8-6 ハーピーのシロネコ宅配便

「ここが、平さんたちの家なんですか」


 マンションの例の「クラブハウス」のリビングで、キングーはあたりを見回した。


「きれいなお住まいですね」

「まあなー。やっとそれなりに調度が揃って、今日から使い始めるところだから」

「きれいなのは当たり前だよね、ご主人様」


 あの後、午後ものろのろと歩を進めた。スマホ上のマッピング地図には、底なし沼を避けながらあっちいったりこっちいったりした軌跡が、しっかり記載されていたよ。なんかリアス式海岸みたいな感じさ。


 でまあ臭いし気が滅入るしで、午後は予定通り早仕舞い。困ったのはキングーの扱いさ。なんせその場に置いとくわけにもいかない。ライカン村まで送り届けて翌日またピックアップとか思ってたんだけど、どうせなら一緒に動きたいって、キングーが主張したからさ。


 ちょうど、今日からクラブハウス試用して足りないモノとか洗い出そうと思ってたからさ。ならちょうどいいから呼んじゃえ――ってなった。それにそのほうが、動線としても楽だからな。


 キラリンの力でここに全員で飛んで、それから俺と吉野さんだけ会社の公式異世界通路に一度戻った。なんせ俺が今や自由に異世界と行き来できるってのは、会社には秘密だからさ。そんで退社するって体にして、その実、またしてもキラリンパワーで、異世界経由で瞬時に、今こうしてここに戻ってきた。


 公式通路への帰還、なにげに使いづらいんだよな。謎スマホのメニューから「転送モード」出して、「現実世界に戻りますか ――はい/いいえ――」をポチ。さらに「今から転送します ――はい/いいえ――」みたいな確認画面経由で生体認証まであるし。


 吉野さんが持ってる謎スマホは、未だにそういう方法でしか使えない。俺の場合、キラリンが使い魔になってくれたおかげで、このへん全部省いて跳べるようになって、助かってるんだわ。


 戦闘中に逃げ帰るとか、もったらした公式転送だと、絶対できないからな。


 考えたらキラリン、うまく使えばどこでもドアっぽいよな。説明にも移動バフ効果と戦闘バフ効果を持つってあった。アイデア次第で、他にもまだ使いようはありそうだ。


「ねっ。あたしを嫁にして良かったでしょ、お兄ちゃん」

「そうだな」


 めんどくさいんで、嫁だとか妹だとか、もう反論はしないw 言わしときゃいいや。別に害ないし。


 あーキラリン、こっちに戻ったらすぐ、人型として覚醒したよ。なんかいろいろよくわからんな、こいつについては。いずれまた、マリリン博士に相談したほうが良さそうだ。


「さて、腹減ったから飯にしよう」

「わあ。今日はご飯なんなの」


 トリムの奴、目が輝いてやがる。食い意地の張ったエルフだわー。


「あの腐敗臭を半日嗅いでたんだ。さすがになんか作るとか買うとかはげんなりなんで、出前取るわ」

「いいわね、平くん」

「生臭いのはちょっとしんどそうだから、ピザとかでどうでしょ」

「いいんじゃない。ならサラダだけ、用意するわね。野菜盛ってオリーブ油とスパイス散らすだけだし」

「ふみえボス。あたしも手伝おう」

「じゃあタマちゃん、一緒に野菜刻んでもらおうかな」

「その……あの……」

「マタタビもあるから安心して。もう常備菜だから」

「はうーっ」


 例によって吠えてやがる。まあ全員元気なのはなによりだ。タマの奴、サラダにマタタビ入れるために調理番、立候補したんだろ、どうせ。


「じゃあ俺、注文しときます。トリムとキラリンはテーブルセッティング頼むな。キングーは……飯、食わないんだっけ」

「ええまあ」


 キングーは微笑んだ。


「でも皆さんとの会食は楽しそうなので、少しだけ頂きます」

「酒はどうだ」

「そちらも少し」


 なんか知らんが嬉しそうだ。


「聞こえたな、トリム。……頼んだぞ」

「まっかせてー、平。あとデザートにエレクアとドナツーもお願いね」

「冷蔵庫にたんとある。安心しろ」

「さすがお兄ちゃん」

「トリムお前、キラリンの口癖、移ってるぞ」


 などとドタバタしながら準備を終え、飯にした。


「大きなテーブルにして良かったわね、平くん」

「ええ吉野さん」

「まだあと六人くらいは座れそうだよね、ご主人様」

「じゃあ平くん、まだまだ使い魔、増やせるわね」

「やめて下さいよ、吉野さん。俺の次の使い魔候補、知ってるでしょ」

「うふふっ」


 吉野さんが冗談とか、珍しいな。天使の係累、キングーがいるんで、さすがにサタンがどうのとかの具体名は、俺も吉野さんも口にはしないが。


「おいしいですね。このピザという食べ物は」


 キングーは、感心したような口調だ。先程から、たった一切れのピザを、ほんの少しずつ、ナイフで切り分けて食べている。


 食が細い……というかそもそも生きるためには食べ物が必要ないってのは、本当らしいな。人生の喜びとして食べたくなることがあるって、最初に会ったときに言ってたし。


「はるか北西の大地で、放牧民が似たようなものを主食にしていました」

「へえ。……それってヒューマンなのか」

「いえ、国境の川の向こう側なので、ハーピーでした」

「有翼種が放牧とは、珍しいな」


 サラダを中心に食べながら、タマが呟いた。というよりサラダに散らされたマタタビを中心に、と言ったほうがいいかw


「ハーピーは有翼種だけに行動範囲が広いんだよ、ご主人様。だから割と世界中に存在するんだ。……でもボクも放牧民として集団で暮らしてるのは聞いたことがないよ」

「レナが言う通りでね、だいたいはあちこちの集落に少数ずつ散っていて、小物の運搬なんかで生計を立てているんだよ。……ねえ平、なんちゃってビール取って」

「わかったわかった」


 トリムのグラスに満たしてやる。ついでに俺と吉野さん、タマとキラリンのグラスには、瓶ビールも。キラリン、意外にビール大好きとわかったからなー。なんせ人型化して初めての晩飯、初めてのビールで、おっさん並にぐい飲みぷはあーっしてたし。


 ちなみにキングーのグラスは、まだほとんど減ってない。


「キングー、ビールは口に合わないみたいだな。ワインも試してみろ。このカヴァ、うまいぞ」


 スペイン伝統製法のスパークリングワインをグラスに注ぎ、キングーの前に置いた。


「これはまた、いい香りのお酒ですね。……いただきます」


 ちょっと、本当にほんのちょっとだけ、口に含んだ。


「うん、おいしい。これは気に入りました」


 よし。キングーはワイン派だな。吉野さんと気が合いそうだわ。


「話を戻すけどさ、ハーピーってのはドローンみたいな仕事してるんだな」


 それかシロネコ宅配便とかな。


「そうだよご主人様。空から遠くまで家畜を見通せるから、遊牧にも有利なのかもね。実際、ときにはみんなを運んだりもするんだ」

「みんなって、あの世界の住人をってことか」

「そうそう。あんまり大きなのは無理だけど、普通の人型モンスターくらいまでなら楽勝なんだ。ハーピーの羽ばたきは、結構力強いからねー」

「そういや、国境の川が謎の力で封鎖されてからも、ハーピーなんかの飛行型モンスターだけは、国境を行き来してるって言ってたもんな。……図書館長のヴェーダが」

「スカウトのアーサーだよ、言ってたの」


 レナに呆れられた。悪かったな。俺、そんな物覚え良くないんだわw


「考えたら、ドラゴンなんかも国境無視できるしな」

「そうそう。飛べると便利だよねー」

「平ボス」


 立ち上がったタマが、俺の隣に椅子ごと移ってきた。


「な、なんだよタマ」

「うにゃーんっ」

「おわっ!」


 いきなり抱かれると、顔中舐め回された。いや優しく抱くというより、ヘッドロックに近いがw


「た、タマ。お前またマタタビに酔ってるだろ」

「にゃーん」


 ペロペロ。


「タマのマタタビ、量を管理したほうが良さそうだよねっ」


 レナがまたしても呆れている。


「困ったわねえ」


 頬に手を当てて、吉野さんも溜息をついている。


「これからは毎食十粒くらいにしておこうかしら、マタタビ」

「皆さん、素敵なお仲間ですね」


 瞳を細めたキングーが、タマに舐め回される俺を見ている。てか眺めてるだけじゃなくて、なんとかしてくれw


 ひとしきり舐め回して満足したのか、タマが俺を解放してくれた。とはいえ、ぴったり寄り添って腕を取り、ごろごろ言ってるが。


「僕も仲間に入れてもらえるでしょうか」

「何言ってるんだよ」


 キングーのグラスに、カヴァを注ぎ足してやった。


「キングー、お前はもう仲間だろ」

「えっ……」


 目を見開いてるな。


「そ、そうなんでしょうか」

「キングーは、もう、ボクやご主人様と友達でしょ。旅の仲間だもん」


 レナに微笑まれると、キングーの顔がみるみる赤くなった。


「あ……ありがとうございます」

「まあ、そういうことだ」


 キングーは、嬉しそうに酒を飲んだよ。




●GW巣ごもり応援・愛読感謝週間!

頑張って書いて

次話は明日19時半過ぎに公開します

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