。風呂に漬かりすぎたからだろう。


「それに服まで。ありがとうございます」

「いいのいいの。お客様用の服、この部屋にはいろいろ揃えてあるから」


 吉野さんが微笑んだ。


 キングーが身に纏っているのは、吉野さん見立てのルームウェアだ。男女兼用のパジャマと、ジャージ上下、それにすとんとしたワンピース状の奴。好みで選べるよう三種類、吉野さんが脱衣所に並べてくれたんだが、ワンピースっぽいの選んだみたいだな。


 一応、男物と女物の下着、あれこれも置いてあげたようだが、それを着たかはわからん。ただ……。


「ご主人様ご主人様」


 飛んできたレナが、俺の耳元で囁いた。


「お風呂で裸、見てきた。胸、結構大きかったよ。見た目も女の子の胸だった。ほら、今もわかるでしょ」

「どこ見てきたんだ、お前」


 言ったものの、実は俺もついついガン見してたところだ。


 どうやら、少なくとも上半身の下着は着けてないようだな。人間で言うなら、普通に思春期の女子くらいはある。おまけにノー下着だから、なんかいろいろ場所がわかるし。キングー自前の服のときは微妙にしか見えなかったんだが、このルームウェアだと丸出しだ。


「興奮した? ご主人様」

「馬鹿言うな」


 まあ「その気分を出して」ガン見すれば、興奮するかも。そのくらいには感じる。顔もかわいいしな。裸の胸見たら、瞬殺されて勃起はしそう。


「でも残念でした。やっぱり股間にアレ、生えてたよ」

「そうなのか」

「うん。ご主人様ほど立派じゃなくて、子供くらいのサイズと形だったけど。それに、トリムやボクと同じで無毛だった」

「両性具有は、これで確定だな」


 これまで、タマが嗅ぎ取った匂いだけでの推察だったからな。


「マリリン博士のチェックリスト、ひとつは埋まったね」

「ああ」

「あと玉はなかった。これでリストふたつめ」

「そうなのか」

「少なくとも見た目はね。玉とか袋はなくて、女の子と同じにつるっとしてる。……まあ正確には、触ってみないとわからないけど」

「なんだその、俺になにかを促す瞳は」

「けけっ」

「却下だ却下」


 あほらしい。なんで俺が野郎(部分もある奴)の下半身まさぐって玉袋もみもみせにゃならんのだ。


「平さん、この服、着やすくて気持ちいいです」


 俺とレナの謎会話を知りもせず、キングーは無邪気に微笑んでいる。


「良かったな、キングー」


 すらっとした柔らかそうな腿が、裾から覗いている。さすがに股間の膨らみはわからんな。わかったら俺、混乱しそうだわ。女子っぽい体型で肌も艶々なのに、謎棒がぶらさがってたりしたらなー。


「じ、じゃあもう寝よう。キラリン眠そうだし」


 このままキングー見てたら、俺、なんか危ないかも。てかアブナイ世界の扉が開きそうw 風と木のなんちゃらwww


「ここには巨大ベッドがふたつ並んでる。雑魚寝になるが、そこでいいか、キングー。嫌ならソファーでひとりって手もある。床でもいいぞ。寝袋があるから」

「皆さんがよろしければ、ご一緒に」

「決まりだな。俺は男だから端に寝るわ」


 いつもの定位置だとだいたい吉野さんとトリムに挟まれるんだが、今日は客人がいるしな。


「えーっ。あたしはぁ?」

「膨れるなトリム。いろんな寝方を試すべきだろ。これも訓練だ」

「そんな訓練ないし」


 まあ、俺の自制心という訓練だがな。


「じゃああたしがお兄ちゃんの隣に寝る」

「断る」


 どうせキラリン、ろくなことしないだろ。


 などといろいろ揉めつつ、結局、レナ、俺、吉野さん、キラリン、トリム、タマ、キングーという並びでベッドに入った。あーもちろんレナは小さいままな。


「こんな柔らかな寝台で眠るのは初めてです」


 位置が落ち着くと、キングーがぽつりと漏らした。


「そうか」


 そりゃ、せいぜい板張りに葉っぱでも散らしたベッドくらいしか、あの山小屋にはなさそうだしな。世界を放浪している間も辺境中心だったろうから、王宮にあるような豪奢な寝台とは無縁だったはずだ。


「じゃあ灯り消していいか、キングー」

「はい」


 サイドテーブルに置いてあるリモコンで、部屋の灯りを消した。てかキラリン、もう寝息立ててるし。嫁がどうとかごねるくせに、寝付くの早っ。


「平さんたちは、いつもこうして眠るのですか」

「毎日ってわけじゃない。この部屋で寝るのはそもそも、今日が初めてだし」

「いつもはご主人様の狭いベッドで眠るんだよ。ボクとトリムで」

「せ、狭いベッドで」

「そうそう。ひとり用だからもう、ぴったりくっついて」

「黙れレナ」


 誤解を招くだろ。それに吉野さんだって聞いてるのに。


「トリムが来た晩だけだし、それに別になんもないしな」


 もうほとんど吉野さんに向けての言い訳になってるなw


 実際、風呂でなぜか謎棒洗われるだけだ。ベッドではなにもない。そもそもトリム、そういうエッチな知識皆無だからな。それに夢の中ではレナとエッチなことできるしさ。それまで我慢楽勝だ。


 と、俺の体に吉野さんの太腿が被さってきた。こちらを向いてぴったりくっついて、胸に手を置いている。てか俺の乳首、こねこねしてるしー。


「ふふっ」


 俺がもぞもぞ動くと、吉野さん、小さな声で笑ったよ。


 からかうのもいい加減にしてほしいわ。それに吉野さん、なぜか乳首好きなみたいだな。沖縄でも責められたし。もしかして謎性癖でもあるんか。なんせボンデージ持ってたくらいだ。


「よ、吉野さん……」


 太腿の内側が、すごく熱い。なんか俺、興奮しそうだ。血流が下半身に集中しつつあるしw どうしよこれ。なんたって、謎棒は吉野さんの太腿で圧迫されている。すぐ感づかれるはずだ。


 たまらず、横を向いたよ。レナを引っ掴むと、人形よろしく胸に抱く。


「ご主人様……?」


 びっくりしてたけど、知るか。


 これ幸いと、吉野さんが背後から俺を抱いてきた。あの大きな胸を背中に感じる。まだ手で俺の乳首いじってるし。それをレナが面白そうに覗き込んでるのが、時計のLEDで微かにわかる。


「おうふっ!?」


 てか、レナまで乳首いじり始めたがな。左右同時責めwww


 なんだろな、これ。アパートでトリムと一緒に寝てるって聞いて、吉野さん、仕返しに来たってことか。なら俺、ここは邪険に振り払ったりせず、我慢したほうが良さそうだ。


「平さんは、アスピスの大湿地帯、怖くないですか」


 こっちの状況も知らず、キングーが聞いてきた。


「普通の冒険者なら、あそこの攻略は無理だろ。うっ」

「ですよね」


 タマとトリムは口を挟んでこない。キラリンのように、もう寝ているのかもしれない。慣れない猛毒湿地帯で疲れただろうし。


「まず広いから、抜けるのに日数が掛かる。周囲に食べられるものなどないから、大量の食料を持参しないとならない。うんっ。とはいえ足場が悪から荷車なんかは無理。それ以前に猛毒の大気だから、魔族やアンデッド、猛毒モンスターとかでなけりゃ、一分と生きていられないだろうし。いやっ」

「早口ですが、大丈夫ですか」

「気にするな」


 早口で気を散らさないと、ヤバいからな。


 なんせもう、下半身アレなんですけど。吉野さんの熱い体を感じるし、もう襲いかかるしかないというか。仮に今晩、吉野さんとレナだけだったら、今頃俺、男として大暴れしてるわ。他のメンバーやキングーがいるから我慢してるだけで。


「あっ」

「さっきから息が荒いですね。大丈夫ですか、平さん。具合でもお悪いのでは」

「平気だ、気にするな」

「平さんと暮らす毎日は楽しそうですね。皆さん、幸せそうに見えます」

「そう見えたなら嬉しいわ。俺も、全員の幸せを願ってるから」

「いいですね。お仲間がいて。僕は天涯孤独ですから」

「さっきも言ったろ。キングーはもう俺の仲間だ。いつでも頼ってくれていい」

「平さん……」


 キングーは、それきり黙った。なにかもぞもぞ動く音が聞こえる。ようやく眠くなってきたのかもしれないな。なんせあいつにとっては初めての環境だ。なかなか寝付けなかったのも当然とは言える。


 ――さて、あとはこっちか……。


 吉野さんの手をそっと取ると、指を咥えた。そのまま優しく吸ってあげる。こうしておけば攻撃を防げるからな。俺の防御ターンwww


 レナもついでに吉野さんの腕の下に置いて、動きを封じた。


 俺が指なんか舐め始めたもんだから吉野さん、びっくりしたみたいだな。でもすぐ落ち着いたのか、いたずらは止めてくれたよ。やっと眠る気になってくれたみたいだ。俺の背中に顔を擦り付けながら。


 この隙に、とにかく早く寝よう。眠ればレナとエッチなことができる。やり場のない俺の欲望も、そこで散らせるだろうさ。




●次話、アスピスの大湿地帯に挑む平パーティーに、謎のモンスターが立ち塞がる。しかもネームド……。

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